218.夏まで・・・ | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

218.夏まで・・・

「そうそう、大事な話があるねん」
「何、改まって」
彼にそう言われ、わざと忙しく箸を動かした。
空腹ではない腹に食事を運ぶ。
料理に気をとられているフリをした。
「大事な話やから、ちゃんと聞いて」
「聞いてるよ」
箸を休め、一度彼の顔を見てから、ストローで烏龍茶をクルクル混ぜて氷がぶつかる音を響かせてみる。
「んま、そのままでもいいけど、ちゃんと聞いとけよ」
「聞いてる」
チラッと彼のほうを見ると、真剣な顔でまっすぐ私の目を見ていた。
そらしているのは私。
自身の大事には強いけれど、どうも二人の大事に私は弱い。
寧ろ、どうでもいいとさえ思うことがある。


「俺、お前に夢話したよな」
「うん」
「ずっと考えてたことやねんけど、転職を考えてる」
「何か言ってたね、そんなこと」
彼は以前私に話した夢の話を確認するかのように再度、私に話した。
あの時、多分、彼が言い出せなかった夢の話の続きをこれから聞かされるのだろう。
「あれから、ブランド異動して、多分このまま続けていれば、そこそこの地位になってそこそこの収入で、そこそこの夢が叶う」
「そこそこ…」
「簡単に言えば、この会社では未来が見えたってこと」
「そうなんだ…」
「今はこれで良いと思う。うーん、お前のこと放ったらかしにしてるわけやから良くはないんやけど、結婚してこのままの状態で良いのかって考えたら、良くないと思ってる」
「どういうこと?」
「家に寝に帰るだけの生活が幸せかってこと」
「あぁ…」
「その割りに、支えるだけの収入がない」
「・・・」
「今期が大きく道を左右する」
「・・・」
彼は私に相槌を求めるようにゆっくりを話をしていた。
だけど、私は徐々に相槌さえも打てずに、彼の話を無理やり笑顔で聞いた。
「さっきも話したように、もっとお前との時間も作りたいと思ってる。お前はどう思ってる?」
無言になってしまった私に彼は質問を投げかける。
「えっと…」
「話、聞いてた?」
「うん…聞いてるけど、難しくて」
「会社の事はどうでもいい…どうでもよくないけど、お前が考えるのは俺たちの関係」
「どう?…ねぇ」
「連絡がない男と一緒にいて楽しい?」
「…楽しい」
「ほんまか?寂しくないんか?」
「…寂しくない」
「いや、別に別れ話してるんちゃうんやから!正直に言うてもえぇんやで」
「楽しくない、寂しい」
「そやろ!今の仕事はずっとこんな状態が続く。どう?」
「・・・」
「笑ってんと、何か言えよ」
「・・・」
「はぁ…。夏まではこのまま、お前にも我慢してもらおうと思ってる」
「夏?」
「そう、汚い話やけど、夏のボーナスでこれからが変わってくる」
「評価されるって事か…」
「そう、自分を過大評価してるわけじゃないけど、これくらいはってのがあるわけで…」
「他の所に行ったら、自分を最大限に評価してくれるかもしれないって…」
「そうやな、そういう話」
「う~ん…」
「難しいか?」
「・・・」
「人が真面目な話してるときにニヤニヤするなよ!」
「・・・」
「はぁ…。まぁいいけど…。でやな、それまでは、仕事だけに専念したいと思ってる」
彼は、私が相槌を打たないと判断したのか、少しだけスピードを上げて話し始めた。
「お前の事、お前との関係、いろいろ中途半端にしてることが後回しになるけど、お前のことは大切にしていきたいと思ってる。転職することになったら、仕事が見つかるまで、ちょっとキツイけど、それからは沢山の時間を使って、もっとお前の事考えられると思うから」
「仕事、辞めるの?」
「どうかな?」
「そう・・・」

「どうして欲しい?」
私は、彼にこの仕事を今すぐにでも辞めて欲しかった。
自分を良く見せれば、彼のことが心配で、もっとゆっくり夜は眠って欲しいと思っているし、休みだってデートできる時間とゆっくり休養できる休みがあればいいと願っている。
「なんていって欲しい?」
そう、彼に言えないのは、彼への独占欲を言葉が支配するのを恐れてだ。
「俺はお前の意見を聞きたいだけだよ」
そう、彼が望んでいるのは、彼に恋する私の意見なんかじゃない。
私ならどうするか、だ。
「私がなんて言うか、想像ついてるでしょ…。そして、ゆうじは多分それを望んでるし、そうしたいと思ってる。違う?」
言いたくなかった、辞めて欲しいとは言えなかった。

もっと側に居て欲しいなんて言えない。
だから、そんな私は今心から彼にエールを送れない。
だから、何も言わない。
「そうやな、もう少し頑張ってみるわ」
「・・・」
「何笑ってんねん」
「本当だよ…」
「え、何?聞こえない」
「なんでもないよ」
「ごめんな、寂しい想いさせて」
「大丈夫だよ~」
「嘘つくなよ」
「こうやってバレバレの嘘つきたいときもあるもん」
「そうやな、可愛いよ」
「可愛さアピールじゃないもん!」
「あはは、だから可愛いんやんか」
「・・・」
「自分で言うといて、照れるやよ」
「応援してる」
「あぁ、ありがとう」
「いつか…」
「ん?」
「…待ってる」
「あぁ、待ってられるか?」
「中途半端野郎!」
「ごめんな」
「うち、ゆうじ好き」
「知ってる」
「違うもん、ゆうじが知らないくらいどんどん大きくなってるもん」
「そか、それは大変や!守りきれるかな~?!」
「守れへんねや…」
「守れる男になるよ」
「うん」

「そろそろ行くか!お前のクルクルしてるお茶も氷だけになってるしな」
「う…うん」
「で、さっきから何でクルクルしてるわけ?氷だけ」
「氷…食べようかなって…」
「ふ~ん、そういうことにしとこうか」
「何よ!」
「別れ話と思ったか?」
「・・・」
「ごめん、急にこんな話」


ほんの少しだけ、彼との未来が見えるようになった。
真っ暗で、そこに自分がいるのかどうかわからなかった未来が、微かに…。
幸せの扉の向こうに彼がいる。
彼の横には女性がいて、ただ…それが私かどうかなのかはやっぱり解らない。
私の未来も彼が居ての未来じゃない。
私の人生の道と彼の人生の道が交わることがあるのかどうか。
今、無理やり私が彼の道に飛び乗ったら、私の人生が終わってしまう。
これでよかったと思うしかなかった。
心は少し複雑で、私たちの道はまた並行をたどる。
いつか、交わえばいい。
私の道と彼の道、手を伸ばせば握り合うことが出来る。


彼の為?違う。
これはもっともっと大きな私の独占欲。

彼が彼である彼への独占欲。
惚れさせてみせるという、女のプライド。
私のわがまま。
言葉にできないのは、私の弱さ。
今を彼の所為にして、私は彼に寄り添うのだ。


とても大事な話だった。
だけどやっぱり、どうでもいい。
夏が来るのが少しだけ怖かった。



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