221.本当の気持ち | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

221.本当の気持ち

彼に送ってもらって、夕方になり夕飯の支度を始めていると彼が携帯を鳴らしてきた。
「せのり、夜、会えるか?」
「う…うん」
「この間、忘れていったお前のジャケットもその時もって行くよ」
「あ、ありがとう」
「嬉しくない?」
「う~ん、お母さんは?」
「これから病院連れて行ってくるわ。俺、明日大阪帰るし、日常生活くらいは出来るようになってもらわな困るしな」
「そっか」
「また、連絡する」
会えることを嬉しくないのかと聞かれるほど、私のリアクションは薄かったらしい。
嬉しかった、多分嬉しかった、心が少し飛び跳ねて、でもそれを押さえつける圧力はそれよりももっと大きい。
苦しみは、痛いと叫ぶことが出来る。
喜びは、嬉しいと叫ぶことが出来る。
だけど、喜びを押さえつける苦しみを、人は耐えるという選択をするのだ。
歯を食いしばり、笑ってみせるのだ。
「早く、会いに来てね」


だけど、夜遅くに彼からの電話で、会えなくなったと伝えられる。
期待などしていなかったと、自分を慰める。
自惚れちゃいけない、彼女ではないし、彼の気まぐれなんだし、彼のお母さんは大変なんだし、いつかまた会えるし、そう会えるだけで十分ではないか…そう、いつものこと。
私の立場は時に便利だ。
自分を慰める言葉はいくらだってあふれてくる。
この苦しみは誰にも打ち明けたりなんかしない。
だって、人は厳しいから。
こんな私を見て、誰もが言うだろう「それで貴女は幸せなの?」。
聞かれたくはない。


<ウチのこと、どう思ってる?>
<好きやで>
<そっか>
<何が好きって事やったんか?>
<うぅん、言葉が欲しかっただけ>


私は乗り越えようとしている。


私は冬季限定の趣味に没頭していた。
平日、休日関わらず山へと足を運び、スノーボードで汗を流し、夜は爆睡する。
一人で黙々滑ったり、従姉弟たちに教えたり、これが自分の幸せな生き方なのだとかみ締めるように毎日を過ごした。
彼からの連絡は、受信ボックスを確認すればどのくらいの割合で届いているのかはハッキリする。
だけど私は最後に届いた彼のメールを即座に忘れるようにしていた。
そう、あたかも昨日の出来事のように思う為。
ただ、指折り待つ彼の連絡に苦しみの変わりはなかった。


今は何しているんだろうか…そう思っても自分からメールをすることがなくなった。
彼がくれるメールに返事を打つのみ。
返事がこないことからの回避。
忙しくてしんどいという彼を、自分を励ますように励ました。


そして、私は心に蓋をした。


何があるわけでもない。
何もないわけでもない。
だが、突然おそいくる悲しみや苦しみに耐えられなくなった。
胸がキューっときしむ。
大丈夫、しばらくすれば落ち着くから…偏心痛なんて言葉でも与えてみようか。
偏頭痛のようにそれは突然やってくる。
「好き」って素直に伝えられない日がある。
「好き」って素直に聞き入れられない日がある。
好きって気持ちに変わりはないし、寧ろ大きくなっている。
だけど、その気持ちは異次元を彷徨う。
目をつむれば永遠を感じる。
目の前の障害は消え去り、何処までも続く…だが暗闇。
まやかし…。


心に蓋をした。
とても心が静かだ。
懐かしい匂いがする。
とっても楽。
何も感じない。
心は死んだみたいに止まってしまった。
涙も出ない。
もう少しこのままでいたい、昔の私。
痛くも辛くもない。
そして、楽しくも嬉しくもない。


感情のない人はいない。
でも、何も感じはしない。
心の蓋は、カタカタと音を立て躍る。
蓋が揺れる隙間から、微かに声が聞こえてくる。
「思いっきり恋がしたい」
耳をふさげば聞こえない、微かな小さな小さな声。
消し去ることの出来る小さな想い。
「痛いよ~」
耐えられない程の痛みではない。
何も聞こえない。
踊る蓋に力を加える。
今、私は何を感じているか…さぁ?解らない。


彼女じゃない恋愛は疲れる。
だから、少し休憩。


もっと気持ちを伝えたい。
いつでも好きでいたい。
普通の恋愛に好きの制限はありますか?
「素直になれ」
彼女じゃない私には無理そうです。


「俺のこと好きじゃないの?」
彼にそう言われても、きっと私はそうじゃないんだと説明はできないだろう。


何故浮気は駄目なの?
そのことの是非など解らない。
是非を問わず、誰かを好きになったらその気持ちを伝えたいと思うわけで、それが不十分だった場合、きっと心は痛む筈なのだ。
好きなのに好きだと言えない辛さは耐え難い。
好きだと言っても、嘘のように思えてならない。
私は本当にこの人を好きなのだろうか…。


好きだと言える環境を私にください。
好きだと聞き入れられる環境を私にください。


この痛みは、浮気の是非へと繋がる。
私が彼を好きでいることはいけないことなのだと。
好きだと言えるその日まで待とう、そう思う事が倫理なのかもしれない。


私は嘘つきなのだ。
彼を奪い取りたいがために、彼女がいる彼なんて好きでもないのに、好きだと言う。
本当は、愛されたくてしかたないのだ。
浮気をしている彼なんて大嫌い。


私が伝えたい言葉は「好き」ではなく、多分「大嫌い」。
そう言えない自分が大嫌い。


浮気の是非など解らない。

好きになったものはしょうがないではないか。

ただ、偽りだけはいけないことだと解る。

好きではない人に好きだと言う偽り。



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