2005-12-10

190.お前だけ

テーマ:彼女じゃない恋愛

翌朝、ガタガタと騒がしい音に目を覚ますと、居間で祖父母が慌しく動き回っている。
祖父はアルバムを引っ張り出して、引き伸ばせる写真を選んでいる。
祖母は葬儀屋と話をつけているようだ。
「お爺さん…」
「あぁ、昨晩は乗り切ったよ。でも、意識はないしただ心臓が動いてるだけかな。あと数日やな」
まだ頑張っているのに葬式の準備をする家族が信じられなかった。
だけど、我が家は代々看取りをやってきているらしい。
準備は逝く前にしなくては看取りが出来なのだとか。
それにしても信じられない光景だ。
何だか悔しかった。


<ねぇどれくらいでこれるの?>
彼が待ち遠しかった。
居た堪れなかった。
<結構掛かりそう。夜になるよ、ごめん>
私も私で、未だに受け入れられず、逃げようとしている。
同じか…。


夕方彼から連絡が入って、私は「何かあったら連絡が欲しい」と家族に告げて家を出た。
「せのちゃんは、看取ることないのよ」そう言われたけれど、念を押した。
その時まで頑張れと願うのだ。
受け入れること、認めたくないこと、心が絡んだ。


彼の車に乗り込むと、彼は何も言わず私の頭を優しく撫でた。
「なんだよー、子供じゃないんやから」
「いいから、こっちおいで」
そういうと彼は優しく抱きしめた。
泣いてしまいそうだった、温かい。
「お爺さんどうや?」
「頑張ってるよ」
「そか、今日はずっとお前の側におるからな」
そういう彼の顔には疲れが見えていた。
「ねぇ、何で今日はそんなに無理するの?」
「無理してないよ」
「でも急に来るとか、ありえなくなかった?」
「会いたいってのは本当。でも、昨日お前が俺までいなくなる~とか考えてたのよーく解かったからな。ずっと相手してやれかったし、今日は特別」


車を走らせ、洒落てますよとアピールする店へ入る。
店内も細部にまで拘ったレストランだ。
ライトは暗め、壁が少なくはめ込み式の総窓仕様で、そこから見える湖が月明かりに照らされとても綺麗だった。
私はずっとそんな風景を眺めている。
その間に彼は注文を済ませている。
「こっち向いてよ」
「ん?」
「お前、いつも俺の顔みてくれんよな」
「ゆうじまでの距離が微妙に遠くて、目がぼやけて痛いの」
「じゃ、隣に座ろうか?」

「いぃ!」

「ふーん、メガネ持ってきてんねやろ、つけてえぇからこっち向いてよ」
「なんだよー、恥ずかしいの!」
「俺?」
「じゃなくて…あんま見つめないで…」
「そろそろ慣れて欲しいんやけどな」
「そのうちね…」
傍から見たら喧嘩でもしているようにみえるかもしれない。
こんなに近くに居るのに、多分まだ合計1分も目を合わせていない。


テーブルにサラダととり皿とフォークが運ばれてきた。
「これ何?」
「普通のサラダ、多分嫌いなものは入ってないと思うけど」
料理をオーダーするのはいつも彼だ。
だから、いつも何が来るのか解からない。
私はシソがダメだ。
一度シソドレッシングがかかっていて食事を取らなかった事があった。
彼は私の好き嫌いと、二人で完食分をいつもオーダーする。
私は自分で決めた事はない。
「せのりは料理取り分けたりしぃひんの?」
「何?して欲しいん?」
「サラダが来て大分経つけど、俺ずっと待ってるんやけどさ」
「そうっけ?気付かんかった」
「いつも俺が注文して、箸渡して、取り分けて皿渡して、食べ終わったら皿にまた盛ってやって…て」
「んじゃ、今日はウチがやってあげるね」
「と、言いつつ既にもう俺がやってるし、お前はその皿を受け取るべく手を伸ばしてるしな!」
「ふふふ、いいじゃん、習慣なんじゃない?お箸」
「はいはい、お姫様、フォークしかないですけど、よろしいですか?ってか、いつも俺こんなことせんねんで」
「そうなん?いつも率先してやってるじゃん」
「お前がやらんからよ。俺はせんねんで!」
「うん、ウチもせぇへんよ」
「お前とおると、俺が何故かする羽目になる」
「へへ、ウチはせぇへんよ」
「何で俺?」
「うーん、反発してんじゃない?」
「磁石みたいにか?!」
「そうそう」
「俺がSで?お前がM?」
「そうそう、ウチめっちゃM」
「乗らんでえぇよ…」
「何でさ~」
「隙あらばやな、ホンマ。…お前だけやわ、そういう奴」
「ってか、そういう事言わないでしょ、他で」
「んま、そうやけど、仲良くなってきた人には言うてみたりするねん」
「で?反応は?」
「あなたでもそういう事言うのねとか、言われるな」
「めちゃあしらわれてるやん!」
「言う~っちゅうねん、な?」
「いや、言わん!自分が思ってるよりめちゃクール装ってるから」
「そんな装ってるか?」
「だって未だに親友でさえ、疑ってるんやから」
「マジでか!俺は結構フレンドリーなつもりやったのに」
「全く!ウチがそんな人やって知らんかったら同じ様にあしらってると思うよ」
「と…思う~よっ」
「ぷっ、秋山」
彼は私が言った語尾を、深夜テレビでやっている「はねるのトびら」というお笑い番組の1コーナーである「秋山森乃進」というコントを真似てオウム返ししてきた。
早朝のコンビニに来るちょっとウザイ秋山森乃進というお爺さん役をロバートの秋山が演じているコントで、とてもお喋りなお爺さんの最後につける「と…思う~よっ」という台詞が特徴的なのだ。
彼はクールに見えて、お笑いが大好きだ。
周りからもたれる印象とは反対にこんな事ばかり言うお馬鹿な一面がある。
「そうか、俺あんま言わんほうがえぇんかな?…と…思う~よっ」
「あはは、もー、それ言いたいだけやん!…と、思うよ」
「お前もかよ!ってかやるならドンとやれよ。お前のは中途半端やねんな~。…と、思う~よっ」
それからすべての語尾にこの台詞がついた。
なかなか飽きなかった。
「でもさ、ほんま、こんな話ができるんも、お前だけやわ」
「そう?」
「この前さ、会社で似てる人がおる言われて見にいったんよ。そしたらその人、ホンマ詰まらんギャグばっか言うてて、俺…あんなん…?思て、しばらくマジ凹んだしな」
「ぷっ、会社でどんな地位築いてんのよ。オヤジ?!」
「笑ってくれるん、お前だけやもんなー」
「その引かれ具合がまたおかしいしな」
「引かれてんのかー、痛いなー」
「だってゆうじがやるのはパクリかオヤジギャグやもん」


彼はとてもよく話した。
こんなにおしゃべりだったかなと思うくらいに。
一気に時が過ぎてゆくのを感じた。
あっという間の出来事というよりも、時の流れるスピード感を感じた。
不思議な感覚だった。
実際、私の心はほんの少しお爺さんへと向けられていた。
流れようとしない時間と流そうとする時間のギャップがそう思わせたのだろうか。
そして、彼の優しさが嬉しい。
サラッと言い退けてくれた「お前だけ」と言う言葉も私は聞き逃さなかった。
本当に私だけなら嬉しい。



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