220.謎の孤独 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

220.謎の孤独

翌朝、なんだか寂しかった。
目の前には彼がいて、未来への希望もあって、もう直ぐ手の中に幸せが舞い込みそうな、そんな今に寂しさを感じた。
もしかしたら「寂しい」とは別の言葉が当てはまるのかもしれない。
心が静かに騒がしかった。


「お腹空いた」
「あぁ、昨日コンビニ寄ってないから何もないな」
「お腹空いた」
「んじゃ、朝ごはん食べに行くか」
わがままを覚えた。
一緒に居て欲しいなんて言えないから、こうやって彼を引き止める。
言わなきゃ、直ぐにでも家に送られそうだ。
「何食べたい?」
「なんでもいい」
いつもの会話だけれど、これも彼が少しでも側に居てくれるとっておきの技になった。
「何にしようかな…」
彼が考えている。
ずっとずっと考えていれば、ずっとずっと側に居られるのに。


何故かな、今彼が側に居ることが不思議でたまらなかった。
夢でもみているようなそんな気がした。
だから、目が覚めたらパッと居なくなってしまうようなそんな気がした。


朝からやっている和食屋へ向かい彼と朝食をとる。
「これからどうする?」
「え?!」
「え?!って別に今日予定ないんやろ?」
「うん…まだ居てくれるの?」
「あぁやっぱり俺って変なイメージついたよな」
「そりゃねぇ」
「仕事ばっかで、いつもゆっくり居てやれないけど、ずっと一緒にいたいと思ってるよ」
「ふ~ん、そうなんだ」
「ま、いいや。今は何言うてもだめそうやし」
「そうだね」
「そうだねって…ま、いいか」
彼は既に朝食をとり終わり、私が食べる姿を見ながら今後の予定を考えているようだった。
そんな今がやっぱり不思議で、私はゆっくりゆっくりご飯を口に運んだ。
「とりあえず、ドライブでもするか」
私が食べ終わるのを見計らい彼はそういう。
店を出て車に乗り込むと、あてもなく車は走り出した。
窓の外を眺め、見知らぬ町並みだと私は安心する。
自分の家に背を向けて走る車に安心する。
もう少し一緒に居られるんだなって、思えたりする。


「せのり、楽しいか?」
「うん、何で?」
「うーん、何か悲しそうな顔してる」
「そうかな…?」
「その、指で唇触るの癖?」
「あぁ、何だろうね、安心する」
「不安か?」
「そりゃぁ…ねぇ」
「知ってるか?アヒル口になる奴って甘えたいんだってさ」
「へー」
「へーって他人事やな!お前の口がそうやって言ってんの」
「うち?!」
「もぅお前の在り方が子供そのものって感じやな」
「そんなことないよ!」
「お前はいつ心から笑うんやろうな」
「え?!…私、笑えてない?」
「昔とは本当変わって可愛くなったと思うけど、やっぱり何処かお前は一人でいるよな」
「そんなこと…」
「いや、別にお前は俺を頼ってくれてるってのは感じてるけど、まだまだお前は変わる気がする」
「…そうなのかな?」
「素直になったし、よく泣くし、よく笑うようになったけど、まだまだ気持ち押し殺してるやろ」
「どうだろうね…」
私は彼の顔を見て、わざとにっこり笑って見せた。
彼の顔にも一瞬笑顔が浮かんだけれど、とても悲しそうな顔をして、彼は顔を背けた。
私はそんな彼の横顔をじっと見つめたのだ。
彼が言うことはその通りのような気がした。
胸の奥がジンと痛かった。
きっとここに私は気持ちを溜め込んでいる。
この痛さを忘れないために、ずっとずっと彼の横顔を見つめた。


すると、彼の携帯がなる。
その音で私は視線の先を彼の携帯にかえる。
なり続ける携帯。
車が信号で止まった時、彼はさっと携帯を手に取り、電話の向こうの相手に相槌を打っている。
そして最後に「あぁ、わかった」と言い携帯を切った。
信号が青に変わって、彼は周りを確認してから中央分離帯を越えて、大きくUターンしてから話し始めた。
「せのり、ごめん。俺、家帰らんとあかん」
「そうなんだ」
「オカンが、ギックリ腰になって動けんらしいから、ちょっと様子みてくるわ」
「そっか」
「何もできひん言うてるで、心配やし」
「そっか」
「なんかさ、お前最近妙に聞き分けえぇよな」
「そうかな?」
「んで、帰るってなると、無口なる」
「そうかな?」
「こっち向いてくれよ、外ばっかり見てんと」
私は体ごと彼の方に向き直りにこっと笑った。
思わずため息が漏れた。
「これでいい?」
「ごめん…」
それっきり交わす言葉もなく、私はまた窓の外を眺める。


なんとなく、このわけの解らない気持ちが何なのかわかった気がした。
どんな切っ掛けなのか、何がそうさせたのかはわからない、だけど、今、私は彼の言葉を信用していない。
疑うことは何もない。
漠然と、彼は嘘をつかない人だからというものが、私に彼を信じさせている。
ただ、そこにあるだけの言葉が寂しさを呼ぶ。
叶わないかも知れぬ夢だと、傷つかない為に予防線を張ろうとしてる自分が虚しい。


一緒に居る筈だった今日が潰れた事を「やっぱり」だと感じた。
偶然彼の母親がギックリ腰になったことを必然のように感じた。
聞き分けがいいわけじゃない、「やっぱり」だと思ったのだ。


「また連絡する」
「うん」
「ごめんな」
「別に、いつものことじゃん」
「・・・」
「またね」


しばらく彼の車は私の家の前に止まったままで、動きださない車を見て胸が痛んだ。
よく解らなかった。
私はどうやって恋愛をすればいいのか解らなかった。
私は恋愛できているんだろうか。
私は彼を好きなんだろうか。
彼は私を好きでいてくれるんだろうか。
この日全てのものが不安に変わった。
彼の話を聞いて、不安が晴れる筈だったこの日、何故か彼の信用を失った。
だけど、必死になって彼を信用しようとした。
それがとても辛かった。
苦しかった。
こういうことを、女の勘と呼んだりするのだろうか。



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