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★◆ それぞれの「マイ・ファースト・ジェームス・ブラウン」

【My First James Brown】

初。

先日のブログでそれぞれの初めてのジェームス・ブラウン体験を知りたいと書いたところさっそくメッセージ、メールなどをいくつかいただきました。

簡単にまとめて、みなさんと共有したいと思います。(順不同)

西村昭さんの書き込み。

「1973年新宿厚生年金ホールです。It's A Man's Man's Man's Worldが、憶えている限り、初めに聞いて良いと思ったJBの曲ですが、やはり衝撃的だったのは1973年の初来日公演です。ホーンセクションが長い脚でステップを踏みながら演奏するのも、あの驚異の開脚ダンスも、歌のリズムの取り方も、心揺さぶるシャウトも、そして有名なマントショーも、とにかくすべてびっくりでした。もう40年経つのに、あの時のステージの様子が目に浮かびます」

しっぺさんの書き込み。

「僕がJBを知ったのは、カップラーメンのCMでした! 最初にショックを受けたのは、ビバリー劇場でのB.Bキングとのライブ映像でした(^O^)!」

guitarbird さんの書き込み。

「私は世代的に「ロッキー4」のLiving In Americaでした、高3の頃です。プロモもテレビでよく見ましたが、映画のJBのシーンでは「マントショー」も見られて、すごい人だと思いました。サントラのLPを買ったので初めて買ったJBのレコードはそれになります」

wan-pocoさんの書き込み。

「中学生の頃、よく3つ年上の兄のレコードをこっそり聞いてました。CCR、アメリカ、ナベサダなど色々なジャンルが並ぶなか、ゴリラみたいな顔の人のアルバムがあってものすごくビックリしたのを覚えています。『SEX MACHINE』でした。曲を聞いてみて、またまた衝撃を受けました。おばさんになった今でも、時々踊りに行きますがJB.をかけないDJなんてDJじゃないとばかりにかけてくれるまで催促しますよ~」

マービンさん。

「私のジェームス・ブラウン初体験は、ラジオで聴いた『アイ・ガット・ザ・フィーリング』です。番組名は覚えていませんが、「ベスト10」のような番組でした。私が高校3年か大学1年頃、おそらく糸居五郎さんの番組で『ザ・ポップコーン』を聞きました。私がジェームス・ブラウンに衝撃を受けたのは、新宿の『PGS』というゴーゴークラブでした。そこで聴いた異質なリズムの音楽がジェームス・ブラウンでした。今までに聴いたことがないギターのカッティングの音。何から何まで初体験で本当に取りつかれました。その頃はやっていたのは『マザー・ポップコーン』でFENでもよく流れていました。『PGS』でバンドが演奏していないときは、レコードが流れていたのですが、『ゼア・ウォズ・ア・タイム』、『パパズ・ガット・ア・ブランニュー・バッグ』、『コールド・スウェット』などがかかっていました。大学時代に私は友人から『ジェームス君』などと呼ばれるほどジェームス・ブラウンに夢中になり、教室でさえも休憩時間に踊っていたほどです。大学卒業後10年ほどは仕事が忙しくJB熱も冷めていたのですが、その後六本木の『ジョージズ』のジュークボックスでジェームス・ブラウンをかけてからは、また熱が再現してしまいました。現在私は63歳ですが、まだJB体験を続けています。」

ジェームス・ブラウン愛好家佐藤潔さん。

「私がミスター・ジェームス・ブラウンにハマったきっかけは、下記の曲からです。

GET UP I FEEL LIKE BEING LIKE A SEX MACHINE (10:57) / JAMES BROWN ("SEX MACHINE" KING KSD1115) 2LP (1970)

一番最初に聞いたのが1979年の年末で、この2枚組の"SEX MACHINE"のアルバムに収録されたヴァージョンです。当時次兄と一緒にバンド活動をしていた、現在はセッション・ギタリストとして活躍中の小松原貴士さんが、仙台から東京に出たばかりの時に上田正樹さんのスタッフをしていて、ウエスト・ロード・ブルース・バンドのベースの小堀正さんが作ったリズム&ブルースのカセット・テープをダビングさせていただいたものを持ち帰ってきた中に収録されておりました。

それまでは、EW&Fやコモドアーズなど、どちらかというとポップなファンクしか聞いたことのなかった私にとって、この"Sex Machine"は衝撃でした。イントロのメイシオ・パーカーのMC(この声がメイシオと分かるまで20年くらいかかりました)から、ミスターがボビー・バードやJBズのメンバーと掛け合いながら曲に入り、曲に入っても掛け合いが続く、リズムの塊のような展開で、いっぺんで取り憑かれてしまい、現在に至ります(^^;)。」

~~~

みなさん、ありがとうございます。これ、定期的に集めて、もっともっとやりましょう。

僕(吉岡)はたぶん1970年代初期にラジオで聴いた「セックス・マシーン」か「マンズ・マンズ・ワールド」だったと思います。糸居五郎さんの『オールナイト・ニッポン』かFENか思い出せないのですが。

その後1972年頃、ダンス・パーティーでジェームス・ブラウンの「セックス・マシーン」「マザー・ポップコーン」をかけた記憶があります。1973年に六本木のエンバシーに出入りするようになってからは、もう怒涛のジェームス・ブラウン三昧だったと思います。かたっぱしからかかっており、自分でもここぞ、というときいつもかけていました。ここは盛り上げなきゃという場面になるときは、いつもジェームス・ブラウン頼みでした。(笑)

しかもエンバシーのスタッフやソウル・ディスコ関係者は、ニックさんなども含めて、みんなジェームス・ブラウンとその関連アーティストのレコードが大好きでした。JBズ、リン・コリンズ、メイシオ、ボビー・バード。みんな7インチも、アルバムも血眼になって探していました。

(この項、不定期で続く)

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