205.ケーキの秘密 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

205.ケーキの秘密

「今日はね、失敗しちゃったの」
「持ってきてないの?」
「…持ってきた」
「んじゃ、早く!」
「うーん、でも…」
「何でも食べるから」
「何でもって言われても失敗作だよ?!」
「せっかくせのりが作ったもんやしね」
私は鞄の中からアルミホイルに包まれたチョコケーキを取り出し彼に手渡した。
「おっ!今日はケーキか、上手く焼けてるやん」
「中がね、生なの…」
「生か…ケーキの生は大丈夫なのか…?」
「やっぱ駄目、捨てる」
「もう遅い、食べた」
彼の手の中のケーキを奪い取ろうとすると、彼は急いでケーキにかぶり付いた。
「このトロッとしてるチョコが生なわけな」
「…うん」
「でも結構うまいよ」
「…やっぱもう駄目、お腹壊したら、うちイヤ」
「大丈夫、大丈夫。うまい、うまい」
そういいながら彼はペロリとケーキを平らげた。
「そんな顔すんな。おいしかったよ」
「明日お腹痛いって言うても知らんからね」
「あはは、でもさ、何でいつもお菓子なん?」
「嫌?」
「嫌じゃないけど、せのりの飯が食べたい」
「お菓子なの!」
「ハンバーグ食べたい」
「お菓子!」
「豚の角煮が食べたい」
「お菓子!」
「何でそこまでしてお菓子に拘る?」
あなたが、おいしいって言ってくれたからだよ…。
とっても素直な気持ちは口から出ようとはしなかった。


彼に会う日はいつも、お菓子を作って持って行く。
クッキーやケーキが主だ。
初めて彼にケーキを持って行ったのは、喧嘩をした後だ。
ごめんなさいの意を込めて持っていったのが好評でそれからはずっと欠かしたことはない。
私はお菓子作りが苦手だ。
毎日家事をしていると言っても、頻繁に作る物ではないお菓子はどうも上手くならない。
インターネットでレシピを調べて、キッチリ分量を量って作る。
レシピ通りに作っても上手く焼けないケーキに落ち込む。
上手く焼けないのは自分でも解かっている。
メーカーが違うオーブンで同じように焼けるわけがないのだ。
毎日料理を作っていてそれは承知の上。
何度も作って手際を覚えるというもの。
だけど上手くいかないお菓子作りに一生懸命になれた。


「苦手だから」
「へ?」
「だって、ハンバーグも豚の角煮も普通に作れるもん」
「だからそんなせのりの料理が食べたい」
「やだ~、頑張るんだもん」
「そんな頑張らんでも…」
「作ってる時ね、すんごい緊張感あんの!量りと戦いだよ。手ぇプルプルさせてキッチリ分量量るのね。もう1gでも許せない。でね、今度は泡立て器で黙々延々泡立てるのね。そん時ゆうじの事とか思い出したりとかしてさ、最高に幸せな時間だよ。ハンバーグ作ってそんな幸せな時間が訪れるとは思えないよ」
「あはは、それ、完璧自己満」
「そだよ~。楽しいの」
「そかそか」
「だから、お菓子なの!」
「解かった解かった。でもハンバーグ作ってくれよな」
「うーん、ゆうじのが上手そう…」
「あぁ俺もお袋おらんかったから料理は得意やで」
「じゃ、やー」
「勝負する?」
「やだ、うちがゆうじのハンバーグ食べる」
「何か話変わってきてないか?」
「ゆうじのハンバーグが食べたい」
「んま、そんなんもえぇかもな」


彼の喜んでいる顔が一番のご褒美になる。
それは自分が一生懸命になればなる程素敵なプレゼントだ。
そして唯一、私自身が望まれずに彼の為に出来ること。
どんな時でもどんな事でも私は彼に合わせた。
望まれたらそれを叶えるべくして私の選択肢が決まる。
何も要求されなければ、喜ばれるかどうか解からなくて怖いから何もしない。
私が見つけた彼の喜び。
頼まれたわけじゃない、私が彼の為に…。
私だけの秘密だ。
だから彼にだって教えてあげない。
そんな私の想いも知らずに、また笑顔になって欲しいから。


「うっ…腹痛いかも」
「えー、やだー、もう、馬鹿」
「違う違う、下してない。こんな時間のケーキは胃が重い」
「嘘だ、もう知らない」
「ほんとほんと、明日になれば治る」
「絶対だよ」
「あぁ、寝ようか」
「うん」
「明日は昼までゆっくり寝て、映画見に行こう」
「うん」
「ずっと一緒な」
「うん」



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