机とか。子供心とか。 | 日常報告

日常報告

・・・・帰ってきた。(`・ω・´)フ

4日(土曜日)

の昼、娘らの机がドーンッと届いた。

いきなり家の中に入れてしまうと組み立てるスペースが無くなるので

(だからと言って外で組み立てたら入らない)ので、宅配には玄関の外に

置いていってもらった。


届いてすぐに開梱して組み立て開始!

ちなみに旦那は寝てます。

まぁ、期待してないし。


普通のドライバーセットを手にせっせと1人組み立て・・・。

途中、娘らに組み立て説明書を見ながら部品探しを

手伝って貰いつつ4時間ほどで1台目完成。

ちなみにその頃のっそり旦那が起きてきた。


暑さと筋力が限界だ・・・とか思いつつ

まだ限界だとかダルイとかブツブツ

いってる元気があるうちはまだ限界じゃないトカ。

そんなわけで、ちょっと休憩してから

もう一台組み立て開始。


旦那は「会社に行く」と言い残してすぐに出かけました。


2台目は説明書を読む必要がないのと

要領がわかったのでボチボチ休憩しつつ

実質作業時間は2時間ちょいほどで完成。

後は椅子を組み立て完成。


とりあえず、土曜はそこで終了。




5日(日曜日)

朝からアレコレ昨日の続きで片付け。

家の中にあふれる不用品。

処分予定のものが場所を取っていてどうにもならない。

とりあえずダイソーで小物入れ買ってきて

娘らの机の中身を詰めこみ。

と言っても今まで机が小さかったり、なかったりなので

そんなに入れるものもありません。

開いたスペースはお互い自分流に

お気に入りのものを飾ったのですが・・・

性格の違いが色濃く現れた机です。(^^;

もうちょっと家の中が片付いたら公開したいと思います。


取り合えずヒナは恐竜フィギュア、鉱石、鯨の髭、など。

マナは・・・・羊が並んでますorz

白くてモコモコしたものがいっぱいです。



6日(月曜日)

疲れて動けない・・・。

仕事もしなくちゃいけない・・・。

何にもやる気でず。



7日(火曜日)

ジオスの娘らの担当の先生(イギリス人)に赤ちゃん誕生。

そんなわけで急遽今日のレッスンはおやすみ~。

お祝いだしね!子供が生まれたときぐらい仕事休んでも

駆けつけてほしいもんだよね。

つか、そのくらいの喜びを見せて欲しいよネ?


・・・うちの旦那は一人目のときでさえ生後4~5日目にしか

会いに来ませんでしたヨ?一人目の誕生で

それってどうなのよ?

ちなみに2人目は「アナタの帰省の日に合わせて促進剤で産みます。」と

宣言していたので生まれた翌日には会いに来ました。

(でも結局促進剤は使うことなく、予定日の前日に自然に産まれた。)




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話し変わって、記憶のメモ。

先ほどヒナが明日の用意やら宿題やらが終わらず

寝る時間が10時過ぎになってしまったので

「明日、眠くて勉強頭に入んなくなるよ!落ちこぼれにならないんでしょ!?」

(※私が子供の頃、大変な落ちこぼれっぷりだった件に対して)

と言ったら、最近口の減らないヒナが

「じゃぁお母さんは夜更かししてたの?」ですと!


うーん・・・

あまり早寝は確かにしてなかったけど

今振り返ると、私は場面緘黙症 と睡眠障害だったようで・・・

丁度今のヒナカぐらいの頃から学校の教室でのみ話せなくなって

高学年ぐらからいったん良くなった気がしたのに

高校でまたダメだった。と言うか小4の前半と高校3年間が

一番キツかったなぁ。高校の時には部活でバカ騒ぎしていたら

「クラスに居るときと、外に居るときで別人みたいだなー。」と

通りがかりの教科担任の先生に驚いたように言われたり。


丁度同じ頃、私の特技は金縛り(笑)皆がオカルト話に夢中になって

キャーキャー言ってる中、”金縛りなんて自在に出来るし怖くも無い”と

発言はしないけど1人思ってたりして。

でも今思えば、金縛りって睡眠障害なんですよね。

寝れてないじゃん自分。


高校卒業後、パタッと金縛りのほうは出来なくなったのですが

今思えば専門学校では初めてクラスで自分らしく普通に

過ごせていたからストレスが無かったのね。きっと。


それからずっとそんな事を忘れて就職して再び場面緘黙症か!と

(その時はそんな名前は知りませんが。)直面したのが

会社の女子ロッカー室。

今思えば、女子ロッカーというのは学校の教室に似てる。

女子苦手。


会社辞めてまたそんなこと忘れて

結婚して子供が生まれて育児サークルってのに

やっぱり一人目だしッと色々がんばろうとするわけですな(・_・)

が、ココで再び・・・育児サークルは女子ロッカーや教室に似ている。

初参加の扉を開けるとき、気分はバンジージャンプ。

2回、3回・・と慣れれば良いけど、そんな根の浅い

もんじゃないんですネ。

回を増すごとに扉を開ける勇気が無くなり、

参加自体がただの苦痛になるのです。


結局、女子は(以下略。)



でも大阪では育児サークルになんて参加しなくても

身近な友人に恵まれて、その友人らには色々知らないうちに

沢山のことを教えられた気がします。

正直、今も懇談会やらレクやら委員会やら集まりは苦手なんですが

(クラスの母親の集団は私にとっては女子ロッカーや

教室と変わらない。)今は以前より怖くない。

大阪でであった皆に感謝感謝です。


※場面緘黙症 ・・・特定の場所での発語が難しくなる現象。

私は最近知ったので当然子供の頃その診断を受けてはいないし、

だから本当にそれだったのかわからないけど

本当に本人もわけが解らないほど話せないのですよ・・。

話しかけられてもとっさに言葉が出ない、話を聞いていてもその内容が

言葉として理解できず答えられない。

なのに、教室を出てクラブや塾などに行けば普通に話せるのです。

高校ではクラスで一語も発語しないのが日常でした。


そんなわけで寝ているようで寝ていない子供時代、

私の脳が昼間にいつも寝てても、まぁ当たり前よね!トカ。

(正確には私が教室にいるときの脳は

いつも現実逃避でしたが。(笑)でもそうでもしてないと

不登校になっちゃうのヨ(・w・)でも学校行きたくないなんて言えば

母に行きたくない理由を追及されるでしょ。だから言えない。

だから学校行って黙って過ごすのですヨ。

子供の頃、一番怖いの母親に「何で?どうして?」と

追及されることだったかもなー。

大人になった今思えば正直に言えば大したことじゃなかったのに

何故言えない、何故言わない?!と思うことがいっぱい。

まぁ、そういうもんだよね。


今のマナを見てると時々自分にだぶるですよ。

んで追及しちゃってる自分を反省。orz


子供が辛いとき、自分から辛いと言えるなら上出来。


私って成長してないなぁと思ったのが20歳のときの出来事。

熱を出して学校を午前中で早退して家で寝ていたとき

母は居たけど、大人なので特にかまわれることも無く・・・。

午後になって39度を越えて、立て歩くこともままならず

トイレで気絶。意識が戻った後

本気でヤバイと思って医者に行きたいと母に言ったら

「医者に行きたいなら何でもっと早く言わないの?!」と

やっぱり怒られた。

大丈夫と思っていたから、なんて事じゃないのです。

最初から医者に行かなきゃヤバイことは解っていたけど

自分から医者に行きたいとは言えないのが微妙な子供の心。

昔から体調が悪くても自分で言い出せないのです。

言い出さないというか、アレはなんだったんだろう?

そんな時の自分はどうして欲しかったのかな?と考えたら

結局気づいて欲しかっただけなんですね。


病院に行きたいと言わなくても

病院へ行ったほうが良いと親が気づいて言って欲しい。

体調が悪いとか、嫌なことがあって辛いとか

毎日の些細なことでも気づいて欲しい。

泣きながら帰宅しなくても辛いことがあったと気づいて欲しかった。


そんなもんだよね・・・子供って。(・_・)


子供が帰宅したときの『タダイマ』の声は

聞き逃しちゃいけない。

そこにその日の学校での出来事が詰まってる、

そんな気がする毎日です。



今年5月、

「お母さん、ヒナたちが元気がないとき、

嫌なことがあったときちゃんと気づけてる?」

って聞いたら、ヒナが「うん、凄い!」って

嬉しそうに言った。


ちょっと自慢。