東京都内の図書館で,「アンネの日記」など300冊余りが相次いで引き裂かれた事件が起き,私も心を痛めていました。



先日の記事「アンネ・フランクとフルーツパイ 」でも御紹介しましたように,アンネ・フランクの作品は,ユダヤ人として収容所に強制収容され,若くして亡くなられた彼女が残した作品を,家族で唯一生き延びたお父さんが,戦争の悲惨さと,平和に対する彼女の思いを後世に伝えようと出版したものです。



その作品を引き裂くことは,「表現に対して何か意見がある者は,その意見を自らも表現することにより,相対させるべきである」という,民主主義を支える理念そのものを失わせる行為です。



そして,さらに申すとその行為は,たった一度の短い人生であったにもかかわらず,後にこの世に生まれ来る人々が平和な人生を送ることができるように,という,アンネ・フランクの願いと思いそのものを踏みにじるものです。



ところが,そんな事件について,先ほど,次のようなニュースを目にしました(時事通信社2014年2月27日配信の記事より)。



「杉原千畝名でアンネの本寄贈=破損被害で支援の輪―東京



東京都内の図書館で「アンネの日記」など300冊余りが相次いで引き裂かれた事件で,都立中央図書館(港区)宛てに,第2次世界大戦中に多くのユダヤ人を救ったことで知られる外交官「杉原千畝」を名乗る人物から,アンネ・フランクに関連する100冊以上の本が寄贈されたことが2月26日,分かった。



ほかの図書館にも寄贈の申し出が相次いでおり,善意の支援が広がっている。


都立中央図書館には2月24日午前,新品の本137冊が段ボールに入れて届けられ,「寄贈・杉原千畝」などと書かれた紙が同封されていた。



送り主を名乗る人物から「被害に遭った図書館にお使い下さい」と電話もあったという。同館は寄贈品として,今後都内の各公立図書館に配布する。


杉原氏は第2次大戦中,駐リトアニア領事代理として,ナチス・ドイツに追われるユダヤ人難民に日本通過ビザを発給したことで知られる。」






記事でも紹介されていますが,杉原千畝さんは第2次大戦中,駐リトアニア領事代理として,ナチス・ドイツに追われるユダヤ人難民に,日本政府から出されていた通達に反してまでも,日本通過ビザを発給したことで知られる方です。



その方の行動が現代まで語り継がれていることは,私達の社会において本当に大切なことが,法律やそれに基づく通達そのものではなく,それをささえる社会の正義や公平であることを物語っています(その意味で法律や通達は,社会の目的である正義を実現するための,手段・道具にすぎないのです)。



私達が,この「杉原千畝さん」をはじめとする方々の行動に胸を打たれるのは,破られ,傷ついた本が物質的に回復されるからだけではないと思います。その行動そのものに,本に込められた,優しい心を持ちながら若くして亡くなられたアンネ・フランクが社会に残した思い,その目には見えない思いを大切にしたいという気持ちを感じるからに他ならないと思うのです。



アメリカのサン新聞は,「サンタクロースはいないの?」という8歳の少女の問いに,「サンタクロースはいるのです。大切なものは目には見えないのですよ。」と社説で答えました。



またサンテクジュペリは「星の王子さま」で,「いちばん大事なものは,目には見えない」と書きました。



「杉原千畝さん」をはじめとする方々の行動は,私達の社会を支えているのは,目には見えない大切な存在なのだということを,改めて教えてくれたように思います。