217.アイデンティティ | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

217.アイデンティティ

「お前、今年もよろしくしたくないの?」
「え?!」
「今年もよろしくお願いしますの乾杯」
「・・・」
「何?俺たち去年だけの付き合いやったの?」
「・・・」
「せのり、今年もよろしくお願いします」
「よろしく…お願いします」
「何?なんか嫌そうやね」
「いや…ちょっと驚いただけ」
「驚くことか?」
「同じこと、考えてたんやなと思って」
「同じこと?」
「…言葉悪いけど、このままズルズルなのかと」
「あぁ…ごめんな」
「変わらずとも、よろしくしたいって思ってたから」
「変わらずか…」
「ゆうじ、今年もよろしくお願いします」
「あぁ、今年もよろしく、乾杯」
「乾杯」
年が明けて、ずっと言えなかった言葉を言った。
私の中では今年こそよろしくだ。
言うべき言葉だったのか、言わないほうがよかった言葉なのか、よく解らない。
ただ、この言葉は私に少しだけ安心をくれた。
この1年を彼と過ごせる約束のような気がした。
嬉しかった。


乾杯を終わらせ、テーブルに料理が並ぶ。
彼が料理を取り分けてくれて、いつものように時が過ぎてゆく。
「お前さ、これからどうすんの?」
「どうするって?」
「今、お前仕事もしてないし、ずっと家にいて家事してるわけやろ?」
「駄目かな?」
「駄目ってわけじゃないけど、仕事もした方がいいんじゃない?」
「怖いから…」
「え?聞こえなかった」
「何でもない、何も言ってないよ」
「ふーん」
話が終わった。
本当は、ちょっと聞こえていて欲しかったかもしれない。
彼以外の男性をますます怖いと思う自分がいることを知って欲しい、否、何とかしたいと思う気持ちがあった。
また働きに出たら、またレイプされるんじゃないかって恐怖が付きまとう。
自分からは言い出せなくて、嘘をついた。
「ふーん」で終わったことを少しだけ残念に思った。
深まらない浅い会話に少しだけ孤独感を感じる。
「この間ね、バイトの面接にいったんだ。落ちたけど」
「あっそ」
「そうそう、この前やってたテレビがおもしろかった」
「ふーん」
「親友がさ、彼氏の浮気に腹立ててさ」
「ふーん」
「何で、男の人ってそんな浮気するんだろう」
「さぁ?」
「いっぱい好きでいてくれないと寂しいな」
「そう」
「うちは絶対浮気なんてしないな」
「あっそ」
いろんな話をした。
話すネタが尽きることはない。
ただ、話す気力を失いつつある私。
彼の返事で話がどんどん流れる事に落ち込む。
その落ち込みを隠すことができず、私の口数はどんどん減ってゆく。
無言を遮るように、彼が無理やりな話を始めた。
これを気まずいと言うのだろうか。
「せのりは、俺のどこが好き?」
「え?!」
「何で俺なの?」
「教えない」
「何で?」
「知ったら、わざとそれをアピールするでしょ」
「そんなもんかな?」
「自然体のそれを望んでるし、でも人はどんどん変わるしなくなったのなら仕方ないのかなって思う」
「終わりって事か?」
「今まではそうだったかな」
「ふーん」
「・・・この話終わったの?」
「え?!」
「さっきから、ゆうじ『あっそ』と『ふーん』で全部話終わらせてるし」
「そうやったか?」
「話たくない?」
「そんなことないよ」
「そ・・・」
「お前も終わらせてるやん」
「うちは今は、話したくない」
「・・・ごめん」
「いいよ別に、ゆうじがやりたいようにやってればいいんじゃない。私も話、流されたくないし、別の日に聞いて欲しい」
「ごめんって」
「強要したくないし」
「・・・ごめん、俺お前と話したいよ」
「無理しなくていい」
「ごめん、逃げてたのかもしれん」
「え?」
「お前との話は下らない事でも深いよな」
「・・・何、皮肉?」
「違う、違う。面白いし興味深いし、頭使う」
「やっぱり、皮肉じゃん!」
「適当に生きてると深く考える事って少なくなるよな。浅く広くでも生きる事には支障ないけど、突き詰めて考えることってのは大切やと思うよ。それが、例え下らない馬鹿な話でもな!」
「・・・それで?」
「お前に、一つの言葉を与えたらどんどん返ってくる。何も考えずに言葉を吐けば、言葉を返せなくてすごい精神的ダメージをくらう」
「何か、私って疲れる人間だね…」
「初めて会った時、何でこんな深いところまで考えてるんやろうって思った」
「性分です!」
「負けるか~!って気になって、いつでも答え探してた」
「ゆうじって、そういう人じゃなかったの?私、ゆうじに勝ったことないんだけど…。いつも、そうなのかなって思わされてばっかりだよ」
「お前に出会うまでは適当に生きてたよ。自分が正しいなんて思わないけど、こういうもんだろうって当たり前の常識がで生きてた」
「当たり前って何?」
「それそれ!普通、当たり前を当たり前に考えない奴なんていないだろう?当たり前って何って言われて、言葉を並べようとする奴は滅多にいない」
「考えることから逃げるってどういうこと?」
「今、俺、すごい中途半端やから」
「そだね」
「やっぱりそう思うわな・・・」
「言ってることとやってることがバラバラ」
「思うように行動しようと思っていても、ついていかない」
「そういう時もあるさ…歯がゆいよね」
「今、言葉を並べたところで、お前に指摘されたら何も言えなくなる。仕事のことにせよ、こういう関係にせよ、私生活の面でもすべてのことにおいて俺がこうあるべきだと考えていたとしても、俺が今やってることは真逆やからな…答えたくなかったのかも」
「出来なかったとしても、考えくらいは聞かせて欲しい」
「昔はよく張り合ったよな」
「そうだね、いっつも喧嘩腰やった」
「お前は今でも芯が太くて、自分が思うように生きてる。意味がなさそうで、軽く聞いたつもりが、すんごい意味のあることばっかりで、尊敬する」
「そんなことは・・・」
「俺もあの頃は、何を言われても負けない自信はあったし、その通りに生きてたよ。お前に答えられるようにな」
「うん、かっこいいと思ったよ。私も尊敬してる」
「あの頃に戻りたいとは思わないけど、あの頃が一番好きや」
「・・・私も」
「俺、しっかりせやなあかんな」
「私も頑張ってるよ」
「話が深いお前が好きや」
「私も好きだった」
「過去形?!」
「あはは、だって今ゆうじとあんまり話できないもん」
「それがお前の、俺の好きなとこ?」
「教えない」
「そっか…わざとのアピールじゃないけど、そこは俺もそうありたいと思ってるから」
「ふふ、期待してる」
「なくなったら、お前いなくなる?」
「どうだろうね」
「常に深く考えていたよ」
「もっと話聞かせてね」
「あぁ、答えがみつかったらな」
「答えがでなくったって聞かせて」
「あぁ、わかった。負けるのは悔しいけどな」
「それが答えを導き出す鍵になるかもだし」
「そうだな…」
「うち、ゆうじにダメージ与えようなんて思ってないからね」
「何、笑ってんねん!ほんまはボコボコにしようと企んでるんちゃうんか?!」
「ふふ、そんなことない」
「怖いな~、何やねん、その笑顔」
「教えない」
「今、何でも話そうって話してたとこやん」
「ふふ、それとこれとは別」
「ずるいぞ」
「これは私の幸せだも~ん」
「幸せか?」
「うん、幸せ」


今までずっと男を見下してきた。
かっこいい言葉だけを口先だけで操って、何も出来ない男たちを見下してきた。
夢語ったり、人生論、恋愛論、口ばっかの男に呆れてた。
細い芯、見せ掛けのプライドに分厚い脂肪をたっぷりつけた男ばかりで、私の言葉でポキンとそれは簡単に折れた。
男は傷を負い、私に言うのだ「別れよう」。
そうやって私の恋愛は終わる。
私は言葉を信じていた。
折るつもりなんてなかった。
言葉は自分を飾る道具じゃない。
ずっと言葉で自分を表現できる人を探していたんだ。


私はそんな彼が好きだった。
あの頃をよく思い出す。
今はない彼。
彼も…そう思いかけていた今だった。
もう戻らない過去だと思っていた。
嬉しかった。
今は飾る言葉に過ぎなくても、いつか自分のものにできればいい。
そう飾りではない。
それが人生の目標なのだと思う。
人はどんどん変わってゆく。
捨てるプライドも必要で、芯は太くなり削られてまた太くなる。
譲れないもの、譲るもの、認められないもの、認めるもの、人はどんどん成長してゆく。
私の芯だって、太いままなんかじゃない。
彼の言葉でどれだけ形を変えたかわからない。
私にも目指すものがあって、ブヨブヨと形を作らないまま芯を取り囲む。
いつか硬い芯になるために。
今は飾りに過ぎなくて、都合がつかなくなる言葉たち。
だけど、きっといつか、昔のようになれると思う。
過去に戻りたいとは思わない。
それは、また違う自分がそこにはいるから。
自信をもって立てる自分になりたい、そういうこと。
だから、もっと彼と話がしたい。
彼は私にとって成長できる相手なのだ。
彼にとっても私がそうであったことが嬉しいと思う。


私が勝手に好きだと思っていた部分。
彼にとっても同じだったことが嬉しい。
心の共通点がなんだか涙が出そうなほど幸せで、なんだかずっと失われない幸せのような気がした。



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