208.大切なネックレス | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

208.大切なネックレス

私の首にいつも在った彼から貰ったネックレスがない。
一番近くに感じていた彼がどこにも。
鞄をあさってもポケットをひっくり返してもない。
どこかに落とした?
いや、忘れてきたんだ。


私は家へと駆け込み、電話帳を広げた。
いつも行っているラブホテルの電話番号を調べる。
電話帳に載っておらず、104番で番号を聞くことにした。
電話に出た女性にラブホテルの名を告げる。
名を聞いてラブホテルだと確信したであろう女性は、琵琶湖のどの辺りかと聞いてきた。
「雄琴ですか?」
私を風俗嬢と勘違いしているのだろうか?
いや、それは私の偏見だろう。
ラブホと言えば雄琴、そうそれだけの事だ。
「いえ、雄琴ではないですが、どの辺かは判らないです」
少し待てと言われ長い間待たされたが、登録されていない事だけがわかった。


ボーっとしていたにも程があると、今までの自分を後悔。
頭を抱える、言葉どおりの私は頭を抱え悩んだ。
そこへ彼からメールが来る。
<せのり、ありがとう。幸せな時間でした。せのりはどうやった?いつも、ろくに何もしてあげられないけど…>
当然、返事は打てなかった。
今吐く言葉が全て嘘に思えた。


インターネット、ふと思いたち私はパソコンを立ち上げた。
検索ツールバーにラブホテルの名を刻み、願いを込めて検索ボタンを押す。
公式のサイトはない。
滋賀ナビにもない。
ヒットしたサイトを日記から何からくまなく見た。
何万件とヒットするサイトを見て回る。
そして一つの個人サイトで、目的のラブホテルを紹介していたそこにやっとで、電話番号が載せられていた。
私は急いでダイヤルする。


「あの、もしもし、今日落し物はなかったですか?」
「どういった物でしょうか?」
「ピンクトルマリンの付いたネックレスです」
「昨日宿泊分の部屋の掃除は終わらせましたがネックレスの忘れ物はございませんでした」
「あの…ある筈なんです…大切なものなんです…」
「彼からのプレゼントですか?」
「…はい」
「部屋番号判りますか?」
「403でした」
「あ、今誰も入っておられないのでもう少し探してみますね。掃除と言っても念入りに毎回するわけではないので、隅にかくれているかもしれません。少し見てきますのでこのまま待っていてもらえますか?」
「あ、はい、すみません、お願いします」
それから結構長い時間待った。
30分ほど待っただろうか、その間ずっとずっと祈り続けた。
「お待たせして申し訳ないですが…ありませんでした」
「そうですか…」
「あの~、電話番号とか聞いてもよろしいですか?」
「え?」
「もう少し探してみますので、見つかったら連絡させてもらいます。プライバシーは必ずお守りします」
「いや、でも、申し訳ないです」
「お客様が諦められるのでしたら構わないのですが、お力になれると思いますよ」
「…お願いしてもいいですか?」
「はい、大切なものです、必ず見つけます」
ここまでしてもらえたことで何だか十分だった。
だけど、諦めたら…そんな言葉を思い出し私はまた祈り続けた。
それから2時間ほど経って電話が鳴る。
「えー、ピンクトルマリンという石を知らないのですが、ピンク色の石の付いたネックレスが洗面台の下に落ちていました」
「ほんとですか?!」
「良かったですね」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
「いつ取りに来られますか?」
少し考えた。
自転車で行ける距離でもなく、親に頼むことも出来ず…。
「車がないので、明日か明後日には…」
「結構ですよ、お預かりしておきます」
電話を切ってホッとした。
ポロッと涙がこぼれた。
本当によかった。


<幸せだったよ。ずっと続けばいいと思った。ごめんね、実はネックレスなくして返事できなかった。でも、ラブホにあったから取りに行ってくるね>
やっと彼に返事ができた。
<やっぱり…してないなと思ってた。見つかってよかったな。取りに行くって、誰に連れってもらうん?あそこまで…>
<友達に頼むわ。女同士で行って来る。連れてってくれる男の人他におらんしな>
<もう失くしたらあかんで!大したもんでもないけどさ。こんな時にあれやけど…せのりとのセックス気持ちよかったよ>
<馬鹿じゃん!>


翌日親友に頼んで、いつも行くラブホテルへネックレスを取りに向かった。
フロントにあるインターホンを鳴らすと、タキシード姿の男性が現れた。
従業員は皆こんな格好しているのだろうか。
滅多に出会わないというのに…。
だけど、一人で入るラブホテルの緊張は何だか妙に正装している男性にホッとさせられた。
「もう失くされないように」
男性にそう言われネックレスを手渡された。
ブランド品でも扱うように、手袋をした手でそっと。
「はい、ありがとうございます」
私は首に付け、親友が待つ車に戻る。


「今回のネックレスは長持ちしてるな」
「これだけは手放せん!」
「前の男のは、引きちぎったよな」
「別に悪意があったわけじゃないよ、タートルネックと一緒に脱いでもうただけやし…」
「慣れんことするから!でも、あの人あんたがネックレスせんって知ってたんやろう?」
「うん、定番なんじゃない?」
「男ってなんでそういうのプレゼントしたがるんやろう?」
「首輪なんじゃない?」
「かもな!あんたがネックレス嫌がってたのも判る気がするわ」
「別にそういうわけでもないけど」
「もうはずされへんな…」
「そうやね…」
「でも、あんたがネックレスしてるとキモイわ」
「恋愛なんて気持ちいいのは当人だけでしょ!」
「それだけに、それを外す時の辛さは…」
「考えたくないね…」

考えたくない、このネックレスはずっとずっと私を飾るのだ。

心の霧が晴れますようにとネックレスを握りしめ祈った。



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