233.玉手箱を開けた時 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

233.玉手箱を開けた時

目を覚ましたのは、どうやら夜で、トイレに立つと家の中はもうすっかり寝静まっていた。
あまり眠っていなかったのだろうかと思ったが、部屋に戻り携帯を開くと日を飛び越えていた。
丸々1日が失われていた。
またか…そう思った。
ため息一つついて、また布団の中にもぐりこみ、また眠った。
眠り続けた。


目を覚まし、トイレに立つ。
日付を確認して、どれだけ日を飛び越えていても驚きはしない。
眠い、寝足りない。


中学の頃からこういったことが度々あった。
死んだように眠る。
今までに一番長く眠ったのは、47時間だったと記憶している。
もういつだったかは忘れてしまったが、目を覚まさない私を初めて家族が見た時、死んでしまったと勘違いして大騒ぎになったことは覚えている。
まだ、母もいた。
こういった眠気が襲う時、いつも母を思い出す。
私の逃避手段だった、睡眠は。
そして、無意識の警告でもある。
今じゃ、どれだけ眠っていたって誰も驚きはしない。
そう、いつものこと。
何故、私がこんなに眠り続けるのかは誰も知らないけれど。


私には必要とされたいという強い願望がある。
偽善的な部分が私にはあって、誰かの為に生きることが幸せだと感じる一方で、自ら動こうとはしない。
必要とされるから、それに応える。
役に立ったんだ、その喜びが生きがいで、だけど喜ばれるかどうか解らない事には手を出さない。
私はいつも期待に応えようとしてた。
褒められると調子に乗って、頑張った。
すると人の期待は高まる。
これからの私が期待されるようになる。
私は、それに応えようとは思わなかった。
今まで一度も。
未来を見始めた人は、今の自分を見てくれようとはしない。
期待に応えるということは、成らねばならない自分が先に待っているということ。
つまり、今の自分に誰も期待などしてはいない。
良くて当たり前。
悪くて役立たず。
だったら、居なくてもいいじゃない。
期待する未来は私じゃなくてもいいじゃない。
私はそれに成ろうとは思わなかった。
母が期待した大学にも行かなかった。
仕事先で期待された店も持たなかった。
男が期待した奥さんにもならなった。
立ち止まった私に誰も必要とはしてくれなかった。
眠り続けた。
存在を失った、自ら。


「おーい、そろそろ起きろよー。お前の好きな堂珍がTVに出てるぞ」
いつも私を起こすのは父だった。
「ハンバーグでも作れ!漬けもんには飽きた」
「眠い、食べに行ってくれば…」
「俺好みの柔らかハンバーグ作れるのはお前しかおらんやろ」
「もう!うるさ…い…って、バカじゃない?」
怒鳴りながら起き上がったものの、父のいでたちに怯む。
「何してるわけ?」
「お前が寝てる間に時代は変わったんだ…」
「浦島太郎…語られても…」
「髭、似あっとるか?」
「とりあえず、ご飯の前に汚いから剃ってきてね」
私はダラダラと起き上がり、まっすぐお風呂場へと向かった。

全てを洗い流し、1週間前と変らずの時を過ごすのだ。
逃げ去った場所へと戻る。
それは、玉手箱を開けても目の前に大切な人がいてくれるということだ。


<体調良くなったか?俺は休みなしの残業の毎日。3月末の展示会まで体もつかな…>
目を覚ましてしばらくして届いた彼からのメールで、お互い1週間連絡を取っていなかったことに気づく。
<お疲れ様だね。何とか寝たら直ったよ。3月は会えそうにないね。休みが出来たらゆっくり休んでね>
<そう言って貰えるとありがたい。正直丸1日寝ていたい気分や>
<その代わり、私が会いに行ってもいい?仕事が早く終わった日、夕飯一緒に食べよう>
<あぁ、時間作るよ。でも今は金欠やねん>
<時間もお金も作らなくてもいい。ただ、会いたいだけなの。たった1分でも会いたいと思う。仕事が終わって、家に帰るまでにゆうじが私に会いたいと思ったら連絡して。直ぐに行くから…。それと、女にお金を出させるのはお嫌いですか?>
<ほな、おごって貰うかな。早く終わった日は連絡するよ>
彼が仕事終わりに誘ってくれることなんてないと思いながらの会話だった。
最後のメールは正直、想定外だった。
嘘になる約束はしない人。
信じたら裏切られると思った。
だけど、彼には嘘をついて欲しくなくて…信じた。


私は父のような人になりたいと思う。
どんな時も側に居てくれる。
私は彼にとってそういう人になりたいと願う。
必要だと思ったとき、いつでも側に居てあげたいと…。


何だかやっぱり偽善っぽいけど、そんな風に思える今が幸せだと思ったのだ。



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