231.誰の為の言葉 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

231.誰の為の言葉

<今日も休日出勤、ヘトヘトです。明日も頑張るわな!>
翌日も、シカト電話があった時のように、いつもと変わらぬメールが送られてくる。
一大事だったのは私だけで、昨日流した涙をもったいないと感じる。
考え様によっては、そう、彼は忙しすぎてストレスが溜まっていただけで、そっけない態度もたまたまだった、そう…。
彼の気分さえ良ければ…。
<今日ね、英会話で褒められたんだ~>
<新しい口紅買ったの>

何でもないフリして彼にメールを送る毎日。
<お疲れ。今日も残業で体がボロボロ>
いつもと変わらぬメールが送られてくる。
<ねぇ、体大丈夫?あんまり無理しないでね>
<大丈夫だよ、頑張らないと>
一応、私のメール読んでたんだ…。


彼からのメールは来るが返事は返ってこない。
メールのタイトルが「Re:」でも返事じゃない。
たまに返事が返ってくることに違和感を感じる。
毎日、プログラミングされた文章のような、彼のメール。
会話が噛み合ったのは、偶然なのかな。


<寂しい、会いたい>
いつからだろう、こんな言葉を言えるようになったのは。
彼に素直になれと言われ続けて、私は彼に伝える。
昔の私ならきっと、無関心な顔で携帯にすら触れようとはしなかっただろう。
時に、選択を誤ったと思う。
言わなければ良かったと。


随分待たされた返事だった。
否、これは返事だったのだろうか。
数日後に彼から送られてきた言葉は、私を強くさせていた。
<毎日がとても忙しいです。寂しい想いさせてごめん>
<大丈夫だよ>
<素直になれっていっただろ?!>
<素直になっても返事くれないから、大丈夫って言ってあげたんだよ>
<なんやねんそれ!!>
<じゃぁ、ゆうじも素直になればいいじゃん>
<俺は素直な気持ち伝えてるつもりやけど>
<仕事大変だね、頑張ってね>
<悪いと思ってるよ>
<だから、大丈夫>
<そうか…>
たまの会話で、彼を怒らせた。
その時は、怒らせたって全然平気だった。
寧ろ、当然のことだと思った。
間違いなんて一つもない。


彼の気持ちなんて一つも伝わってはこなかった。
揺さぶる勘、察する心はあっても、見抜けない彼の心。
私の言葉もまた何一つ伝わる気持ちはなかったのだろう。


人の心を読むのは得意だった。
簡単なことだ。
人はある決まった言葉を好む。
それが「らしさ」だ。
その人の好む言葉を言ってあげれば、その人は喜ぶ。
そして、その言葉を選んでいる私は、その人からする「私らしさ」なのだろう。
よく、相談を持ちかけられる。
だが、いずれも私の意見など求めてはいない。
私はいつも適当な言葉を選んで答えるだけだ。
ざっと説明すると、薄情極まりない行為だ。
その時その時は、真剣なのだけど。
自分の意見を言わないのは、その人に対する最善を導き出したいからだ。
別の人から同じ相談をされても、私が答える答えは人によって違う。
十人十色、十人居れば十通り、百人居れば百通り。
選択肢は無限なのだ。
だけど、そんな事解っていても、世界中の億通りを一人では導き出せず、理解できない相手に悩むのだ。
もしも、億通りの心のパターン辞典なんてものが存在するとしても、相手がどれに当てはまるかさえ解らない。
「らしさ」は、その選択肢を極端に狭めることができる。
親友からよく彼氏の相談をされるが、彼氏らしさを考慮すれば謎解きは簡単なのだ。
ある日の親友の相談を受けて、私が答えた後、親友はとても不安そうだった。
「そんな事言って怒らせたくないし!」
「怒らんやろ…」
「何で?ウチなら怒るよ!」
「喜ぶ人も居るって事なんじゃないの?」
親友からうまくいったという報告をもらったが、彼女は不思議なことを言った。
「せのりらしいよね」
私は彼氏らしさを導き出したつもりだったが、彼女はいつも私を私らしいという。
親友だけではない、違う顔を見せる色んな人に「らしい」と言われる。
時に「私らしさとは」と考える。
彼女たちは私にどんな言葉を与えてくれるのだろうかと。
人を見抜くことを「才能」だと言う人もいれば、「ひねくれ者」という人もいる。
感受性が豊かで、敏感に人の心をキャッチする。
相談を受けた時、私の頭の中では少なくとも30通り程の選択肢が生まれる。
そこから過去のパズルが始まるのだ。
「らしさ」を見つけ出すパズル。
選択肢は削られたり、また増えたりして、一つに絞り私は答える。
相談だったのならそれが最善なのかもしれない。
だけど、私には小さい頃から取っていたコミュニケーション方法だった。
ずっとそうやって相手と接してきていた。
親友が「せのりらしいよね」と言った後、今回の結果にとても喜んでいた。
「ホンマにあの人、笑顔になって仲直りできてん」
「よかったね」
「でも、もう言わんかな…言うてるウチが嫌ややからさ」
「それでいいんじゃない」
「無理してそんな事言わんでも解ってるって言われたわ」
それがコミュニケーションだと、私は思った。
「もし、あんたの立場がウチやったら何て言うてたと思う?」
「さぁ?あんた何考えてるか解らんからな…」
それが私だと思った。
頭の中には今、無数の想いに溢れている。
彼を想い、寂しい・会いたい・大好き…どれもこれも私の心に存在する。
昔も今と変わりない心だったと思う、否、解らない。
心に浮かぶ想いが、全て選択肢に思えてならない。
いったい、私の想いはどれ?


私は彼が大丈夫だと言って欲しいのだと思って、その言葉を選んだ。
その言葉は確かに私の心から選び出したものだ。
今更、別の言葉など選べやしない。
だけど、今、だったら「大丈夫じゃない、今すぐ会いたい」と言いなおしたいと思っている自分がいる。
その想いもまた確かに私の心にある想いだ。
私は何故、大丈夫だと言った時、今すぐ会いたいという想いを削除してしまったのだろうか…。
私は、彼が思う「私らしい」素直を演じていただけなのかもしれない。


私は、誰よりも人の心が解らない人間だ。
薄情極まりない人間だ。
相手が一番喜ぶ言葉を選べたとしても、その言葉を受けてその人がどう感じるかまでは解らない。
私には、親友の彼氏が喜ぶ言葉を与えることができたけれど、結果的に自分の好きな人が嫌がることを喜びはしないという事に気づくことができなかった。


彼は未だに「素直になれ」と私に言う。
本当は、私、彼をどんな風に思っているんだろうか。
会話にならない会話。
私には彼がどんな思いで私に言葉をくれるのか解らない。
欲しい言葉だけを求めていた私に解る筈もない。


クラクラする。
考えすぎだろうか。


もっと彼と話をしたい…私の思いを届けたい。



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