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長い一日だった。
家に帰り着いたとき時計の針が11時をまもなく越えようとしていた。
帰りの車の中で、しゅうは何度もため息をついていた。
眉間にシワを寄せて、時折ハンドルを指で叩くのは彼が考え事をするときの癖だ。
こんな時に、間抜けな質問をするととたんに機嫌が悪くなる。
私は黙って助手席に座り、しゅうが話しかけてくるのを待っていたが、結局、、、2人の間に会話は無かった。 
  
  
岐阜から駆けつけたヒロのご両親は、竹内さんの言うとおり、
かなりの高齢で病院に着いたときにはすっかり疲れ果てた様子だった。
集中治療室から出てきた後で、しゅうと挨拶をしたのだが、 
     
私達とヒロとの関係をどのくらい理解できたのか疑問だ。
「社長さんにはいつもご迷惑ばかりお掛けしましてぇ、、、」
と何度も頭を下げるお母さんは、しゅうの事をヒロの会社の社長だと思いこんでいる様子だった。  
  
 
 
 
肉体的に一番ダメージを受けているのは間違いなくヒロだった。
命に別状は無いとはいえ、あれだけの火傷を負っているのだ。おそらく退院までにも時間がかかるだろう。
しかし、今夜に限って言えば精神的に一番辛いのは涼子だと思う。
彼女が自分の両親に 事実をどう伝えたのか分からないが、決して褒められるような事は無いはずで、
私が、家に帰る事を伝えに病室をのぞいたとき、ベッドにハルカちゃんを一緒に寝かせていたのは、
両親からの「攻撃」を避ける為だったに違いない。      
その後、、、ヒロの両親とも面会をしたはずで、その心中を察すると胸が痛む。
「涼子、、、大丈夫かなぁ」
残り物で簡単に作った夜食を食べながらつぶやいた。
「微妙な立場だなぁ。   
       
   ヒロが独身だったことで、立場的には半分被害者みたいな、、、中途半端なポジションだろ。
        とはいえ、自分には家庭があるんだから、健一郎さんに対しては加害者だ。
                            いずれにしても、こんどの事の代償は大きいよ。」
「夫の立場としては、、、やっぱり『離婚』とかを考えるのかしら?」
私はいつもニコニコ笑顔を見せている健一郎さんの顔を思い浮かべた。
あの彼が、、、離婚だ!!と涼子を怒鳴りつける様子がイメージ出来ない。   
    
「笑って許す夫は俺くらいだろうな。
   
      許すどころか、『良くやった!』って褒めるかもね」
     
しゅうはニコリともせず言った   
    
「止めてよ、、、」
「冗談はともかく、普通なら真っ先に離婚を考えるだろうなぁ。 まさに現行犯だからね」
「そりゃそうよね、、、」 
   
ひいきめに見ても、涼子に健一郎さんを説得できる「言い分」があるとは思えない。
もし離婚という事になれば、その原因を作ったのは私という事になるのだ。
やはり、、、それはやり切れない思いだった。
どちらかと言えば、おっとりした涼子、、、彼女一人で生きていくのは大変だろうなぁ、、と想像が出来た。
「離婚なんて事になったら、、、私、、、涼子にあわせる顔がないわ、、、」
しゅうはコップのビールを飲み干し、
 
「今さらそんな事を言ったってしょうがないだろう。現実に事は起こっちゃったんだからな」  
     
と言った。    
     
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「俺は、、、健一郎さんとはちゃんと話しが出来ると思うんだ。
       性格的に、、、そんなに感情的になる人じゃないと思う。
   俺とは考え方のスタンスも似ているからね。 まぁ、、、許してくれるとは思えないが
                                 2人をくっつけた俺が頭を下げてみるよ。」
「ゴメンね、、、」
「おいおい、、これはお前の責任じゃないぜ。 確かに2人は知り合ったきっかけは俺たちだけど、
    ヒロも涼子ちゃんも大人なんだ。 不倫という意味だって良くわかっているはずで、、、
                               自己責任なんだよ」   
    
自己責任、、、確かにそうかもしれないが、心情的にその言葉だけで片付けるのは難しい。   
   
「それはそうかも知れないけど、、、」
「まぁ、ここでいくら話しでも仕方ない事だよ。明日の朝、、、健一郎さんが帰ってきてから考えよう」    
   
しゅうが食器を持って立ち上がった。   
 
 
と、キッチンの手前で立ち止まって
「たださぁ、、、ちょっと気になる事があるんだよ。」
  
と言った。
「何?気になる事って?」
「涼子ちゃんがしきりに『ウチは大丈夫です!』って言っていただろう?
           あの時の彼女の口調、、、目つき、、、なんか気になるんだよなぁ」 
    
そう言えば、私が病室を後にするときの彼女の目の強さも、どこか腹をくくったような…そんな視線だった。   
  
「何が『大丈夫!』なんだろうね」
「う~ん、、、わかないが、俺たちのように何か人に言えない夫婦の事情があるような気がするんだ」   
    
しばらく空中に視線を泳がせていたしゅうだったが  
   
「ま、、、いくら考えても無駄だな。後は明日だ、、、 俺も朝一番で病院に行くからさ」 
  
しゅうはそう言い残すとキッチンを出て行った。
俺、、風呂に入っちゃうぞ~~~
しゅうの疲れた声が聞こえた。 
 
 
私がお風呂から出てベッドルームへ戻ったとき、しゅうは書斎でPCを見ながらお酒を飲んでいた。
気持ちが高ぶっていた私も、何か一杯飲みたかった。アルコールの力を借りなければ寝られそうにない。
「ウォッカもらっていい?」
「ん、、、いいよ。冷凍庫に入ってる」
書斎の冷蔵庫には、
ビールはもちろんの事、ミネラル、ソーダ、トニックウォーター、、、レモン、、、ライム、、、
しゅうが大好きなミックスナッツ、、、特にピスタチオは煎餅の空き缶にタップリと入っていて
    
寝酒には困らないだけのアルコールとおつまみが揃っていた。 
  
  
冷凍庫には2本、、、ウォッカの瓶が横になっていた。
私はグラスに氷を入れ、ウォッカをグラス三分の一ほど注ぎミネラルで割って、レモン汁を数滴たらす。   
   
「何見てるの?」
しゅうがネットで何かを検索しているのはすぐに分かった。
「火事の事、、、記事になってないかなぁ、、と思ってね」
「新聞に載ってた?」
「イヤ、、、新聞には載ってないな。 明日の朝刊の地元版になら載るかも知れないけどね」
「そう。 明日の朝、、、ヒロのマンションに行ってみようかな」
行ってどうなるモノでも無いが、2人を襲った災難がどの程度のモノだったか見ておきたいと思った。   
   
「止めておけよ。 ヒロの親戚とか会社の人間が来ているだろうし、、、 それに、、、見てみろ」
しゅうがPCの画面を指さした。
「なに?」
「2ちゃんねる、、、知ってるだろ?巨大な掲示板だ。地元の情報もすぐにこうして集まってくる」   
  
2ちゃんねる。
聞いたことはあるが、見たことはない。   
    
「あの、、、この前、何かの事件で犯罪予告が書かれていた掲示板の事でしょ?」
「そうだ。 で、、、これは地元掲示板っていうジャンルだが、、、火事の事がもう載っているよ」
「ヒロのマンションの火事の事?」
「うん、、、ヒロのマンションがある街のスレッドの中だけど、、、えっと、、、このあたりからかな」 
     
画面がスクロールされる。
「ここからだ。」
「かなり詳細だぞ。 もちろん、、、噂話の域はでないし、みんな無責任に書き込んでいるけどね」 
    
しゅうが指さしたところの書き込みを読んでみる。   
   
>消防車のサイレンが聞こえるけど、、、詳細求む。
>どうやら、○△町のマンション 
   
まったく関係のない書き込みの合間に火事の情報がポツポツと入ってくる。   
  
>ウチの近所。 消防車がたくさん来てる。
書き込みの時間を見ると、かなりリアルタイムな情報のようだった。
やがて、、、ドキッとする書き込みが目に飛び込んできた。   
    
>女と男が裸で逃げ出して来たらしい。
>昼間なのに? って事は真っ最中だったのかな(藁)
>どうやら、不倫関係との噂。 
>火遊びで火事!? ドラマだね。詳細きぼんぬ
 
書き込みの内容もさることながら、火事からまだ一日も経っていないというのに、
これだけの「噂」が一人歩きしているという事実に恐怖を覚えた。
朝になったら、、、どれほどの情報が集まってくるというのか?
見られているんだ。  
   
芸能人や有名人だけじゃなく、、、一般人も、、、何か事があると好奇の目に曝されるんだ。
「怖いね」
「だな、、、」
カラン、、、グラスの氷がとけて、乾いた音を立てた。   
   
「涼子ちゃんがほぼ全裸で逃げ出したって事で、単なる火事が『ドラマ』になっちまった。
   ここは匿名で無責任に発言が出来るからなぁ、、、明日になると噂に尾ヒレがついて
      好き勝手な事を書かれるかも知れない。 しかし、、、その噂に蓋をすることは出来ないんだ」
「健一郎さんや、ハルカちゃんには見せたくないわね」
「うん。しかし、、、ネットは全国何処でも見ることが出来るからなぁ、、、」   
    
当事者にとってみれば、こんなに迷惑な事は無いだろう。
しかし、、、第三者としては確かに「面白い事件」に違いない。
私だって、これが涼子とヒロの事でなければ、野次馬根性丸出しで詳細を知りたいと思うかも知れない。 
      
「ここでいくら気を揉んでもなんの得にもならん。もう寝よう」
しゅうはPCの電源を切った。
私はそのまま椅子に座って、舐めるようにウォッカを飲んだ。
涼子は、、、どんな思いで夜を過ごしているのだろうか?
ヒロは、、、痛みに耐えながら、集中治療室のベッドで眠っているのだろうか?
岐阜からやってきた彼の両親は?
あの、誠実の固まりのような竹内さんは?
そして、、、涼子の夫、、、健一郎さんは?   
  
   
それぞれがやり切れない思いを抱えて眠れぬ夜を過ごしているはずで、、、
私もしゅうの横に潜り込んだモノの、なかなか寝付くことは出来なかった。
せめてもの救いは、、、微かな寝息を立てて寝入っているしゅうの存在だった。
しゅうが眠りについたと言うことは、、、何か、彼なりの対応策を考えているに違いない。
そう思ったからだ。
 
 
 
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