(行方が追求されているとき、遠山は 「手を切って」 と叫んだ)
■「遠山さんは、女を意識している」(永田洋子)
入り口の横に縛られていた遠山は立っているのがつらそうな様子でいた。それをみた永田は、座らせることを森に提案した。森はすぐに返事をしなかったが、永田の説得にしぶしぶ了解した。ところが、、、
そのあと、縛りなおされた遠山さんを見ると、彼女は両足を崩して座っていた。その様子はボンヤリしており、総括しようとしているものとは思えなかった。私はせっかく勇気をふるい総括に集中しやすいように座って縛らせたのに、それに集中せず女を意識していると苛立った。(中略)
私は、中央委員会の場でこの苛立ちをそのまま表明した。
(永田洋子・「十六の墓標(下)」)
永田が、「勇気をふるい」といっているのは、森にあまいと批判されるかもしれないと思ったからだそうだ。山岳ベースでの永田は、暴力的総括を鼓舞しているものの、縛られた者の苦痛についてはやわらげようとしている傾向がある。
しかしながら、そのあと、中央委員会で、「両足を崩して座っていた」 からといって、 「女を意識している」 と摘発してしまうようでは逆効果であり、森の論理に味方することになった。
■「行方氏は放心したような顔をしていたが、追及にはていねいに答えた」(植垣康博)
午後8時頃、森氏が青砥氏、山崎氏と私の3人を指導部のコタツに呼んで、「行方が権力にバラしたアジトを全部調べろ。パクられた時に何をしゃべったかも聞け」といった。(中略)
行方氏は放心したような顔をしていたが、青砥氏の追及にはていねいに答えた。
(植垣康博・「兵士たちの連合赤軍」)
行方への批判は、赤軍派時代のことであり、革命左派メンバーには、理解できなかった。
■「ああ、手が痛い。誰か手を切って」(遠山美枝子)
青砥氏が中心になって追求していたが、何を追及しているのか私にはわからなかった。この最中、入り口の横に縛られていた遠山さんが、再び、
「お母さん、美枝子は頑張るわ」
「美枝子は今にお母さんを仕合わせにするから待っててね。私も革命戦士になって頑張るわ」
「ああ、手が痛い。誰か手を切って」
「誰か縄をほどいて。・・・いい、縄をほどかなくていい。美枝子は頑張る」
などと叫ぶようにいった。
(永田洋子・「十六の墓標(下)」)
遠山の手には酷いしもやけによる激痛があった。縛られたメンバーはいずれも手足が動かなくなるほどのしもやけになったのである。
しかし、私たちは、そのような遠山さんを全く無視し、行方氏を追及した。
(永田洋子・「十六の墓標(下)」)
■「絶対に逃亡できないように、肩甲骨と大腿部を思いっきり殴れ!」(森恒夫)
行方氏の追及の終わり頃、森氏が、「懐中電灯で行方の目を見たら、瞳孔が開いているのがわかった。行方は死の領域に足を踏み込んでいる」といった。
(永田洋子・「十六の墓標(下)」)
青砥氏の追及が終わった時、行方氏はあきらめてしまったような様子であったが、それでも誠実に義務を果たそうとするかのように、これまでの事務やアジトを引き継ごうとして語り始めた。
すると森氏は、「おまえから、そんなことを聞こうとは思わない。それはこっちで考える」といって、行方氏の発言を封じ、逃亡の意思について追及した。
「これまで逃亡しようと思ったことはなかったか」
「あります」
「いつ逃亡しようと思ったんだ」
「車で他の場所に移されるときに、逃亡しようと思ってました」
(中略)
「逃亡してどこへ行こうとしたのだ」と追求した。行方氏は、少し黙ったあと、「実家に帰るより他にないでしょう」といくらか腹立たしげに答えた。
そのあと森氏は、「縛る前に、絶対に逃亡できないように、肩甲骨と大腿部を思いっきり殴れ!」と命じた。
(永田洋子・「十六の墓標(下)」)
まず森が肘で肩甲骨を殴り始め、ついで山田が殴った。
その時の私は、こうした大変な任務は指導部だけにやらせておくべきではない、私たちもやるべきだという思いだった。続いて、大腿部を手刀で殴ったが、途中で寺岡氏が、「そんなんじゃだめだ」 といって、土間からまきを持ってきてそれで殴った。私は、その激しさに驚いたものの、さすがはCCと思い、私もまきで力いっぱい殴った。
(植垣康博・「兵士たちの連合赤軍」)
他の者も寺岡氏に続いて、まきで思いっきり殴っていた。こうした行方氏への殴打はとてもみていられない程のものであった。
(中略)
行方氏は激しい苦痛に必死に耐えているようで、わずかにうめき声をあげただけだった。殴り終わった頃、森氏は、「逆えび型に縛っておけ」と指示した。
(永田洋子・「十六の墓標(下)」)
行方は、逆えび型に縛られ、さらに縄を床に固定されて、まったく身動きが出来ないようになってしまった。
■「精神的に絶望して死の世界に入ろうとしている」(森恒夫)
このとき森は、信じられないようなことを考えていた。
そして彼はすでに立直る事をあきらめたかの様に、彼の活動内容をしゃべり、引継ぎが可能な様に事情を説明したりした。この間、我々が見ていて異常と思われる位夢の中でしゃべるような様子であったので、急いで彼の瞳孔を調べると、半分近くに拡大している状態だった。
(森恒夫・「自己批判書」)
行方は、1月3日から縛られたままだったのだから、「夢の中でしゃべるような様子」であってもおかしくはないだろう。そして、夜の榛名ベースでは、ロウソクの灯しかない暗闇なのだから、瞳孔が拡大しているのは正常である。
それで我々は、彼が恐らく精神的に絶望して死の世界に入ろうとしている可能性がある事、それが瞳孔の異常として表われているので彼をこの絶望の状態から何とか引き出さないと駄目だと思って、詰問調の追及を質問調に変えたところ、その時にのみ彼の瞳孔は正常にもどった。
(森恒夫・「自己批判書」)
森は懐中電灯を目に当てながら質問しているので、瞳孔が縮小しはじめるのも、あたりまえのことである。
こうした事から、我々は一方で彼が精神的に敗北する過程に入っているという判断をすると共に、もう一方逃亡の危険があると考え、彼の手足を力が抜ける程殴っておく事にし肩甲骨の裏を手拳や膝頭で殴り、大腿部を足や棒で殴ったのち、逆エビ状に再び縛ったのである。
(森恒夫・「自己批判書」)
「精神的に絶望して死の世界に入ろうとしている」 といいながら、「逃亡の危険がある」 とはどういうことだろうか?
そして、行方を「死の世界」から救おうとして、「詰問調の追及を質問調に変えた」はずなのに、「彼の手足を力が抜ける程殴って」「逆エビ状に再び縛った」 のである。
森の論理は倒錯しているが、この場にいた坂口も違和感を感じていたようだ。
私は、森君がほぼこれと同じ事を喋ったのを記憶している。瞳孔の開閉状態でそんな心の洞察ができるものだろうか、という疑問とともに、森君の表情と語り口が(彼は、行方君の目に懐中電灯の光を当てながらこういうことをいった)、何か物に取り憑かれたようで、嫌な感じがした。
(坂口弘・「続・あさま山荘1972」)
■「イエス」でも「ノー」でも
加藤能敬の最期を思い出してみよう。加藤は、逃亡の意思について否定し続けたが、まったく信じてもらえず、死ぬまで追求され続けた。そして加藤が死亡したとき、「逃亡しようとしたことがばれて絶望した敗北死」と解釈されたのだった。
いっぽう行方は、逃亡の意思をあっさり認めた。しかしそうなると、手ひどく殴られ、逆エビに縛られてしまった。 何のことはない、「逃げようと思っただろう?」と疑われたら最後、「イエス」と答えても、「ノー」と答えても、ダメなのだ。
つまり、森の手には、あらかじめレッドカードが握られていて、イエスだろうが、ノーだろうが、瞳孔が開いていようが、閉じていようが・・・・・出されるカードの色は変わらないのである。