2006-05-10

232.耳を塞ぐ

テーマ:彼女じゃない恋愛

翌朝の目覚めは最低なものだった。
体の節々が地球に貼り付けられているようなダルさに身動きがとれず、私はまたそっと目を閉じた。
口で大きく息をすることに楽さを感じる。
口から吸う空気は全身を通うことなく吐き出されるように、息は荒立つ。
目覚めの悪い私の体は徐々に感覚を取り戻してくる。
体のダルさは、痛みへと変わる。
特に痛みを集中させている腹をかばうように、重い体をゆっくりと丸めた。
体に異変がある時いつも思う、私はこのまま死んでしまうんじゃなかろうかと。
そんな事ある筈はない、とは言い切れないが、私の脳内はいつも悲劇のヒロイン気取りだ。
このまま死んだら誰が一番に見つけてくれるだろうかとか、彼が私の死を知るのはいつになるのだろうかとか、昨日の夜にお風呂に入っておけばよかったとか、考えようによっては痛みを忘れる為の回避なのかもしれないと元気になってから思う。
体を起こすのはいつも、現実離れした妄想がタバコが吸いたいという現実的なものに変わった時だ。
ゆっくり体を起こすと、関節が鈍い音を立てる。
意味もなくため息が漏れる。
偶に腹の痛さに顔をしかめながら、タバコに火をつけた。
タバコを吸うと便意をもよおすのが不思議だ。
タバコを灰皿に押し付けて、トイレへと立ち上がった。
出ないことは珍しくない。
もしかしたら、この体のダルさは便秘から来るものなのかもしれない。
それにしても痛い。


部屋に戻り、落ち着くまで横になっている事にした。
眠ってしまえば楽なのに、私はまた妄想を膨らます。
もう二度と目を覚まさないかもしれないな…。
心の隅で、馬鹿だと思いつつもボーっとそんな事を考え続けて眠れない。
私はふと彼のことを想い浮かべ、無意識に携帯に手を伸ばす。
手に取ってから考える、さぁ何をメールに打とうかと。
体調が悪いからだろうか、妙に心寂しくなる。
そして、何だかリセットされたような感覚になる。
彼の嫌なところとか吹っ飛んで、会えなかった辛さとか何もかもが吹っ飛んで、ただ、私の中に彼がいるだけ、そんな感覚になる。
彼が私の心の中に居て良かったと思う、甘えたいと思う。
<おはよう、ゆうじ。お腹が痛いよ~>
返事が返ってこなかったら余計に寂しいこと知っているのに、そんな事も忘れて彼に甘える。
彼が忙しいとかもう思い出せない。
彼は私の側にいるのだ、目をつむるまぶたの裏に彼が居る。


携帯が枕元で鳴っているのに気づく。
どうやら私はそのまま眠ってしまったようだ。
携帯の音を止めようと手を伸ばすと腕がこわばる。
寝たら直る、まだまだ寝たりないようだ。
こういう時体が痛まないように動くというのは何処で習ったのだろうか、端からみたら妙な動きに見えるのだろうな。
私はゆっくり携帯を手に取り寝転んだまま体勢を整え携帯を確認する。
携帯は既に鳴り止み、液晶にメールアイコンを灯らせていた。
<おはよう、腹は大丈夫か?お腹出して寝てたんちゃうか?暖かくしてちゃんと寝てなさいよ!俺は今、集計作業ってのに追われてる。もう少し頑張るわな>
彼からだった。
時刻はとっくにお昼を回っていて、彼の忙しさが伝わってくる。
<遅いお昼だね。何か動けなくてずっと寝てる。でも、夕飯作らなきゃ…。うちも頑張らなきゃね>
送信しましたという画面を確認し、携帯を折りたたんだ。
そして、携帯を握り締めたまま目をつむり寝返りを打つ。
手の中にある携帯を胸に引き寄せ抱きしめた。
ほっと何かに安心した。
痛みが遠い。


しばらく部屋で自分なりの一番楽な格好で過ごす。
その体勢は逆にしんどいだろうなんて格好が一番楽だったりする。
時計の針は刻々と進んでゆき、止まろうとはしない。
<しんどいよ~、ゆうじが側にいてくれたらいいのに>
何だか虚しかった、情けなかった。
彼の言葉で元気付けられたことは事実だけど、彼が側にいないことの現実がそう思わせた。
甘えるべき場所じゃないじゃん…。
家族が腹を空かせて私のケツを叩く。
重い体を持ち上げて台所に立ち、ジャガイモの皮を剥きながら思う、何で私はこんなことしているんだろうかと。
家族がシャンプーを探している、人参の皮を剥きながら思う、私がいなくなったらどうなるんだろうかと。
彼からの連絡はない、タマネギの皮を剥きながら思う、シャンプーは洗濯機の横。


<お疲れ。マシになったか?ちゃんと安静にしてたか?しんどい時は無理して家事したらあかんよ。寂しい想いばかりさせてごめん>
夜、彼からメールが届いて、ますます私は何でこんな事しているんだろうという気分になる。
体調は良くなるどころかどんどん悪化して、私は布団の中で天井を眺める。
こんな時、普通ならどうする?
こんな時、普通なら何て言う?
こんな時、普通なら…。
「姉貴ー、ボタンが取れたー。しんどいん?明日までにコレ直る?」
「せのりー、俺のパンツ何処?」
目をつむり、家族の声をシカトした。
彼の声もシカトした。


大丈夫じゃないのに…誰も気づかない。
誰も私の言葉なんて聞いてない。
私がどんな言葉を吐こうとも、影響しない明日がある。
私はもっと自由であってもいいはずだ。


ボタンくらい自分でつけられるでしょ。
パンツくらい自分で探せるでしょ。
そう思うなら、会いに来ればいい…そうでしょ。
私が裁縫する必要も、探す必要も、我慢する必要もない。
誰かの言葉で影響する明日なんていらない。


私はそのまま眠った。
眠り続けた。



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