カンパリ150周年 | ミラノの日常 第2弾

ミラノの日常 第2弾

イタリアに住んで30年。 毎日アンテナびんびん!ミラノの日常生活をお届けする気ままなコラム。


今朝、北イタリア日本人会主催の「ミラノ再発見ツアー」にて、イタリアが誇るリキュール「Campari」の歴史をさぐるツアーに参加してきた。

ほろにがく、ほの甘い、ハーブが香るリキュール、カンパリ。

イタリアのトリノでバーテンダーをしていたガスパーレ・カンパリは、ミラノに移ってきて、1860年、当時の流行に乗って「ビッテル・アルーソ・ドランディア」(オランダ風苦味酒)を開発し人気を博していた。その後息子のダヴィデ・カンパリが「カンパリ」と名前を変えた。$ミラノの日常 第2弾

ドウモ脇に新しく、街の象徴として、ガレリア(アーケード)が建設されるようになり、そこへ移転。鉄とガラス、見事な床のモザイク、光の差し込むガラス、漆喰のレリーフなどなど、新バロック様式と新ルネッサンス様式の混ざり合うこのガレリアのドウモ側入り口、向かって右側(現在のAutogrill)にカンパリのレストラン及びカフェが登場した。何よりもミラノッ子にとって、伝統、華やかさ、そして解放感が混在する特別な社交場だったのではないだろうか。その後、ガレリアをはさんで反対側のお店も購入。そこは、現在のバール、立ち飲みできる「Camparino」(小さなカンパリ)と呼ばれるカフェを作った。
$ミラノの日常 第2弾(現在はCafe Zuccaとなっている)

研究熱心なガスパーレ氏は、カフェの地下で様々なお酒を開発した。中には好評を博したものもあったが、息子のダヴィデ氏の代にビター・カンパリとコーディアル・カンパリ(フランボワーズを使った食後酒)に特化し、カンパリは大きく発展をとげた。

2代目、ダヴィデ氏は宣伝にも熱心だったという。
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↑こちらはミラノを代表する未来派作家、ムナーリによる看板。

彼は、様々な広告をうった。中には今日一部企業の毎年の恒例として定着している美女カレンダーもあり、当時の有名なオペラ歌手などがそのモデルをつとめた。その女優と関係があったとかなかったとか・・・(↓画像)カンパリが情熱のお酒、恋のお酒として知られるゆえんでもある。
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こちらは、そのカンパリカレンダーにも登場したオペラ歌手、「世界で一番美しい」と言われた、リーナ・カヴァリエリ。

さて、こちらは元カンパリ工場で、その歴史を伝えるためにできた博物館。
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$ミラノの日常 第2弾工場の正面の壁だけをとり残し、外はレンガでがっちり、それでいて繊細な建物。新・スカラ座をデザインしたスイス人建築家マリオ・ボッタによるもの。中は、テクノロジーを屈指した最新型博物館。

カンパリ見学したのなら、アぺルティーボくらいあるのかしら?と期待していたら、やはり我々日本人に特別サービスが・・・
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そこで、ツアーは解散したが、希望者は有料で、「カンパリ」の食堂で食事ができますよ♪ということで、もちろん、絶対、行きた~い!!というメンバーで食事してきました。$ミラノの日常 第2弾

カンパリは情熱のお酒。恋のお酒・・・アぺルティーボの際は、是非。

*現在の製造元はダヴィデ・カンパリ社(リグーリア州)なお、カンパリ社は、ヴェルモットのチンザノ、ウオツカのSKYYなどを傘下におさめる、酒造業界の一大グループとなっている。ちなみに日本ではサントリー・グループ。

http://www.campari.com/
http://www.100milano.com/gusto/58.html
カンパリ博物館住所↓
Sesto San Giovanni (Milano)
Viale Antonio Gramsci 161 (20099)
火・木・金 第1土曜日
10-13/14-18:30 無料