今日はカンボジアの首都プノンペンです。
カンボジアは、70年代後半、周知の通りポル・ポト率いるクメールルージュ(カンボジア共産党)による独裁政治が行われました。その時、街は壊滅的打撃を受けます。
その後、クメールルージュは農村回帰の極端な毛沢東思想からインテリ層を次々に殺害。
4年にわたり、恐怖政治を敷きベトナムの侵攻により政権崩壊。以後、内戦状態となりました。
プノンペンには、その当時政治犯とされた囚人が捕らわれたトゥールスレン刑務所、処刑場となったキリングフィールドがあります。
→トゥールスレンやキリングフィールドについては、「かつての紛争地域」のカテゴリ参照
2003年当時、街はとても活気がありました。
実は、1999年にもカンボジアを旅したことがあり、そのときは、アンコール・ワットを見に行きました。
その頃は、ようやく個人旅行も解禁されたばかりで、道も未舗装が多くバラックのような家も多かったように思います。
それから、12年。新聞やテレビで知る限りカンボジアも経済成長が目覚しいようです。
↑プノンペン市街。2003年当時でも東南アジア特有の「喧騒」感がありました。
次は、カンボジアきってのリゾート地、シアヌークビルへ向かいます。