天窓の向こうが、僕の住む惑星。映画「ルーム」 | 忍之閻魔帳

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▼天窓の向こうが、僕の住む惑星。映画「ルーム」


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発売中■BOOK:「部屋 下・インサイド(講談社文庫)/ エマ・ドナヒュー」

7年もの間、狭い部屋に監禁されているヒロインと
生まれてこのかた部屋の中しか世界を知らない5歳の息子の物語を書いた
エマ・ドナヒューの原作小説「部屋」が映画化。
主演は「ショート・ターム」で注目されたブリー・ラーソン。
監督は、2014年度公開映画・忍的ベストテン
6位に選んだ「FRANK -フランク-」のレニー・アブラハムソン。
器用に生きられない人間への温かな視点が持ち味の監督と
繊細な若者達に寄り添って生きる女性を描いた作品で世界に注目された主演女優。
出会うべくして出会った組み合わせと言える。




04月08日公開・「ルーム」

<原作小説『部屋』の背景>

本作が執筆される上で着想のヒントになっているのは
2008年に発覚した『フリッツル事件』。
当時42歳の女性エリーザベト・フリッツルが
実父からの24年間に渡る監禁生活と性的虐待を告発した。
長い年月でエリーザベトは7人の子供を出産したという。
粗筋からして、私はてっきり2013年の『クリーブランド監禁事件』を
ネタ元にしてアレンジしたものだと思っていたのだが、
原作の発表年はクリーブランド事件よりも随分前だった。



<狭い室内がジャックの世界の全てだった>

両手足を思い切り伸ばせば、壁に手か足が届いてしまいそうなほど狭い納屋。
ママが今朝も朝食を作っている。
メニューは食パンかシリアル。
今日で5歳になるジャックは、まだ一度も納屋の外に出たことがない。
テレビや洗面台やクローゼットといったアイテムは
二人の生活の必需品であり、ジャックの大切な友達でもある。
ジャックにとっての「納屋の外」は
私達で言うところの「地球の外」に等しい。
天窓から射し込む僅かな光は、部屋の外と内とを結びつける希望そのものである。

母親のジョイは誘拐されてから7年、息子のジャックは今日で5歳。
母親は息子よりもまだ2年長くこの部屋にいることになる。
ジョイの父親が誰であろうと、血を分けた我が子が生まれ、
話し相手になってくれたことがどれほど彼女を助けたことだろう。
狭い部屋の中で世界が完結しているジャックも不憫だが、
どこにでも行ける自由を知っているジョイが
凌辱され続けながら過ごした7年間は
息子の存在なしには耐えられなかったに違いない。
ラプンツェルのように伸びたジャックの髪の毛は
彼が言う通りパワーの源だったのかも知れない。



<二部構成の妙味>

単なるサスペンス映画ならば脱出成功をクライマックスに設定するのだろうが、
本作は犯人の隙を突き、脱出を成功させるまでを一部、
警察に保護され、祖母の家で暮らし始めてからを二部とした二部構成になっている。

薄汚くせせこましい部屋。
ビタミン剤で補給しなければ満足に栄養も摂れない侘しい食事。
しかし、ジャックにとってはそれが全てだった。
おならをすれば「臭い」と分かる距離に常にママがいる。
ベッドも風呂も共にすることが当たり前だった生活は
ジャックにとって決して不幸ばかりではなかった。
そのことを観客にも印象付けるために、一部にもたっぷりと時間をかける。

祖母の家で暮らし始めてからの二部は、
ジョイにとっては7年間を取り戻すための、
ジャックにとってはそれまでの人生観を覆す膨大な情報を整理し、
小さな体と頭に少しずつ取り込むためのリハビリである。

決まったメニューの食事をし、決まった時間にテレビを見て眠るだけの生活は、
満ち足りた空間や恵まれた食事、どこを見渡しても新鮮な世界に押し流され、
「僕だけのママ」は、「ひとりの女性」「祖母の娘」という新しい顔を見せる。
祖母に向かって行き場の無い怒りをぶつけるジョイは
7年間ずっと押し込めてきた「誰かに甘えたい」感情の爆発に思えた。
ジャックからすれば、新しい生活は二人きりで完結していた世界を破壊し、
ママとの絆を薄めるものでもあり、
二人の歯車はあの納屋にいた頃よりも上手く噛み合ない。
しかし、この痛みを超えた先に、本当に新しい世界が広がるのだ。




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<レニー・アブラハムソン監督の今後>

「FRANK」で孤独な天才を温かな視点で描いた
レニー・アブラハムソン監督の演出は本作でさらに磨きがかかった。
実際の事件にヒントを得て描かれる物語といっても、
事件の再現や犯人の残虐性ではなく被害者の母子関係に視点をズラすあたりが
是枝監督の「誰も知らない」的で、私的にはもうドツボと言っていい。
今年のオスカーでは主演女優賞の獲得のみに止まったが
そう遠くない将来、必ずや作品賞を穫るに違いないと確信した。

ところで、なぜ主演女優賞のみだったのだろう。
この物語は息子のジャックを演じたジェイコブ・トレンブレイと
ブリー・ラーソンとの(ほぼ)二人芝居であり、
場面によってはジェイコブ君がブリーを引っ張っている箇所すらあった。
その鮮烈さは「アイ・アム・サム」でのダコタ・ファニングや
「ハッシュパピー」のクヮヴェンジャネ・ウォレスにも引けを取らない。



<「ありがとう」で始まる世界>

猟奇事件を発端にしていながら犯人像の描き方が浅いのは、
物語の軸足が事件の詳細ではなく
極限の環境下で育まれた母子の関係に置かれているからだろう。
特筆すべきは、新しい人間関係や環境を受け入れる子供の柔軟さ。
大人ならば振り返る(思い出す)ことすら避けてしまう
あの小さな部屋に感謝と別れを告げ、少年は新しい世界へと駆け出してゆく。
ピュアな眼差しに何度も何度も涙腺が緩んだ。
軽いノリで観られる作品ではないが、年間ベスト級の1本であることは保証する。

映画「ルーム」は現在公開中。



<観る前にチェックしておきたい作品>


発売中■DVD:「FRANK フランク」

【紹介記事】生き辛い天才、行き詰まる凡才。映画「FRANK」より抜粋。

あらゆるジャンルで怪演を見せてくれるマイケル・ファスベンダーが
劇中でほとんど素顔を見せることなく主人公を演じ切ったのが「FRANK」。
かぶり物なしでは平静を保つことができない天才と
世界中の人に自分の曲を聴いてもらいたいと思っている凡人が
バンドを組むことで、互いの才能の差が浮き彫りになってゆくホロ苦いドラマ。

天才肌の人間を生かすも殺すも、周囲の人間次第。
大らかな愛で不安定さを受け止めて、創造力の邪魔になることはしない。
可能な範囲ギリギリまで主張を受け入れつつ、大きく踏み外す局面だけは
やんわりと迂回ルートを提示する。
有り余る才能を持て余す天才の生き辛さを理解し、強制も矯正もしない。
天才の生き辛さは理解不能である反面、凡才には羨望の的でもある。

コメディタッチで描かれるシーンはいくつもあるのだが
観終わってみると妙にしんみりしてしまう。
これはきっと、私がジョン(凡才)の側の人間だからに違いない。
己の才能の限界を認め、可能性の翼をそっとたたむ時の辛さは良く分かる。
切ない気持ちにはなるものの、完成度は高い。
映画好きなら観て損なし。




発売中■Blu-ray:「ショート・ターム」

【紹介記事】明日も笑顔で。映画「ショート・ターム」より抜粋。

虐待やネグレクトにより、親との同居が困難になった
子供達を受け入れる施設「ショート・ターム」での日常を描いたドラマ。
監督はこれが長編2作目となる期待の新鋭デスティン・ダニエル・クレットン。
本作のストーリーは監督の実体験がベースになっている。

外の世界の厳しさを知る前に家庭内で深い傷をつけられてしまった子供達。
もっと深い傷を追うことを恐れているのか
どんなに愛情に飢えていても、容易く愛を持ち出す人間を簡単に信用しない。
相手を認めて、受け入れて、心を開く。
たったの3ステップが彼(彼女)達にとってはヘヴィな試練なのだ。
「ショートターム 12」(劇中で登場する施設名)で暮らす子供達は
仲良く肩を寄せ合っているようで、実は一人一人の時間を大切にしている。
ケアスタッフ達もそのことは充分承知していて
立ち入り過ぎず、放置もせずの適切な距離感を保っている。

『次世代のガス・ヴァン・サント』と呼んで良いかは
あと2作ほど見て判断したいところだが、非常に良くできた作品であることは確か。
映画好きは今のうちにチェックしておきたい監督だ。