246.混乱の関係 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

246.混乱の関係

家に帰ると無言の家族が出迎えてくれる。
否、迎え入れるようには見えなかった。
突然、異星人が玄関を開けて入ってきた時のリアクションのようにも見える家族の姿は、少し異様だ。
私は誰とも目を合わせないよう視線を落とし、何も言わずにゆっくりと自部屋に戻った。


しばらくして親友から家の電話に連絡が入る。
彼に電話を受けてもらえなかったことと、私の代弁でもしているつもりなのだろうか、少しの間熱弁したあと、ちゃんと寝るようにと付け加えて電話を切った。
彼女の言葉は殆ど覚えてはいない。


溢れ出る涙に違和感があった。
私は何故泣いているんだろうか。
心は何故かとても冷静だったのだ。
思考はとても客観的で、涙と感情のズレを不思議に思う。
否、別の所で別の何かを考えているようなそんなバラバラな感覚もしないでもない。
彼のことを考えることはなかった。
彼を思い出すこともなかた。
何かを忘れさせようとか私は頭の中で鼻歌を歌っている。
私に感動的なメロディーを奏でられるはずもなく、歌いながら泣く私は少し変だ。


どのくらい時が経っていたのだろうか、少なくとも深夜0時は越えている。
座り込んだ足元に無造作に置いた携帯が鳴る。
彼からだった。
こんな遅い時間に連絡があるとは思わなかった。
必死で涙を拭くも、止まらぬ涙に諦めを感じる。
「もしもし…」
「もしもし…」
無言は当然の如く訪れる。
「ごめん、電話出れなくて。メールでは不十分だと解りつつもメールに書いたことが今出せる俺の気持ちの全てで…」
「もう話すことはない…て?」
「いや、そういうわけじゃない」
「でもあのメールで理解して欲しいわけなんでしょ」
「理解してもらえないならそれでもいいよ…」
「いいんだ…」
「仕方ない」
「仕方ない…か…ウチは十分に理解したいと思って電話した。絶対誤解してるもん」
「どんな風にとったの?」
「私の事嫌いになったんだって」
「違う!」
「そんなこと思ってないよ…でも、それじゃ誤解する」
「じゃぁ、そう言ったほうがよかったか?」
「嘘はつかないで…」
「もう俺はあれ以上言葉を探し出すのは無理だ」
「電話切るの?」
「…切らないよ」
「納得するまで話を聞かせて…」
「あぁ」
どちらも言葉を詰まらせ、無言の時は過ぎてゆく。
ジリジリジリと携帯の機械音だけが鼓膜に響く。
「お前、大丈夫か?」
「何…が?」
「その…」
「大丈夫だと思う?」
「今にも壊れそう…だな…」
「泣くなって言われる筋合いないから」
「何で…泣くの?」
「それ本気で聞いてるの?」
「泣く、行為なんて一時のもんだろう?」
「知らんよ!そんなもん」
「電話繋がってから、お前ずっと泣いてる…」
「止まんないの…意思とは別に涙が溢れる」
「そんな風にしたのは俺だよな…」
「別に責めてなんかない」
「いたずらにお前の心を開いてしまった…」
「……」
「コントロールできないまま…」
「後悔してない。感謝してるよ」
「感情のコントロールができないで、何度発作起こした?」
「数えてないよ、そんなの」
「俺、お前がそうなるの辛い」
「別にゆうじに会ったからこうなったわけじゃない。会う前からこうだった」
「……」
「もう…守ってくれないの?」
「守る…それはどういう意味で?」
「ゆうじがウチにずっと言い続けてた言葉だよ」
「あぁ、今でも変らない」
「どうやって守ろうとしてるの?何を守ろうとしてるの?」
「お前には笑っていて欲しい」
「ウチ、ゆうじと一緒にいれることが幸せ」
「そか…」
「愛してる人…」
「うん…」
「ウチじゃないんだね…」
「あぁ」
「いつから?」
「いつからだろうな…確かなことはメールを打った時に答えを出した」
「悩んでたのは?」
「言わなきゃだめか?」
「嘘ついてた?」
「ついてないよ、お前に言った事は本当だし、でも言葉の意味がお前と俺とでギャップがあるなら嘘になるかもしれない」
「ウチ、愛されてるって思ってたんだ…恋愛として」
「愛してたよ…」
「どんな愛…」
「お前への想いは出会ったときから変らない。いつしかセックスがしたいと思った。恋愛対象として女性としてみてるんだなって思った。彼女のことも勿論好きだったけど、お前に出会って何かが違うと感じ始めて、このまま付き合っていく事は出来ないと思って別れた。お前のことを愛していたし、お前に言った事も本当の気持ちだ。だけど、彼女に出来なかった。本当はお前ともさよならすべきなんじゃないかとも考えた。だけど、お前への熱い想いは捨てきれなかったし、抱きしめたいとずっと思ってた。想いは募るばかりで俺は何も出来なくて連絡を取らないという形になったんだよ。その時くらいからある女性を見ていて一緒になりたいと思いはじめた」
「そして…今日…か」
「あぁ」
「その女の人と何処で出会ったの?」
「何でそんな事聞く?」
「何でそんなに色んな女性を好きになるの?」
「別に合コンに行ってたとかそんなんじゃないよ」
「何処で出会ったの?」
「会社の人だよ」
「ずっと気になってたんだ、毎日会ってたんだね」
「そういうわけじゃ…」
「もっと側にいたかった」
「そうじゃないんだ!」
「解ってる、一番近くにいたって、いつかは惹かれてたんでしょ」
「こんな事言ったらアレだけど、お前と接してきてやっと見つけた愛だったように思う」
「それ…キツイね」
「俺、お前を守ろうと必死になって強くなろうとした。弱い俺はずっと彼女を手放さなかった。色んなことに一生懸命考えたよ。お前にどんなこと聞かれても答えられる意思を持とうってずっと思ってた。今だって必死に言葉捜してる」
「私って疲れる存在だね」
「皮肉でいってるんじゃない」
「ごめん、ウチが皮肉なの」
「こんな事お前に言うべきじゃないよな…」
「ウチ、何で恋人にしてもらえなかったのかな…」
「…何とは言葉でいえない」
「いっつもそう、ずっと待ってるけど求めると捨てられる」
「……」
「何も望まなければ良かったのかな」
「……」
「言う事聞いて、はいって言って……離れたくない、嫌だ」
「せのり、解ってくれ」
「嫌、だって愛してるって言ったもん、ずっと一緒だって言ったもん」
「解ってくれよ」
「嘘つき!バレンタインの時、忘れるなって言うから、ずっと」
「解って欲しい」
「ウチ、ウチ、ゆうじにだって心開くの怖かった。開くたびに心が痛くなって、忘れてたことまで思い出させられて、セックスだってやりたくなかったし、恋愛したら去っていくの解ってて失いたくなくて自分の気持ち打ち明けるのも嫌だった。失うならずっとあのままで…。ゆうじがずっと居てくれるって言うから…変わるウチを好きだって言ってくれるから、素直なウチを褒めてくれるから、コレが最後の痛みならって…」
「お前の意思じゃなかったのか…?」
「もう…頑張れない」
「お前なら出来る」
「セックスした時、泣き叫ぶ女を目の前にして抱きしめてくれる男がいる?それでも入れるだけ入れて次の日には連絡取れなくなった男は沢山いたけどね!信じない…誰も信じない」
「俺はお前を信じてるよ」
「……」
「俺はお前の強さを知ってる。俺に教えてくれた強さがある」
「そんなの知らない」
「俺はお前を捨てたりなんかしないよ」
「うぅん、いつか消えてくんだ…」
「ずっと一緒だ」
「信じない」
「俺はお前を信じてる」
「親だって子供を捨てるんだよ、絶対なんて一つもない」
「俺の父親に愛情があったとは思ってない」
「ウチは…ウチは…」
急に目の前が一瞬真っ白になる。
何度かそれを繰り返し、激しい頭痛に思わず声が漏れる。
「せのり?」
荒立てる息を必死で落ち着かせようとした。
「せのり、落ち着けるか?」
「大丈夫…」
「眠れるか?もう今日は遅くなったから眠った方がいい」
「やだ!切らないで…居なくならないで…このままずっと一緒に居て」
「ごめん、実は俺の方が限界なんだ。もう直ぐ仕事に行く時間で…帰ったら必ず連絡する。約束する。信じられるだろ?だから、落ち着かせてゆっくり眠る、ね」
「絶対?」
「あぁ、俺、お前とさよならするって言ったか?」
「言ってない」
「俺がお前を守るから」
「でも…」
「何?」
「お仕事遅刻しちゃうから、次でいい」
「落ち着いたか?」
「うん…大丈夫」
「でも相変わらずずっと泣いてるんだな…」
「止まんないの…」
「もう6時間くらいになるぞ」
「変だね…」
「俺、仕事行っても大丈夫か?」
「うん、徹夜?」
「そうなるな…」
「ごめんなさい」
「頑張ってくるわ」
「うん」
「また、あとでな」
「うん、またね」
しばらく、無言で繋がっていた電話を彼がそっと切断するのを聞いた。


家の前の道路を走る車の音が聞こえてくる。
朝なんだな…。

家の洗濯機が回り始める。
祖父か祖母が家事を始めたらしい。
日常の音が何故か心に痛い。
今は聞きたくない音、何故だろう。
まだ鼓膜が彼の音を震わせてる気がした。
消さないで欲しい…。


私は布団の上で三角座りをする。
涙が止まらない。

また頭の中で鼻歌を歌う。

どうしていいか解らなかった。



[ ← 245 ]  [ 目次 ]  [ 247 → ]