2006-06-05

247.アダルトチルドレン

テーマ:彼女じゃない恋愛

止まらぬ涙は昼になっても乾くことはなかった。
感極まって涙が溢れ出ても涙は直ぐに止まるもの。
心を取り残し、もう少し泣いていないのにって事の方が多い。
涙の止め方など私は知らない。
普段流れる涙とは違うようだ。
じんわりと溢れ、まばたきと同時にこぼれ落ちる。
目じりがキリリと痛い。


昼過ぎ、何度か部屋を覗きにきていた家族が病院へ行ったほうがいいといい始めた。
落ち着いていると思っていたのは自分だけだったようだ。
長く過呼吸と付き合ってきて、発作の予兆は私よりも家族の方が知っているのかもしれない。
そう言えば、呼吸の変化に私よりも彼の方が早く気づいていたっけな。
半強制的に出かける支度をさせられ、私は家族に連れられ病院へと向かった。
私は結構、周りの環境に影響を受けやすいので、病院へ着く前には元気になっているタイプの人間だ。
発熱で病院へ行っても、診てもらう頃には微熱さえないという事が多かった。
そして家に帰るとまた、発熱する。
だから私は思う、病院など行かなくともしばらくすれば治るのだと。
だけど、病院へついても涙は止まることがなかった。
持参したティッシュペーパーは水分で溶け始め、ボロボロと細かいクズが指の間に張り付き不快感を煽らせる。
病院のフロント待合いフロアのソファーに座っているよう家族に言われる。
受付所に向かった祖母、その姿を目で追った。
地声のデカイ祖母の声はTPOを弁えず響き渡る。
「孫の様子が今朝からちょっとおかしいんやわ~。何処で診てもろたらえぇやろか?」
当然、受付の女性の声は聞き取れない。
「おじいちゃん!違う、このボタンや」
受付をする機械の前で祖父母が奮闘中らしい。
当然、祖父の声は聞こえない。
そしてやってくれる祖母。
「せのりちゃん、こっち~」
ここからは身長2cmに見える祖母が叫ぶ。
違う涙が出てきそうだ。


ここは全国でも結構有名な大きな病院だ。
十数年前にはアトピーを和らげる治療で多くの人が集まった。
今も昔も最新機材を取り揃えている立派な病院。
病院食を作っているのは、元某3星ホテルシェフというのは知る人ぞ知る話。
それだけに広い。
どうやら内科に行けと言われたらしいのだが、たどり着く前にノックアウトである。
駆け寄る看護士に紙袋を渡される。
手足がしびれるのは過喚起症候群の典型症状だ。
だが重病人ではない。
意識を失うまでは自力で頑張らねばならないのだ。
どんなに息苦しく辛いものでも、死なない病気。
「ヒィーヒィーフー」
祖母が私の背中をさすりながら言う。
私は妊婦ではない。
因みに、言うならスーハースーハーである。
このような事を考えられているのだから、まだ大丈夫だろう。
そのうち治る…。
私はこの紙袋呼吸法が嫌いだ。
シンナー吸ってる不良のようなイメージを思わせる。
私は紙袋を受け取りはしたが、未使用のまま握り締め、また立ち上がり内科へと向かった。


内科前待合ソファーで診察の順番を待つ。
涙が止まらない私に、看護士がティッシュを箱ごと手渡す。
アバウトな対応に感謝する。
出来ればゴミ箱も欲しかった。
指の間に挟まる小さな紙クズを集め、とりあえず新しいティッシュに包みまとめた。
涙は枯れないが、不快感だけは取り除けた。


診察室に呼ばれ中に入る。
椅子に座るなり、「過喚起症候群」ですよねと言われる。
う~んと何かを考えているようで医師は唸った。
「とりあえず、おばあちゃん外で待っててもらえますかね?」
どうやら祖母は心配でついてきたらしく、入り口付近で聞き耳を立てていた。
看護士に連行され行く祖母を見送る。
「何度か診てもらってるみたいだね」
「はい」
「話は聞いていると思うけど、病院じゃ薬を出すくらいしか出来なんだよ」
「はい…」
「この病院にも心療内科はあるけれど、今日は午後やってないんだ」
「はぁ…」
「君次第なんだが、診てもらうなら紹介状を書きますがどうしますか?」
「苦しいです…」
「薬じゃ治らない場合もある。先生内科専門だから治してあげられないかもしれない」
「涙が止まらないんです…」
「薬じゃ止まらないだろうと思うよ」
「それは…?」
「内科に涙を止める薬がない」
「そっか…」
「とりあえず、心肺検査して内科で出来る検査をやってから決めよう、な!」
医師に言われるままベッドに横になり、3・4個の検査器具をいっぺんに取り付けられた。
看護士が取り付ける前に説明してくれるのだが、サッパリ解らない。
しばらく、身動きが取れない。
ピコン…ピコン…ピコン…と、心動を計る音だろうか、妙に緊張する音だ。
涙が流れ落ち、身動きが取れないながらも肩で拭き取ろうと試みてみる。
ピ~コン…ピコンピコン…ピピ…ピ~コン。
乱れる音に慌てて落ち着かせようとする。
「お疲れ様でした。診察室で先生がお待ちですよ」
看護士にそう言われ、診察室に戻る。
「やはり、酸素の量が多いね。うん、あとはギリギリ正常かな」
私が相槌をうたないので、医師は自ら相槌を打ちながら検査結果を伝えてくれた。
「今ね、心療内科専門の病院に電話してみたんだよ」
「はぁ…」
「話がしたいって先生言ってたわ」
「はぁ…」
「予約しなくても行きたい時に行けばいい、紹介先の先生にはそう伝えとくよ」
「いつでも…」
「そう!涙出っ放しじゃ何もできないだろ」
「はい…」
「これ、その病院の地図ね!今の検査結果を向こうの病院に転送してもいいかな?」
「はい、お願いします。ありがとうございました」
私が椅子から立ち上がると、看護士がドアを開けてくれる。
「おばあ~ちゃん!終わりましたよ」
看護士にそう言われ、駆け寄る祖母。
重病人扱いしているのは、祖母だけみたいだ。
「せのちゃんが大変なのに、おじいちゃんは、もう!!」
心配が膨れ上がり、祖母は祖父に当たっていた。
「おばあちゃん、そんなに心配されなくても大丈夫ですよ」
看護士に諭される祖母は少し悲しそうだった。


また待合いフロントのソファーに座らされる。
そしてまた祖母の声が響きわたる。
「え?!他の病院?!ウチの孫は精神に異常があるんですか!?」
少し苛立っている様子だ。
ストレス社会で今じゃ普通かもしれないが、戦時中に育てられた祖父母たちには少し荷が重かったようだ。
あなたの孫はイカれちまったっと言われているようなものなのかもしれない。
ショックの余り声も出なくなったのだろうか、祖母の声はそれから聞こえてはこなかった。


無言で近寄る祖父母に合わせ立ち上がる。
掛ける声もなく、私たちは駐車場へとトボトボ歩いた。


そのままの足で私は紹介された心療内科に連れて行かれる。
アジアン家具で飾られた心療内科の待合室は、リゾート地宛らだ。
祖父は車の中で待つと言い、祖母は必死で私の後を追いかけてきた。
受付を済ませた後、直ぐに名前を呼ばれた。
いくつものドアが並ぶ細い廊下を歩き、その中の一つの部屋へと通された。
当然の如く祖母も潜入。
椅子に座ると医師なのだろうかカウンセラーなのだろうか、白衣を着た男性に話しかけられる。
「こんにちは」
「こんにちは…」
「涙が止まらないんだって?」
「はい…」
「何かあったか?」
そう言われ、よりどっと溢れる涙。
「あぁ、ごめんごめん、大丈夫だよ」
私は何度か頷いた。
「ほら、せのちゃん!ちゃんと話さないと解らんやろ!」
祖母がやいのやいのとうるさい。
「とりあえず、おばあちゃんは外で待っててもらおうかな」
また祖母は連行さてゆく。
「今日はおばあちゃんが付き添い?」
「爺ちゃんが車で待ってます」
「今みたいにおばあちゃんは結構干渉してくるのかな?」
「はい、うるさいです」
「あはは、そうみたいだね。ご両親は?」
「父が家で仕事をしています。母はいません」
「そっか~悪いこと聞いちゃったかな」
「いえ、もう随分前のことですから」
「そっか、じゃおばあちゃんが家の事やってるのかな?」
「いえ、婆ちゃんは足が悪いので普段はゆっくりしてて、爺ちゃんと私でやってます」
「家事やってるの?」
「ご飯を作るだけですが…」
「そっか~大変だったね」
「そうでもないです」
それから今までどんな環境で暮らしてきたのかという話を30分ほど交わした。
「そかそか、大変だったね。好きなこととかはないの?」
「好きなこと…」
「普段好きでやってることとか」
「インターネットは好きです。それから精神保健福祉士の資格を取ろうと思っています」
「あ!じゃぁ、結構知識はあるんだね」
「まだ資格は取れそうにありません。自分に対して得られる知識は吸収も早いんですが、どうも他の事には…」
「そっか、自分で自分を元気づけようって始めたのかな」
「まぁ…」
「で、涙が止まらなくなったのはいつくらいから?」
「昨日の晩から…」
「話せることがあったら話してくれないかな?」
「…彼にふられました」
「そっか…悲しかったんだね…」
「そういうのとは違うような気がしています」
「ほぅ、どんな?」
「今もそうですが、感情がありません。何故涙が出るのか…」
「退行って聞いたことあるかな?」
「あ、はい、でもそれが何か関係が?」
「今流れる涙は、今の君のものじゃないかもしれない」
「…昔、流すはずだった…涙…ということですか」
「そうとは言い切れないけれど、感情のない人間なんていない」
「……」
「何故泣いているのかに気づいたらきっと物凄く痛い…」
「…かもしれません」
「支えだった彼がない…今まで耐えられた痛みに今は耐えられない」
またどっと涙が溢れる。
堪えきれず、漏れる声を押し殺した。
「本当に彼を信頼していたんだね…」


しばらく私はずっと泣いていた。
落ち着くまで待つという時間。
頭の中が彼でいっぱいだった。
彼と話がしたい…。


「こういう関係の本は呼んだことあるかな?」
その本にはハッキリと『アダルトチルドレン』と記されていた。
「本は好き?良かったら貸すよ」
アダルトチルドレンの知識は多少あった。
自分も多分そうなのだろうとどこかでは思っていた。
だけど、認めなかったのは、アダルトチルドレンの書籍には必ず「そうとは限らない」という言葉が付け加えられている。
それが私の逃げ道になった。
「私がアダルトチルドレン…と?」
「君は話の中でもう自覚してるんだろうなって節があった。だけど、それを跳ね除けようとする抵抗力も感じる。精神学の知識があるなら解るだろ?決め付けることが命とりだ」
「別の方法で治るかもしれないという希望です」
「……ネットでエッセイを書いているって言ってたけれど、それが真実であると決めるには早い」
「どういう…?」
「思い出せない記憶…多いんじゃないのかい?」
「……」
「文章に残してしまったらそれが全てになってしまう。思い出せないことは解らぬまま痛みだけが残る」
「思い出したくはないです」
「君の場合、心に傷が多すぎる。こんなにも痛みを引き受けてしまったら、感情など忘れて当然だ。だけどね、人は一つずつ嘆き悲しむことで消化するんだよ。彼と出会っていくつの傷が消えた?」
「沢山癒されたと思います」
「癒された傷はもう二度と痛むことはない、そうだろ?」

「わかりません…」

「彼が特別だったわけでもないんだよ。傷を癒したのは自分自身の力だ。思い出すのも自分、吐き出すのも自分、嘆くことで癒された。ただ、彼は心の傷を癒せる最愛の人であったと思うよ」
「思い出すことで涙が止まる…と?」
「それは解らない」
「だけど、もう…」
「書くという行為も悪くはない。だけど、書き終えた物をもう一度書いてみてもいいんじゃないかな」
「彼は居なくなってしまうのでしょうか?」
「それは誰にも解らない。居なくなったとしてもいずれまた…」
「彼じゃなきゃ…」
「君を愛している人は彼だけじゃない筈だ。君も沢山の人を愛さなくちゃいけないな」
「何となく見えてきた気がします」
「そうか、良かった。君には薬は出したくないんだけど、大丈夫そうかい?」
「え?!」
「苦しくなった時、来てくれてもいいし電話してくれてもいい。薬はその都度渡したい」
「何故…ですか?」
「心が計り知れない深さだからだよ」
「深い…」
「敢えて言うけれど、君は必ず死のうと思う筈だ」
「あは…断言ですか」
「ま、そう言えばしないかな…ってな」
「あはは、自虐はしません!」
「薬よりも話すってことが君には一番効き目がありそうだからね」
「話す…」
「薬は少しだけ渡しておこうかな。一気に飲んでも死なない量しか渡さないからね」
「信用ないな~」
「死を勝る心の傷などあってはならないんだ…。それでも生きたいと思う生命力が傷を隠そうとする。自虐なんてするような子じゃないって十分解っていても…」
およそ2時間にわたっての問診だった。
「おばあちゃん、心配してるだろうから呼ぼうか」
祖母が呼ばれいそいそと中へ入ってきた。
「ちゃんと話したの?」
「おばあちゃん!」
「は、はい」
「心配ないです、この子はとても強い子ですから」
「そうなんですよ、この子の両親が離婚した時もいつも何も言わず色々やってくれる子です。それだけに心配で…おばあちゃんには何も話してくれないから…嫌なことがあったら言ってくれたらいいのに…」
「言えないのと言わないのとは大きな違いがあります。たった一人にでも打ち明ければそれでいいんです。あとは笑っていてくれたらそれでいい、でしょ」
「楽しくやってくれさえすれば…」
「ちゃんと話してくれましたから大丈夫ですよ」
「悩みはなんだったんでしょうか?」
「おばあちゃん!何が問題であるかよりも、ただ側に居ることが大事だということもあります」
「でも早く良くなってもらわないと」
「余り干渉しないことです。家が好きだとおっしゃってましたから」
「そうですか…」

祖母の顔が責任を負ったような顔に見える。
「あ、ありがとうございました」
「はいはい、いつでも話聞きますからね」
それ以来無口になった祖母と祖父が待つ車に戻り家に帰った。


とりあえず、夕飯を作る。
ティッシュ持参で家族と共に食事をする。
誰もこの涙の理由を聞かなかった。
感情はない。


部屋で彼の連絡を待つ。
忙しいとしか言ってくれなかった彼の仕事がいつ終わるなど知らない。
夜9時を回っても連絡がない事が不安になる。
<連絡、くれるんだよね?>
<ごめんね、まだ仕事中だから、帰ったらちゃんと電話するよ>
彼との繋がりがあることにホッとする。



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追記

「アダルトチルドレン」という文字に黄色の背景色がついていましたが意味はありません。

6/7 0:36 修正しました。

Googleツールバーに「アダルトチルドレン」と記入したまま記事を書いたので、検索キーワードのハイライトが反映されていたようです。

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コメント

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2 ■> T.O.Pさん

本当は知ってるんだと思います。本当の理由。
あの頃も今も、気づかないフリをしているけれど、心は泣いている。本当の理由で涙を流すことを心は望んでいるのだと思います。
泣き虫になった私は、少しずつ癒されているのかな…。
過呼吸は、生きようとする生命力だと思っています。これがなかったら私は多分、戦うこともなく…。いつか発作をおこさずにして「助けて」そういえる自分になっていたいです。

1 ■2回目

2回目になります、コメントを残すのは。
2回目のコメントは過去ログを全て読み終えてからしよう、と思っていたのですが、最新記事のタイトルに惹かれて読んでしまい。
そして、いてもたってもおられず、これを書いています。
意思の弱い男です。

文中の精神科医の方の台詞を読み進めていくうちに、頬を涙が一筋流れました。
>「今流れる涙は、今の君のものじゃないかもしれない」
このくだりに胸が締め付けられました。

過去、最愛の人を目の前に、涙がとまらなくなることがありました。
原因がわからぬまま、勝手に自分で理由をつけ、ブログに載せることで納得していました。

いま、もう一度あの時を振り返ると、僕がつけた理由はこじつけだったのだと思えました。

僕も書いたことを、もう一度書いてみます。
ありがとうございました。

僕も過呼吸を患っています。
あの苦しみと戦える貴女を尊敬します。
まとまりませんが、また訪れますね。

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