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3月29日、ソフトバンクの来年新卒採用の学生向けの講演会「孫正義 LIVE 2011」が有り、
Ustreamでも生中継されました。
Twitterでも多くのツイートがあり、TLの流れがものすごい勢いでした。
最大で5000人以上の人がUstreamをライブで見ていたそうです。(私もその一人)

「孫正義 LIVE 2011」アーカイブはこちら(期限は1週間)

口語を文章っぽく補足・訂正しています。
話し方や雰囲気が大事なので是非動画を見てください

日本を今いちど、洗濯いたし申し候 坂本龍馬
坂本龍馬。今のここにある日本の大いなる道筋を開いた男
全く新しい価値観で見据えた次の時代へのビジョン
目の前にある事実を対局で捉え、今までなかった道へと誰よりも一歩踏み出すことから始まっている。
その龍馬のビジョンのもとに結集した一団:海援隊
彼らに有ったのは当時の最も進んだ科学的な技術・学問・そして大きな志
海援隊は武力ではなく、多岐にわたる知識と情報を武器に世を動かそうとする者たちだった
時代の先を見据える目、確固たる志、そして情報という武器によって勝ち取った新たな夜明け
今までにない発想、新しい価値観で、この日本の21世紀に新しい風を巻き起こすために
ソフトバンクはいまここに、新たな海援隊旗をあげる
時代を超えて海援隊旗に込められた熱き思いを受け継ぐために…』

皆さん、ソフトバンクの孫です。
今日はお忙しいところ、たくさんお集まりいただき本当にありがとうございます。

今、オープニングのビデオを見ていただきました。
今年はまさに、龍馬伝があって龍馬ブームと言ってもいいくらいの状況になっておりますが、
このビデオは、もう今から4-5年前に作ったものでありまして、ソフトバンクのロゴマークですね、皆さんの携帯だとか、いろんなところにロゴマークのイコールサイン、ロゴマークが出ておりますが、あのロゴマークは、この海援隊の、龍馬の海援隊の二本線の旗の印から生まれたんですけども、
そのぐらい私が坂本龍馬さんにあこがれている、そういう経緯で決まったわけであります。

今、日本はまさに、当時の幕末の状態ではないかなと思っています。
この20年間くらい、日本はもうほとんど、GDPが成長してない。
色んな政治的な問題、あるいは経済の問題、国全体が活力を失っている、いうことであります。

こういう時こそ、日本をもう一度蘇らせる、日本の夜明けをもう一度迎える、
そういうためには、龍馬のような、「高い志」、また高い志に多くの若者たちが結集、
この世の中をもう一度活性化させる!!そういう想いが、大切なんではないかなと思います。

我々ソフトバンクは少なくともそういう想いを持って、事業を進めているわけですけれど、
もちろん我々ソフトバンクだけではありません。
日本にはまだまだですね、素晴らしい人物、そして会社、組織、あることであろうと思います。
そういう人たちが奮起して、また皆さんのように若い人たちが一念発起して、日本にもう一度夜明けを迎えさす、そういう気概で頑張って欲しいというふうに思います。

今日は、新卒の学生の皆さん向けの講演会、会社説明会というのがそもそもの趣旨で、このようなイベントを催しておりますけれど、Ustreamを使って、多くの人々に、ライブ配信で見れるように、今同時に流しておるわけです。

また、それを見ながら、Twitterで私が今話している内容が多くの人々に伝わっているという状況であります。
ですから今日は学生の皆様方だけというよりは、そういう志ということに対して、何かしら興味がある方々が同時に聞いている、見ている、という状況だと思います。


志し高く

今日の一番のメインのテーマは、ソフトバンクの会社案内というよりは、そもそも私は何を思ってこのソフトバンクの事業を興したのか?どんなことを成したいと思っているのか?どういう志を持っているのか?そのことをメインに話をさせて頂きたいと思います。

それが、ソフトバンクの会社一つ一つの事業を細かく説明するよりも、最も我々の会社の特徴を説明できるといふうに思うものからであります。

志し高く」これは私が一番好きな言葉でありまして、もし人からサインを求められたり、座右の銘は?というようなことで聞かれたときには、必ずこれを答えます。
「志を高く持って人生を歩んでいくんだ」ということであります。

それでは私自身が、どういうきっかけで、その高い志を持って人生を歩みたいというふうになったかということですが、一冊の本があります。

15歳のときに読んだ「竜馬がゆく」であります

この司馬遼太郎さんの書いた「竜馬がゆく」。
この本を読んで、衝撃を受けたのですね。それまでどちらかというと、明るい中学生、小学校時代過ごしました。
サッカーとか野球とか、剣道だとかそういうスポーツをしたり、友達と一緒に、夜まで走り回って遊んでいるような生活を過ごしてきました。

たまに本を読むといえば、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」というちと暗い本で、そこにそんな本を読むよりはもっと男らしい本を読んだらどうだ!と家庭教師の先生に言われて読んだのが、この「竜馬がゆく」でした。
目からウロコと言いますか…1回しかない人生。

この中で、NHKの「龍馬伝」を見ているという方、ちょっと手を挙げてみていただけます?

おお、すごい。8割くらいかな。

世の中一般の人々より、ここに来ている皆さんの龍馬伝を見ている視聴率は8割以上あるというのは、そういう好きな人が集まっているということだと思いますが、この龍馬伝を見ていると…私は昨日もボロボロ泣いてしまいました。

脱藩をすると、家族に迷惑がかかるかもしれない。
でも乙女姉は「龍馬!行ってこい!!おまえは土佐に納まりきれる男じゃない、もっと何かでっかいことをやる、そのためなら自分たちのことはかまわん。行って来い!

そうやって送り出した。あのシーンのところで涙がボロボロボローっと出てしまいました。
脱藩をする、あのシーンで僕がボロボロに泣いたのは、あの自分の人生とちょっと重なってるところがありまして、僕が16歳で、アメリカに渡ったわけですけども、
その時は、私の父親が血を吐いて病院に入院している、なので家族も心配する、家計がどうなるのか、家がどうなるのか、ということも含めて、不幸のどん底だったわけです。
そのときに僕は一人アメリカに行こうとしたことで、もうむちゃくちゃに言われました。
親戚からも、親が病気して倒れて入院してるときに、なんでお前は一人アメリカに行くなんていうことを言えるんだ! 冷たいヤツだとも言われてしまいました。

担任の先生からも校長先生からもクラスメイトからも、まだ高校一年生の1学期で、何でそんな状況でアメリカに退学して行くんだ?というようなことを言われましたけども、私は決意してアメリカに行ったわけですね。

僕としての脱藩に相当するのが、病気の父親をおいてアメリカに行ってしまうということだったんですね。

僕はその時に泣きながらしがみつくおふくろに言いました。

「おふくろ、病院の先生に聞いたら、親父は死にはせんと言うてる。血を吐いたけど死にはせんと言うてる。
ここ何年かの家庭のことを思えば、家にいて、学校で勉強して、家族のために、それはそれで大事なことかもしれん。
でも、これから何十年のことを思ったら、家族のためにも、そして家族をさらに超えて、自分が何か事を成す、このことのために、人生を捧げたい。だからわしゃ行ってくる!」

そして涙を振り切って行きました。

私にとっての志。
あの本を読んでちょっと芽生えてしまったんですね。
志って何だ? 
そのときは何を成したいか、というところまでははっきり見えていませんでした。
しかし何かでっかいことをやって、何か多くの人々を助けたい、自分のあるいは自分の家族のそういう私利私欲とかではなく、もっとでっかい、人生を燃えたぎらせたい、引きちぎれるほど頑張ってみたい、それを成したい!!
その想いだけは強烈に芽生えてしまったわけです。


それがこの、私にとっての志。

多くの人を助ける 何やらでっかい事を成したい

多くの人、百万の人々を助けたい。百万千万の人々を助けたい。そういう人々に貢献したい。何かでっかいことをして、それを成したい。

金銭欲とかじゃありません。
そんな事じゃなくて、何か本当に多くの人々に、アイツが居て良かったと思われるようなことをしてみたい。ということで、決心したのです。

私にとって人生5つの大きな勝負がありました。

人生の第一回目の勝負、それは、「1.志を立てて、渡米」ということであります。

15歳の1ヶ月間の夏休みにアメリカに英語の研修で行きました。

もう目からウロコですね。
本当にもうアメリカの広い、世界で一番大きな国、一番文明が発達してて、力があって、輝くばかりのアメリカ。

龍馬が「海外に行ってみたい、アメリカを見てみたい、ヨーロッパを見てみたい」、でも行けない!
吉田松陰先生が「わしゃーアメリカに行く、外国に行くんじゃーっ」と船に密航しようとして、見つかって、切腹させられましたね。

あれほど命をかけて見てみたい!!という人々が行けなかった外国を自分は見ることができる。

そんなチャンスがあるなら、見てみたい、と思って見てみたら、なんとびっくり!
これは日本とは比べ物にならないぐらい、何やらすごいということを感じて、これはもう居ても立ってもおられん、

脱藩じゃーっ!

ということで、バシッと退学届けを出して、高校一年生の1学期で退学ですよ。

校長先生も担任の先生も、せめて休学にしたらどうだ、
せめてアメリカに行くというのなら大学に行ってからでもいいじゃないか、
大学卒業してからでもいいじゃないか
せめて、今どうしても行きたいというなら、休学にしたらどうだ
1、2年行って、様子みて帰ってくる、その辺でどうだ、手を打たんか、
と、そういうような話してくれるのです。

私は校長先生に、
「先生!僕は弱い男です。
アメリカに行っても英語がようわからん。
一人で行ってどんな生活になるかわからん。
困難にぶちあたったら、くじけづいてしまい、弱い気持ちになって、
戻ってくる古巣があればそこに戻ってくるかもしれない。
それじゃ腹が据わらんのです!
退路を断たないと。退路を断たないと、困難に立ち向かえん。
だから休学ではなく、退学にさせてください!

私はこの高校をすばらしいと思いますし、
先生方も生徒も、僕には何も不満はない。
だから不満があって退学するんじゃないんです。
みんな素晴らしい友達で、みんな素晴らしい先生で、
こんなに一生懸命止めてくれる。
校長先生も担任の先生も、僕は本当素晴らしいと思う。
だから嫌いで行くんじゃないんです。
チャレンジのために行って、挫けて帰ってきたら、そらぁええことがなにもない。
だから、退路を断つんです」
いうことでアメリカに行ったんです。

そして、アメリカでは、めちゃくちゃに勉強しました。
自分で好きで行ったわけですから、自分で望んで行ったわけですから、言い訳などしたくない。
とにかく死ぬほど勉強しました。

みなさんは現在大学生で、5000人近くの人がいますが当時の僕のと比べて絶対に言えることがあります。
それは、僕より勉強しているヤツはいない。自信持って言えるよ。
なぜ言えるか?
途中で肺炎になっても、肺炎になったことがわからないぐらい、
ゴホゴホ、ゼーゼー、頭がガンガンして、その状態でも一切休まずに、一度も授業を休まずに、いつも前列のど真ん中で座って、食い入るように先生を見て勉強して、トイレに行くときも絶対に教科書から手を離さない、読みながらトイレに入る。
道歩くときも教科書を読む、運転するときもイヤホンで授業の内容をテープでもう一度復習する。
寝る時間だけ、寝る時間でも最小限の時間、朦朧としながら、寝てる時間以外は全て勉強する。

英語がわからん、そんなことは言い訳に使いたくない。
それまでは日本の高校でイヤイヤ勉強してましたよ。
イヤイヤ勉強してるから、色んな言い訳言っていた。
したくないものをしてるから…何のために俺は勉強しなければいけないのか。。
こんなもの世の中に出て役立つのかー!っと言っていました。
だから、大概、手抜きの勉強でしたよ。

でもアメリカに行って、それこそ血を吐いてる父親を置いて、泣く母親を振り切って、アメリカに行っているわけですから、そういう状況の中で、私がここで言い訳言って勉強をサボってどうするんだ?!
学生の私にとっては勉強は本業!本業中の本業に命燃やしてちぎれるほど勉強しなくては、罰が当たる!!っと思ってやったんですね。

ですからここにいる皆さんより、少なくとも勉強の絶対時間では、一日当たりの勉強の時間数では、私に勝つ人は誰も居ないと思います。
同じぐらいやっている人がいるかも知れないが、でも物理的な限界を超えるくらい僕は勉強しました。
そのくらい、燃やして燃やして燃やしまくってやった。
退路を断って、アメリカに行ったからには、僕にとっては人生の大きな勝負どこ、転機だったわけですね。

まずアメリカで、高校1年生に入った。
1週間で、校長先生にかけあって、ここはもういい、2年生に変えてくれ!
そして、2年生に変えてもらった。
教科書を全部取り寄せて、3日たったらまた、全部2年生の教科書は全教科読んで、斜め読みして、校長先生に言いに行って、
「2年生もいらん! 3年生の教科書を全部くれ」
そう言って3年生に変えてもらって、また3日で3年生の教科書を全部読んで、
「もうこれもいい、私は高校は要らない!大学に行きます。先生さようなら」と言って、そのまま大学に行ってしまった。

だから高校生は、日本で1年生の1学期の3ヶ月間、アメリカで合計2週間。それで高校はもう終わり。そのまま大学に行ったわけです。

大学では、今言ったように死ぬほど勉強しました。

出会いは突然訪れた

その大学の3年生のとき、出会いは突然訪れました。

19歳の時ですかね。
初めてマイクロコンピュータのチップの写真を見ました、生まれたばかりのマイクロコンピュータのチップです。

科学雑誌の1ページ載っていた写真を見てとてつもない衝撃を受けたんですね。

車を降りて、道で読みながら歩きました。
そうしたら未来都市のような、未来の都市の設計図のような、カラーの写真があった。

なんだろう、不思議な写真だなぁ、初めて見る写真だなぁ、と思って次のページをめくったら、
これがなんと、マイクロコンピュータのチップの拡大写真だったということを知ったのです。

それが人差し指の先にちょんと乗ってるぐらい。
これを見て、もうボロボロボローっと涙が出たんですね。
全身の両手両足の指先がジーンと痺れて止まらない。

人類はなんてスゴイことをしたのか。
人類は初めて自らの脳の働きを超えるかもしれないものを、人類は作った!発明した。

この事の凄さを、この時の感激に、私はショックを受けたのです。

感動した。

20世紀の終わり、21世紀はどのように人類社会が発展していくんだ。
想像し始めたら、もう恐ろしい衝撃で、感銘を受けたわけですね。

その結果それを使って発明に結びついたということなのです。

発明の日々 「一日5分でひとつの発明」を自らに課した
⇒「音声装置付き多国語翻訳機」を教授・研究員と共に開発


先ほど言いましたように、親父は血を吐いて病気で入院してる状態でしたから、何年間か入院してました。
あんまり家族に経済的な負担もかけてはいけない。
いうことで僕は19歳の3年生の時に、1日1つ、1日5分間、勉強以外に費やす

食事するときも必ず教科書を左手、左手に教科書、右手で箸とかフォーク。
その時思ったんですけどねえ、一度ゆっくり両目でお皿を見て料理を食べたいなぁ。
そしたらどんなにおいしいだろうか。
そんな贅沢ってあるのかな。と思ったわけですよ。

皆さん食事するとき大概両目でお皿見て食べるでしょ?
僕はね、そんな贅沢はなかったんですよ。
そんなことはできない。
必ず、食事するときも教科書をガーっとにらみながら、視野のはしっこにボーッっと見える皿にフォークを突き刺してとりあえず刺さったものを食べる。
時々コショウみたいなのがそのまま入ってガーッと叫んだりすることもありましたけど。

それくらいの状態で5分間、自分に勉強以外の時間を与えるということは、どれほどの贅沢か。
学校の勉強以外の時間を僕に5分間与える。こりゃ大変な贅沢だ。

その贅沢なその時間を、1日1つ、何か発明をしようということに充てたのです。

1日1つ何か発明して、その中から1つ1年間かけて選んで、その発明で一山あてようと、
そういうふうに思ったわけですね。

1千万くらい稼ごうかなぁ、なんて

今の時代でも、1日5分のアルバイトで、1年間頑張って1千万稼げたら皆さんいいアルバイトだと思いませんか?

1日5分仕事して、1年間働いたら、1千万貯まった。
月100万円!そりゃいいアルバイトですよね。
今でも、なかなかそんなアルバイトはないです。

それが、30年以上前ですよ。
33年前ったら、その当時の貨幣価値で言えば気の狂ったようなバイトですよ。
友達にそんないいアルバイトないかと聞いたら、みんなから笑われましたよ。
お前アホかと。
一瞬で却下でしたけれども、僕は真剣でした。

そんなムシのいい話は発明ぐらいしかない。
あの松下幸之助さんですら、小さな発明から会社を興した。
私も何か発明してみよう。

そういうことで、自分に与えたレジャーの時間、つまり発明の時間です。
そこで1日1つ発明しよう。

で、そして、250、発明しました。

最近僕はTwitterで「できました」というリストをいろいろやってますが、まさに「できました!」です。

1年間で250の発明しました。1日5分間ずつで。

なかにはしょうもない発明もいっぱいありましたけど。
でも、そのうちの1つが、世界初の、フルキーボードのポケットコンピュータ。
マイクロコンピューターを使った、世界初のポケットコンピュータです。
今ではiPhoneのはしりのようなものですね。
これを19歳のときに発明しました。

しかし、自分ひとりじゃ物は完成しないので、僕を手伝ってくれる仲間を集めることにしました。
そこで世界的に有名な大学教授、5、6人集め、プロジェクトチームができたのです。

僕は学生なんで1日5分しか時間がないので、先生手伝ってくれ。
先生に空いてる時間で僕のためにアルバイトしてくれ、給料を1時間いくらで払います。
でもネゴ(交渉)をするのはいやだから、先生、1日にいくらかが良いかは先生が決めてくれ。
先生が欲しい金額を払います!」

と、「なんちゅーことを言う学生だ」という話でしたが、

「でも、ただひとつだけ先生条件がある。
それは、先生が言ってくれた金額を全額払います。
だけど僕には今、金ない!
できあがって完成して特許が売れたら、売れた金額から先生に全額払う。
だからうまくいかなかったら先生はタダ働きになってしまいます。
うまくいったら先生方の申告どおり満額出します。そういう条件でどうですか?」

笑い出した先生たちが。お前おもしろいことを言う学生だ。わけわからん話だけど、やってみるか。

ということで僕の発明を実現するプロジェクトチームができたということであります。

その時に、人生50ヵ年計画を立てました。

「10代の決意(19才) 人生50ヶ年計画
20代 名乗りを上げる
30代 軍資金を貯める
40代 ひと勝負かける
50代 事業を完成させる
60代 次の世代に事業を継承する」


20代で名乗りを上げる。
自分の事業を興す。自分の業界で名乗りを上げる。

30代で軍資金を貯める。
軍資金は、1000億2000億数える規模じゃなきゃいけない。

40代でひと勝負をかける。
一兆円二兆円と数える規模の勝負をする。

50代である程度事業を、ビジネスモデルを完成させる。
自分のライフプランとしてのモデルも50代で完成させる。

60代で、次の経営陣にバトンタッチをする。
僕の次の経営陣について、ちょうど今から10数年、皆さんの世代です。

皆さんの世代の人たちから次の経営陣が出ていく、ということになるんだろうと思います。

そういう大まかに分けて、5つのステージ。
20代、30代、40代、50代、60代、その5つのステージのライフプランを作りました。

それから一度も変えてません。

僕は19歳のときに立てた、僕自身のライフプラン。それから一回も変えてない。
その時には、お金は1円も無いですよ。
1円もないけども、発明のアイディアを思いついて、設計図を書いて、特許にする。

設計図を書いて特許を出す、そこまでは僕がやった。
特許に出した設計図を具体的に試作機を完成させるのはさっきの教授陣と一緒にやった。

お金はないけれども、でも、志しだけはもうハッキリしてた。
何かでっかいことをして、何百万・何千万の人たちに役に立つ。
そういうことをしたい。
もしその時に自分が持ってる技術、知識、情熱、そういうものが役に立てばいいなぁと。

いうことで、20代で名乗りを上げました。
それが、ソフトバンクの設立であります。

1.20代 名乗りを上げる

大学を卒業して、日本に帰ってきた。
日本に帰ってきて、僕が大学を卒業するちょっと前です。
アメリカでは優秀な学生はたいてい大学院に行く。
大学院で博士号まで。僕のクラスメイトも優秀な学生はそういう人が多かった。

僕が大学4年のときには、過去メチャクチャ勉強していましたから、大学院の中でもハーバードだとか、スタンフォードだとか、バークレーだとか、MITだとか、そういういくつものところから、月謝も、学費も入学料も要らないから、うちの大学院の博士号課程に来ないか?
そういう招待状がいくつもの大学院から頂きました。
そのくらいむちゃくちゃ勉強していて教授からも推薦状が出てました。

でも僕は全部お断りして、大学を卒業したら日本に帰ってくるというおふくろとの約束通り帰ってきました。

すでにアメリカにいるときには会社を興してました。
19歳で発明して特許をとって、実際は1年半で1億7000万円ほど稼ぎました。

その最初にやった発明をシャープに売り込みました。
日本のシャープさんですね。
特許を売り込み、1億8000万円もらいました。
もうひとつは、コンピュータのゲームを、そちらも1億5000万稼ぎました。

僕は19歳の学生のときに1年半で当時のお金で3億以上、3億数千万稼いだのです。

最初に立てた目標は、1日5分働いて1000万円ぐらい稼ぎたい。
でも、実際は1日5分働いて1年半で3億数千万稼ぎました。

今の貨幣価値で言えばもっと大きいですね。
今の何倍かの価値があると思います。
そのままずっと発明を目指す、町の小さな発明家という人生の選択肢もありました。
でも僕はそうじゃなくて、もっとでかいことをやりたい。
そういうことで会社を興そうと思ったわけです。

日本に帰ってきて、僕が学生の時に作った会社は売却しました。

そして日本に帰ってきて、ソフトバンクを興すことになったんですが、
でも日本に戻ってきて1年半、悩みに悩み続けました。

きっと今の皆さんもですね、大学卒業して、これから自分の人生どう過ごそう…
いろんな意味で悩んでるんだろうと思います。
就職難でもありますしね。
ソフトバンクの孫正義の話を興味半分、野次馬半分でですね、今日は来たと思いますが、きっと悩んでると思います。

きっと悩んでいると思います。
自分の人生これからどうすごそうかと。
どういう人生にしようかと。


色んな選択肢があるんだと思います。僕も悩みました。
大学を卒業して日本に戻ってきて、1年半悩み続けました。

でも、安易に決めたくない。
たまたまブチ当たった、たまたま親が、たまたま何かのご縁で、そういう安易なことで決めたくない。

なぜなら、自分で決めた自分の職業、自分で決めた自分の仕事、これコロコロ変えるわけにはそんな簡単にはいきませんから。

だいたい決めたらその道にほぼ行く可能性が高い。
その決めたことをフラフラするということは、効率悪いので、その自分のエネルギーをどこに費やしたらいいのか。

自分が登りたい山は何なのか。
自分の志ってなんなのかか。
自分の成したい事ってなんだろうか。


これを決めることが大切です。
ということで、この一文を僕は決めました。

『登りたい山を決める。
これで人生の半分が決まる』

いうことであります。

これは、当時僕が大学を卒業して日本に帰ってきて、1年半の間、この事を思い続けたわけですね。

自分で登りたい山、これを決めなきゃいけない
これを決めることで、人生半分決まってしまう。

自分のテーマ、人生のテーマ。
人生の志、自分にとっての志。

もう一度、龍馬のほうに戻ります。

「事業を志す
⇒自分の一生をかけるにふさわしい仕事
⇒デジタル情報革命」


何を成すために自分は生まれてきたのか。

事を成す、その事ってなんなのか。

自分にとっては、事業家になりたい
自分の人生、一生をかけるのに相応しい
そういう仕事ってなんだろうか

40ほど新しい事業を考えました。

人々がやってないこと、新しいこと、人の役に立てること、一番に成れること。儲かること。

自分が継続して好奇心を持ち続けられること。
意欲を持ち続けられること。
多くの人々に役立つこと。


常に何か技術革新があって、というような業界じゃないと、
自分の心が熱くならないので情熱が冷めてしまいます。

冷めない情熱を一生持ち続けられる、それって何だろう。

ということで考え続けました。

私にとっての事を成す、その事ってなんだろう。そして結論が出ました。
デジタル情報革命」であります。


志 事を成す。 デジタル情報革命で、知恵と知識の共有を推進し、人類に貢献する

事を成す、デジタル情報革命を通じて、多くの世の中の人々の、世界中の人々の、知恵と知識を共有できるような、そういう何かでっかいネットワーク、プラットフォーム、何かそういうサービス、そういう事業を作って、人々の知恵と知識がすごいなにか一つの大きなデータベース、ネットワーク、そういうものに収められて、それをみんなで共有することができて、人々がより幸せになれる。
より幸福になれる。より仕事の生産性が高まる。楽しくなる。病気の人が助けられる。

そういうような何か仕事、それであれば、人生を賭けるにふさわしい、というふうに思ったわけんですね。

その志が、
「よし、これだっ! 私の人生を賭けるのはこの志だ。
このために私は生まれたんだ。このために人生を賭けるんだ」

いうことで、決意をして、会社を興しました。

それが、ソフトバンクであります。

「1981年9月3日 日本ソフトバンク 設立
従業員はアルバイト2名。福岡県内の雑居ビル2F。資本金1000万円」

福岡の小さな町で会社を興しました。

資本金1000万円。アルバイトの社員を2人雇って、僕とアルバイトの社員2人で会社を興した。

で、彼らに、これからソフトバンクという会社を興して、立派な事業を興すぞ。情報革命だ!
コンピューターを使って、コンピューターの力で。マイクロコンピューターでデジタル社会、デジタルの、情報革命を起こすんだ。

そう1時間くらい、最初の朝礼で話しました。。

2人のアルバイト社員を前にして、みかん箱、当時みかん箱っていうのは木の箱でした。
この箱の上に乗ってですね、30年後の我が社の姿を見よ!ということで朝礼を熱くぶつけました。

30年前に掲げたビジョン 将来は豆腐のように1兆(丁)、2兆(丁)と数える企業になる

少なくともソフトバンクは30年後には豆腐屋さんのように、数の単位を一兆(丁)二兆(丁)と数えるぞ。
半分洒落のつもりで、豆腐屋さんは朝から来て1丁2丁と叫びますね。1丁2丁と。

一兆二兆以下はものの数ではない!
一千億とか五千億はものの数ではない
一兆二兆と数える単位で初めてものの数だ!
そういう規模の会社にするぞ。
世界中の人々に情報革命を提供するんだ!


いうことで会社を興した。
ということであります。

そしたら1週間たったら二人とも辞めちゃいました。
「この人おかしい」「気が狂ってる」と。

こんなちっちゃい福岡のエアコンもない扇風機だけブーンと回ってるこのむさ苦しい、暑いこの部屋で、またド熱い話を聞かされて、なんやこれはーちょっと気がおかしいんちゃうか。
ということで二人とも辞めてしまいました。

また僕1人に戻っちゃった。
でも僕の心は一瞬もひるまない。
一回も変えていない。

創業してすぐに勝負に出ました。
人生二発目の勝負であります。


続く

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