177.自己表現 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

177.自己表現

最近になって、親友と会う機会が増えた。
彼に会えない時を楽しく過ごす為の術だと思う。
親友も調度そんな時で私たちは、バーカウンタに座り飲んでいる。
私は烏龍茶なのだけど。
あの頃とは違うバー。
カウンタの向こう側には、知らないバーテンダーがシェーカーを振っている。


そういえば…そんな風に懐かしく過去を思い出せる事が穏やかだ。
初めて会う人と話をする。
お互い探りあいながら話をする。
直ぐに興味ある話など見つけられずに、身の上話が主な話題。
さて、私は何を語ればいいのだろう。
思い出せる過去は数えられるくらいだ。


「自分ら、いつ知り合ったん?」
バーテンが私たちに聞いてくる。
「中学、一緒やったけど、そんな仲良くなかったかな」
答えるのは親友だ。
「うちら同じテニス部やって、こいつは殆ど幽霊部員」
私の話も親友がしてくれる。
「卒業して、何年か会ってなかってんけど、いつからか…不思議と。ね」
「う、うん」
私は自分の話すら相づちを打つだけだった。
色んな話を彼女は私の分まで話した。
「それでさ、こいつホンマ散々でさ!な?」
「え?」
「もぅー、自分の事やのに覚えてないの?!ホンマこいつ、いつもこんなんでさ、嫌な事はすぅ~って削除。削除、削除、削除で頭ん中に殆ど溜め込んでないねん。その分、必要やと思った記憶力だけはホンマすごい!頭いいのか、悪いのか解からんわ!」
「へー、変わってるな~」
「変子なんて、褒め言葉になってまうから、あかんあかん!」
「えへへ」
「ほらー、照れてる照れる」
「あはは」
私が、今、私は私だとこの地に立てているのは親友のお陰だと思っている。
こうして、私を語ってくれているから。


親友が席を立ったとき、バーテンダーが私に話しかけてきた。
「自分、大人しいな」
「そうでもないけど、何を話していいのか解からんから」
「ふーん、変子やもんな!?」
「そうそう、ってムカつく!」
「あはは、やっぱムカつくんやん」
「ま、ネタ?かな」
「今、思い出せることっていつくらいなん?」
「いや、別に記憶喪失とかじゃないで、嫌な事って判断したらごっそりなくなるだけ。その部分だけ」
「へー、例えば」
「うーん、つい最近思い出したことやねんけどな、某遊園地の話をあの彼女と話してたわけよ。あの乗り物が面白いとかさ。でも、どれだけ頑張っても、私、誰と行ったか思いだせんの。それは、あの彼女が覚えてたから思い出せたわけやけど、未だにそんな男、おったかな?って感覚」
「へー、ってそれある意味都合いいよな」
「まぁね、でも、学習能力0やけどね」
「それは痛い!ほな、逆に忘れられへん記憶ってあるん」
「うーん、今でも偶に思い出すのは、インド行った時かな」
「インド!?一人で行ったん?俺も行ったことあるで」
「マジで?!いいよね、あそこは」
私は、記憶のある限り語った。
楽しくて仕方なかった。
気付けば、席を立ったはずの親友が横に座っている。
彼女は彼女で別の人と話していたようだが、時計を気にしている。
「どうしたん?」
「ん?あいつ、仕事終わってる筈やのに連絡ないからさ」
「そか…」
「あんたんとこは?」
「さぁ?」
「二人とも彼氏おるんか?」
私たちの話にバーテンが口を挟む。
「あぁ、こいつのは彼氏じゃないけどな」
「そうそう、そうそう」
「彼氏じゃないってどういう状況?!」
「うーん…」
「恋愛はしてるけど、相手に彼女が居ちゃってる状況」
また、親友が私を説明してくれる。
「へぇー、略奪愛か!」
「そんなとこ」
「辛いなぁ、それは」
「辛いのは愛がないことですよー!彼女が居るとか関係ないし」
「まぁ、恋は辛いわな」
「そうや、辛いのはこいつだけじゃない」
「はいはい、お姉さん酔いすぎですよ」
「酔わな、やってられん!」
「はいはい。で、今まではどんな恋愛してきたん?」
「似たようなもんや、こいつもいっつも彼女もちやし」
「へー、もうお姉さん落ち着いて。んで、彼女いる男すきなん?」
「え?!」
「好きな男に彼女がいたり、遊び人やったりするの!誰がそんな男好きですかっての!」
「はいはい、俺はこっちのお姉さんに聞いてるんですぅー」
「あぁぁ、男はみんなせのりばっかり可愛がるんよね」
「そんなんじゃないけどさ、このお姉さんあんまり話さへんから」
「今のこいつの男もそう、守ってあげたいって男は思うねんな。ちょっと不幸で、それやのにニッコリ笑ってる姿にやられるのよ!」
「そやな!そういうタイプやな。お姉さんは、ちょっと始めはキツイそうなタイプで引いてまうかな」
「そう!始めはキツイと思われがちやけど、惚れる男は…」
「はいはい、それでもきっと愛されてますよ。もうそろそろ」
「…帰ろっか」
「うーーーん、そうやな」
私は酔った親友を抱え、バーを後にした。


親友と別れて一人部屋の布団に寝転がる。
烏龍茶では酔えずに、色んな事が胸をつく。
酔っ払った親友を思い出す。
お酒で今を忘れるような行為は日常だけど、自分を語る彼女がいた。
辛い過去も楽しい過去も語る彼女がいた。
辛い現在も楽しい現在も語る彼女がいた。
私が話せたことは、ある年代のことばかりだった。
それ以降の過去も、それから今までの事も全て親友が語ってくれた。
聞きながら思い出し懐かしいと思ったこと、聞いても何も思い出せなかったこと。
その話は本当に私の過去ですか?
私、そんなヒドイ事されたっけ?
確かに私は色んな事を経験して今まで生きてきた。
だけど、ずっと親友が話す私の話を聞いていて、死んでしまった人を懐かしんでいるような感覚がおそう。
そして、私は現在を語ることもできない。


もしかしたら、私はその年代に何かを置き忘れてきたのかもしれない。
何年も前の過去を最近のように思い出す。
そうかと思えば数年前の事を思い出せない。
私はそこから今までをなかったことにしている。
何かに執着している。
何だろう。
何で私は今を語れないんだろう。
過去を語れないんだろう。
何故、自分を語れないんだろう。


逃げ回っている人生の足跡。


もう少し、自分を語れる自分になりたい。
改めて聞かれた彼のこと語れなかったな…私。



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