223.オイルスコープ | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

223.オイルスコープ

彼に冷たい態度をとってから、彼はやたらと私を構うようになっていた。
駆け引きの成立と、喜ぶ心は微塵もない。
こんなものなのかな、なんて思えてならない。
どんな気分かは解らないが、彼に返事のメールを送ることもあれば流すことも多い。
<無視ですか?>
彼はしばし私に不満を抱き始めているようだ。
私はやっぱり、自分がどうしていいのか解らずに何もしないという選択をするばかり。
彼からの連絡も徐々になくなりつつあった。


<2月に1度そっちへいきます>
彼からの業務連絡のようなメールが来る。
<早く会いに来てね>
私も定型文のようなメールを返す。
そうするしかなかったのだ。


好きだと言われ、未来も見え始め、傍から見ればもしかしたら幸せに見えているのかもしれない。
私だけが悲観的に考えすぎているのかもしれない。
そう思うのは自分がどんな理由で滅入っているのかよく解らなかったから。
並べた理由はどれもこれも首を縦には振らせてくれない。


2月に1度のデート…。
いつになるのだろうか。
第二日曜日のバレンタイン前日?
それとも、月末の彼の誕生日かな?
私は京都まで足を伸ばし、いろんな店を見て回った。
人ごみは嫌いなので、普段は京都になど一人では訪れはしない。
だけど、わざわざ田舎から京都まで出たのは、ちょっとした・・・なんだろうな。
わかんないや。
店内はバレンタイン仕様にデコレーションされ、華やかだった。
甘い匂いに誘われて自然にそちらへと足が向く。
「どうぞ」と手渡された小さなカゴ。
ガラス越しに並ぶハート型のチョコレートを私はカゴに一つとして入れることはなかった。
店を出て、商店街の路地を抜ける。
人ごみから抜け出す癖は無意識に発動する。
迷子になるのも定番だ。
見たことのない道にため息。
ゆうじ・・・。
助けを求めて呼ぶ名はいつも彼の名だった。
気分が悪い。
私は彼に再会して仕事をやめてから、殆ど他人とコミュニケーションをとることがなくなっていた。
インターネットで手に入れられるものは全てそれで賄っていたし、誰かと一緒にいる時は買い物ですら連れに任せていた。
たった一人行動することは出来ても、何かをしようとした時何も一人ではできないことに気づいた。


太陽が角度を変えて、ビルの隙間から光があふれてきた。
まぶしいことは判っていても、そんな太陽を向いてしまうのは何故だろうか。
ふと、光に顔を照らしてみた時、太陽の光に照らせれ光る路地の角の店に目がいった。
天井から吊るされたステンドグラスのオブジェたちがキラキラと輝いている。
店内に入ると「キラキラ」するものたちが沢山ならんでいる。
なんだかそんな「キラキラ」に心がすっと晴れるようだった。
店内には同年代くらいの女性が一人。
「いらっしゃいませ」と私に声を掛けてきた。
私は伝わるか伝わらないか程の会釈をして店内の奥へと足を進める。
女性は私よりも少し早く歩きながら私を追い越し、店内中央のレジ場へと入った。
私もレジ場前へ行くと、ショーウィンドウの中に、何本も筒が置かれているのに目がいった。
この商品だけは「キラキラ」していない。
不思議にそれを見ていると、女性が声を掛けてきた。
「これ、なんだか判ります?」
「いえ」
「オイルスコープって言うんですよ」
「スコープ…」
「万華鏡って言った方が判りやすいかな?」
「万華鏡好きです」
「覗いてみますか?」
「いいんですか?」
女性がショーウィンドウからオイルスコープを取り出し使えるようにセットして並べる。
私は、窓から差し込む太陽にオイルスコープを傾けた。
万華鏡とは違い、オイルに浮かぶビーズたちがゆっくりゆっくり形を変える。
時の流れが止まる、否、逆戻りしてゆくようなそんな感覚。
「これ、とても不思議な動きをするんですね」
「でしょ、それが万華鏡とは違って最近癒しブームで結構人気なんですよ」
「癒し…確かに…。これ、値段がピンキリだけど、何か違うんですか?」
「大体3千円から8千円ってのが定番。それ以上は、中身じゃなくて外見!筒のデザインだから、値段じゃなく覗いてみて気に入った物がいいですよ」
私は結構長い時間、その場でオイルスコープを眺めていた。
また、太陽が角度をかえ、光が弱まり長居したことに気づく。
「これ、ビーズの色は青やピンクが多いんですか?」
「そうね、綺麗に見えるからかな?」
「緑色ってないですか?」
「プレゼント?」
「忙しい人がこれを見たら、また頑張れるんじゃないかと思って…で、より効果的な緑って言う…ちょっと安易かな?」
「私は全然嬉しいけど?!ちょっと待って、倉庫にまだ入荷したのあるから、一緒に探そう」
私たちは何本もオイルスコープを覗き込み、緑色のビーズが使われているものを探した。
そして、見つけ出したエメラルドグリーンの石の入ったオイルスコープ。
私はそれを購入した。
「プレゼントだったよね?彼氏に?」
「あ・・・えっと・・・」
「そっかそっか、喜んでもらえるといいね」
「ありがとうございます」
「がんばってね」
包装してもらったオイルスコープを抱え私は店を出た。
「ありがとうございました。駅はあっちだからね」
しっかり迷子宣告をして…。


<忙しい?あんまり無理しないでね>
トゲトゲしい心を優しさが包んでいるようで、相手を思う思いやりというよりは、そんな言葉が出たことで自分がなんだか癒された。
翌朝、携帯には未読メールのアイコン。
<今日は深夜3時までお持ち帰りの仕事やってた。もう直ぐ展示会があるから明日も会議。がんばらないとな>
そして、携帯がなる。
<今日も頑張るよ。いってきます>
<いってらっしゃい。頑張ってね。それから、早く会いに来てね>
私はやっぱりそういうしかなかった。
バレンタインに会いたいとか、誕生日に会いたいとかどうしても言えない。
それに、どちらでもなく何でもない週末デートになるかもしれない。
求められないのであれば、それでいい。
会いたいと思ってくれるだけで、それでいい。


2月に1度…か。


オイルスコープを引き出しの中にそっとしまった。



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