185.調教 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

185.調教

ファミレスを出て、私たちはカラオケ店へ向かっている。
彼はカラオケが大好きで、でも私とじゃないとこれないと言って会うといつもはしゃいだ。
カラオケ店につくと、先急ぐ彼。
私はヒールを履いていて、少し遅れて彼に続く。
階段を登りきると、彼の姿はもうなかった。
いつも歩くのが遅い私を待ってくれてるのに、このままUターンして帰ってやろうかと思った。
今ここで帰ったら彼はいつ気付くんだろうか…。


「友達と来てるん?」
「あ、はい」
階段直ぐ横の部屋の前で、絶対改造車に乗ってそうな男に声を掛けられる。
顔の傷が物語っている。
「一緒にカラオケしようや」
「あ、すみません」
「可愛いな、お姉ちゃん」
「いえ、そんな事は・・・」
「あ、彼氏と来てたんや」
「え?」
男の目線を辿ると彼が戻ってくるのが解かった。
「早よ行ったり」
「すみません」
ナンパされたもののあまりにいい人だったのでお辞儀をして彼の元へむかった。
「何て言われたん?」
「うぅ~ん、さぁ?」
「あいつ、怪しいと思って戻ってきて正解やったわ!で、何て言うたん」
「すみません…って」
「お前な、男と一緒におるんやで」
「うん、ごめん。気をつけるわ」
「そうじゃくて、俺を呼べよ」
「そういうもんなの?」
「そうなの!」
「ふーん」
何か彼が怒ってるのが嬉しかった。
こんなに表立って、嫉妬する人じゃないと思っていた。
何だか今日の彼は一味違う。
だけど後々考えれば、ここで待ってくれてさえいればと、思ったり思わなかったり…。


彼にガードされながら割り当てられた部屋に行く。
部屋には彼を誘導したと思われる店員が待っていた。
一通り機械の説明をして、ドリンクのオーダーを聞き、去っていった。
「お前、ドリンク運んできやったらどうする?」
「どうするって、こうやって、ありがとう…かな?!」
私はドリンクを受け取る真似をして説明した。
「あかん!全然ダメ!絶対そんな事すんなよ」
「何でさ!ありがとう言うのは普通やろ」
「乳、見えとんねん。かがむな、お前はじっとしてたらえぇねん」
「感じ悪くない?」
「店員に良く思われてどうすんねん」
「そりゃそうやな」
「解かった?」
「うん、でも乳見られたら嫌なんや」
「あたりまえや、お前は露出が多すぎる」
「そんな事ないと思うけどなー」
「乳を出すな!」
「あはは、怒りんぼやな~」
そんな話をしているとさっきの店員がドリンクを持って入ってきた。
私はソファーにもたれ、本を開き口元を隠して彼と店員のやり取りを何も言わずに眺めた。
とても愛想のいい店員で私は感じが良いなと感じていた。
が、店員が部屋をさったあと、媚を売る店員にまた彼はプリプリと怒っていた。
「ねぇ、今日どうしたの?」
「何が?」
「いつもそんな事で怒らないじゃん」
「俺が嫉妬したらおかしい」
「うぅん、そんなところもあるんだね」


私たちは早速分厚い本を開いて曲を探す。
「あぁ、最近の曲が全然わからへん」
「うちもやって!もう最新曲についていけるほど若くない」
「あほ!俺はまだまだ会社じゃ若いねん!最新の曲を歌えてなんぼやねん」
「どんな会社やねん」
「んま、働いてるのはハゲオヤジばっかりやけど、会社の商品は若いからな。接待じゃ…ってこんな話しても詰まらんか」
「で、どんな歌うたうん?」
「そやなぁ、この前エグザイル歌ったら、スゲェウケた」
そういうと彼は会社の接待で歌ったであろう、エグザイルの曲をリモコンで入れ、歌いだした。
「何がどうウケるんかよー解からんわ」
「その場が盛り上がればそれでいいの!」
「ふーん」
「はい、次せのり」
「ウケねぇ…」
「いや、お前はウケ狙わんでえぇから」
「あそ…」
「隙あらば乗ろうとするよな、お前」
「芸人魂」
「そんなソウル持ち合わせてるんや」
「一応、追っかけやってましたから…」
と、私は浜崎あゆみの曲をリモコンで入れ、躊躇しながら歌い始めた。
そして微妙にモノマネを練りこんだ。
いつも友達同士でやっているものの1/3も発揮せぬまま、中途半端な仕上がりで。
モノマネと言っても似せる気は全くない。
言うなれば、中川家がやるようなあるあるモノマネである。
雰囲気さえつかめればそれでOK。
私のモノマネレパートリーは結構ある。
が、彼の前でするにはかなりの抵抗があった。
100年の恋も冷める的な…。
「恥ずかしいならやるなよ!何処に魂があるんだか」
「だって…」
「ってかお前らいつもそんな事してんねや」
「何でもやるよ。笑えればえぇねん。友達に桑田の真似する奴おるねん。女やで、マジキモイし」
「お前もするん」
「うん。見つめぅわ~うぉつぉ~すぬぁ~をに~」
「全っっ然、似てねぇー」
「でもモノマネやってるって解かるでしょ!」
「いや、だってTSUNAMI歌ってりゃわかるでしょ」
「ぷ~」
「今更可愛子ぶっても遅いけどな」
そういうと彼はリモコンを手に次の曲を入れ始めた。
流れてきたのは「さくら~独唱~」。
彼が歌い始めて、あ、似てると思った瞬間彼の顔を見た。
彼は普通に歌ってた。
真似てないのか?
どうやら彼の反応は素だ。
普通に似ている声に笑いが耐えられない。
「何?!え?」
歌の間奏で彼は不思議そうに聞いてくる。
歌い終わって彼はしきりに何故笑ってたのかと聞いてくる。
「ねぇ、ぷぷぷぷぷ、もうモノマネタイム終わってるよね」
「あぁ」
「めっちゃぽかったし」
「歌?」
「そうそう、顔見たときモノマネしてないって解かったらおかしくてしゃーなかった」
「普通に歌ってたし…」
「あはっあははは、あかん、聞けば聞くほどぽいし。新しい発見や」
「そんなに似とる?」
「あかん、腹よじれる。ちょ、もういっかい、ぼ~くらは~言うて」
「ぼ~…」
「あははははは」
「今、『ぼ』しか言うてないし」
「これからエグじゃなくて、さくらで行き!忘年会ネタ決まりやな!」
「ぼ~」
「もぅえぇって!死にそう」
私たちは2時間ほどその後歌を歌い続け、何を歌おうかと悩むほどになってしまい、暇をもてあます。
「なー、ケミ歌って」
「ケミは一人じゃ歌われへんやん」
「そう?」
「ハモって成立する歌やろ」
「ハモらんでもえぇよ。ケミ歌って」
「一人じゃしんどいよ」
「歌いきらんでえぇから」
「中ちゃんおったら歌うけどな」
「中ちゃん…か…」
私は中ちゃんという彼の友達が嫌いだった。
顔も知らない会ったこともないこの人を嫌いだとずっと思っていた。
理由は簡単なこと。
いつもいつもデートの邪魔をする人だと言う認識があった。
デート中に掛かってくる中ちゃんの電話。
中ちゃんの所為で短い時間が失われるとずっと思っていたのだ。
「んま、また日を改めてあいつとも遊ぼうや、な」
「ふ~ん、中ちゃん、か」
「何?」
「ん?なんでもない」
私はこの時、見ず知らずの中ちゃんを許した。
ケミが歌えるんだという簡単な理由で。
中ちゃんの電話で涙ぐんだこともあった(参照116話 )。
一瞬にして笑い話の思い出へと変わる。
中ちゃんってどんな人かな。
私より、彼の事を知ってるんだろうか。
彼の事なら何でも知ってるんだろうか。
当然、私の事も…。
無意識にため息が出た。
私が彼と恋愛をしているという事を知っているのはどれくらいいるんだろう。
中ちゃんに会った時、友達を装わなきゃいけないのかな。
彼を好きだと大声で叫びたい。



[ ← 184 ]  [ 目次 ]  [ 186 → ]