189.生死 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

189.生死

曽祖父が危ないと、連絡を受け目の前が真っ白になった。
体のあちこちが微妙に震えているのが解かる。
背中の中央から少し右上、左手首の付け根、右内もも、唇というよりも下歯茎、眉間より少し右上、ピクピクと震えてる。
「解かった」
私が祖母に伝えた言葉は一言だった。
驚き…は、なかった。
現在の空気を確かめたに過ぎなかった。
ただ、その空気を理解することは私にはとても難しかった。


家の戸締りをして、もう一度確認をして、写真を選ぶことなく、部屋に戻った。
「どうしよう」この言葉がプログラミングされたように、定期的に頭を巡る。


ふと我に返ると、電話のコール音が聞こえる。
自分で掛けているのに「私、電話掛けてる…」「何も話すことないのに電話掛けてる…」「どうせ出ないのに、何で待ってるんだろう…」と心が体を分析し始めた。


心が分析結果を出す。
私…壊れる。


「もしもし」
「うわっ!」
彼の声に驚いた。
私のリアクションに彼は半笑いだ。
「何?どうした?」
「どうしたって、あなたがどうした?だよ」
「どういうこと!電話が鳴ったから出ただけだよ」
彼はずっと半笑いだ。
自分で珍しく電話に出たことを解かっているようにも思える。
「いつも出ないじゃんよ」
「そうやっけ?」
「私が電話してゆうじが出たことなんて、もういつだったか思い出せない」
「ごめん。で、何かあったか?」
「ん?何もないよ」
「嘘つけ!お前が電話するってのは何かある時って決まってんねん」
「そう…?決まってるんだ…」
「で、何があった、言うてみ」
「本当、何もない。声聞きたかったの」
「そりゃそうやけど、何で聞きたくなったの」
「しつこいねぇー。今何してるの?」
「しつこいって…。今、まだ仕事中、俺一人で結構寂しい」
「そうか、じゃ、ゆうじも声聞けてよかったねー」
「ってか、お前話変えようとしてるやろ」
「そう?」
「俺を誘導しようなんて、10年早い」
「10年経ったら出来るんだ」
「そう、人は成長するもんだからね」
「はいはい」
「で、聞かせてくれな仕事が手につかないんやけど?!」
「うーん」
そういわれても、自分でも本当によく解からなかった。
無言の時が、携帯のブーンという音を響かせる。
「よし、原因じゃなくても電話掛ける前に何があったか言うてみ」
「おじいさんが危ないって連絡があった」
「そか…」
「皆病院行って戻らない」
「そか…」
「電話してた」
「そか、死は怖いことでもないし悲しいことでもないんやぞ」
私は相づちを打つことも出来ずに彼の話を聞いた。
彼にどんな言葉を求めているのか、聞きながら探った。
「人は死を自分で選ぶんや。おじいさんは、自分でその時を選ぶんや。お前、今死ねるか?」
「うぅん」
「今死んだら後悔するやろ。命を絶つってのは、やり遂げた証。それが老衰や。お爺さんはその時を迎えた。その事を悲しいと思うか?」
「うぅん」
「居なくなるのは寂しいけれど、お爺さんが選んだ道。でも、今おじいさんは頑張ってる。家族ともう一度会いたいのかな…何かするべき事があるのかな…でも逝く時は自分で決める」
彼の話が、何故か「生きる」という話に聞こえた。
「私ね、まだ沢山やりたい事あるよ」
「んじゃ、生きなきゃダメだな」
「100歳までに出来るかな?」
「やり遂げなあかんな」
「うん」
「頑張らんとあかんな」
「うん」
「せのり?」
「ん?」
「俺は、まだ死ぬ気はないから」
「・・・うん」
「大丈夫やから」
「・・・うん」
「元気やから」
「う…うん…」
彼の「元気だから」その言葉を聞いて、涙が溢れた。
「泣くな!大丈夫って言うてるやろ」
「ぅん」
「俺は死なん!150まで生きるつもりやからな」
「…ズズッ…それって、要領悪くない?!」
「あはは、人生マイペース。頑張ろうな」
「うん」


私は死というものを理解できないでる。
大人になっても、死を受け入れられずにいる。
別れそのものに対し、寂しいという感情がバランスを崩し心を壊し始める。
そんな寂しさは、恐怖へと変わる。
それが突然であればあるほど、恐怖心は深い。
死に触れず生きてきたわけでもない。
恩師、友達、曾祖母と何度か別れを経験してきた。
だけど、母親の教育方針だったかは解からないが、死というものをぼかされてきた。
何故、突然家から曾祖母が居なくなったのか、理解する以前に知ることもずっとずっと後になってからだった。
それからの理解は、とても漠然としていた。
そして、人は突然居なくなるものだという認識。
何故、人は突然居なくなるのですか…?
何処へいったのですか…?
もしかして死んじゃったの?
死んだら何処へ行くの?
何故一緒には暮らせないの?
別れと死が混乱する。


私はいつも別れを経験する時、今、側に居る人を探した。
母が出ていった時も、その時側に居た男を探した。
居なくなることの理解も乏しい。


彼も居なくなるのではないだろうか…。
私の周りからどれだけのものが失われるのだろうか…。
そんな恐怖。
そんな恐怖の意味を今知った。
何故私が震えていたのか今知った。
私はずっと側に居てくれている人を探してた。


「せのり?」
「ん?」
「明日、時間あるか?」
「うん、解かんないけど…」
「俺、明日休日出勤やけど終わってから、明日会おうか」
「何で?」
「何でって…会いたくなった、抱きしめたくなった」
「う…うん」
「側にいてやれんで、ごめんな。だけど、ずっと居るから」
「大丈夫です…」
「よし、もう少し仕事片付けて明日早く会えるようにするからな」
「うん」
「今日はもう寝るんやで、解かった」
「はい」
「よし、ほんじゃな」
「うん、ありがとう」


本当に私よりもずっとずっと彼は私の事を知ってるんだなって思った。
私が何年も探し続けているものを彼はいつも見つけてくれた。
こんな風に言ってくれる人は、今までいなかった。
彼は、ずっと私の側に居てくれる気がした。



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