関連エントリ:阿久根市


 何かとお騒がせな阿久根市の竹原市長が最近得意げに何度も提示しているのがこの図。
 民間と市役所職員の賃金の比較です。

図1:竹原市長図
Accipiter-阿久根市賃金


 市役所職員はとんでもない寄生虫だ!こりゃ財政が破綻する!

という印象を受ける図なんですが,どうもおかしい。

 民間と市役所職員の数が同じぐらいなんて,そんなことあるはずがない。

と思ってよく見てみると,”民間と市役所正規職員のそれぞれにおける人数合計を100%として,金額区分ごとの割合を示しています”と書かれています。ようするに,実人口の少ない市役所正規職員の縦軸の値が過大に見える図になっています。ということで,実人口で図示しなおしてみました。

図2:実人口による賃金分布
$Accipiter-阿久根市賃金実人口


 ピークの位置が市役所正規職員の方が民間より右にあるというのは(当然)変わりませんが,最初の,市役所職員がとんでもない寄生虫のような印象は無くなりました。900万円以上の富裕層は民間に100人近くいるのに公務員にはいないし。この負担を,行政職に対する負担として妥当と見るかどうかは議論すべきかもしれないけど,とりあえず最初の図のような印象は受けません。


 もう一つの重大な印象操作は,市役所正規職員が正規職員だけなのに対して,民間等は市役所臨時職員や民間のアルバイトやパートなども含んでいることです。鹿児島県の最低賃金は630円なので,公務員と同じく一日8時間しか働かない(8時~17時勤務,うち1時間休憩)として,土日とさらに5日に1回休むとしても(どんだけ優雅な労働者だ),年間給与は約105万円。10~100万円の層は,どう考えてもアルバイトやパートです。実際には,100万~200万の層にも非正規雇用が多く含まれているから,民間等のピークの位置はもっと右に寄るでしょう。アルバイトやパート,短期労働者とフルタイム労働者を比較して,給与に差があるのは不公平だ!なんて,めちゃくちゃですよね?時間給の差を問題にするならありだと思うけど労働時間が違えば給与総額は違うのは当たり前です。高校生のバイトとかもいるわけで。
 ちなみに九州における非正規雇用の割合は約3分の1(表3)。

表3:九州地方における非正規労働者人口の割合
Accipiter-九州非正規人口率
労働力調査年報より

 そこであくまで参考ですが,民間の給与所得の下位3分の1を除外すると,こうなります(図4)。もちろん阿久根市の非正規雇用者率が九州全体のそれと同一とは限らないし,また非正規労働の人が下位を完全に占めているとは限らず,正規労働者にもかかわらず給与が低い人もいるのは間違いないので,これはあくまで参考ですが。

図4:非正規労働者削除後の給与分布(参考)
$Accipiter-阿久根市労働人口(補正後)

 民間の給与は右に押し上げられました。


 あと学歴も考慮されていないですけど,大卒の多い市役所正規職員の方が賃金が高いのも,別におかしなことではないですよね?民間と公務員の格差を指摘したいなら,学歴が同程度のオフィスワーカー同士を比較しないと。

 それらを考慮しても,市役所正規職員と民間正規労働者の間には給与の差があるかもしれないから,それを問題にするのは構わないと思います。市内の税収に対して,公務に費やす負担をどの程度にするべきかを議論することは,生産的な議論になりうると思う。
 また正規に就職したいのにアルバイトやパートにしかなれない人たちがいることや,民間では市役所に比べて劣悪な労働環境を強いられている人たちがいるであろうこと(この格差は市役所ではなく民間に対して介入することで是正されるべきだけど竹原市長は労基署を敵視してるけど)や,男女平等の比較的進んでいる市役所と違って民間では女性の賃金が低く抑えられていること(表5)が公務員と民間に大きな違いをもたらしていることを問題にすることも必要だと思います(しかし彼は男女共同参画社会も敵視してるけど)。

表5:男女の賃金格差
$Accipiter-男女別賃金
*統計局(エクセル)より


 最後に重要なのは,年齢が上がると賃金も上がる(逆に言うと有能でも若いときは賃金を抑えられるわけだけど)市役所の賃金制度では,民間では起こりにくい,労働人口の高齢化(表6)に伴う給与分布の上昇が起こるということです。現在市役所職員の給与分布が高い方に偏っているのは,専ら高齢化によるものです(図1の年齢と給与の対応を参照)。高齢化による人件費の上昇を抑制するために賃金体系を変えるという議論もなされてよいと思います。既に引退した世代との間に不公平が生じるのでそういう議論をするなら扇情的にではなく真剣に。
 ちなみに何もしないでも,10年も経てば現役の公務員の高給与層(高年齢層)が大量に定年退職して低給与層(低年齢層)が補充されるので,民間との格差はかなり解消されると思います。参考に,図4を元に,民間等では年を取っても昇給はなく給与分布が不変で(正規雇用であることと若手が減少していることを考えると実際には分布は押し上げられそうだけど),定年を迎えた公務員の8割だけが補充されたとし,700万~800万の層と800万~900万の層の比率が不変だったときの10年後の比較を,図1の年齢と賃金の対応に基づいて作図しました(図7)。公務員の賃金は左と右にピークのある二峰性の分布になってます。世代人口の減少に比べると募集人員が多い時期が続くと思いますが,世代によって公務員になりやすかったりなりにくかったりする不公平も認識されてよいと思いますけど。

表6:阿久根市労働人口の高齢化
$Accipiter-阿久根労働人口
統計あくね(pdf)より


図7:十年後の阿久根市の賃金分布(参考)
$Accipiter-阿久根市10年後




 とりあえず姑息な印象操作で市役所職員を悪玉にしたてあげることは,問題の本質を覆い隠すだけだと思うんですけど。



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