156.お子様観覧車 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

156.お子様観覧車

ホームに入ってきた大阪行きの電車は満員電車だった。
彼はこういうのをとても嫌う。
少し悩んでいるようだったが、「2駅やし」という事で乗り込むことになった。
私は、嫌いという以前にこういう状態は駄目だ。
パニック寸前である。
彼とは余り電車に乗らないので、このことは告げていない。
そう、2駅だし大丈夫。
そう言い聞かせて、彼に引っ張られながら電車に乗った。
落ち着かなかった。
挙動不審になる。
誰にも触れられないように私は小さく小さくなる。
電車が揺れて、人が傾くその前に人をよける。
俯き、彼の胸に顔を隠す。
彼が私の髪をなで、私の名前を呼ぶ。
「大丈夫か?しんどいか?」
私は首を振って、また俯き彼の胸に顔を隠した。
大阪駅に着くと、ドッと殆どの人がホームに降りる。
椅子に座りたい人がその波を押しのけて逆行する。
そういう人たちは、弱い波を見つけ割り込む。
私はそんな人たちの狙いの的だ。
入り口付近まではゆっくりと彼についていけたのだけど、ホームで待つ人たちは私を見るなり私を押しのけ突入する。
いつもそうだ。
私は電車を降りるのが苦手だ。
彼の手が離れる。
どうしよう…。
彼が戻って来て私の名前を呼ぶ。
私はそっと手を伸ばすのだ。
すると、優しそうなおじさんが電車に乗るのを待ってくれた。
頭をペコッと下げて、彼の元へと急いだ。
電車を降りれなかったのはどうやら私だけ?!
2列に並んだ人たちが半分にわれ、私を通してくれる。
少しだけ恥ずかしかった。
「どんくさいな、お前」
彼も恥ずかしそうにそう言った。


駅を出て、手を繋ぎHEPまで歩いた。
「懐かしい~」
「そか、昔はお前の庭やったもんな」
「そんな暴れん坊ちゃう!」
うわー言いながら私は口をパクパクさせて、斜め45度アゴを上げて歩いてる。
「お前、田舎者丸出し、アホの子みたいやで」
「ムカつく!」
「ほら、さっさと行くぞ」
置いていかれまいと私は彼に続く。


HEP館内を少し見回りながら、観覧車がある階まで登った。
結構人が並んでいる。
「まだまだ人気なんやな」
「そりゃー、こんなに高いとこにある観覧車はすごいよ!」
「いや、この列で純粋に観覧車乗りきたんはお前だけやと思うぞ」
「何!?またウチの事、子供扱いしてるな?!」
「子供やん」
「これ、乗ったことあるん?!」
「俺も初めてやで」
「絶対綺麗やねんから!大人だって楽しめんねん。だから人気やねんから。絶対!」
「はいはい、解かった解かった」
私はクルクルと回る観覧車を眺めながら順番を待つ。
すると入り口付近で、やけにテンション高いお姉さんに声を掛けられる。
記念撮影サービスらしい。
私は思いっきり横に首をふる。
が、テンション高い姉さんに無理やりベストポジションに誘導され、パシャリと撮影されてしまった。
私は写真が嫌いだ。
可愛い顔が作れない。
無理やり写真をとられドッとテンションが落ちた。
いや、カメラマンの姉ちゃんにきっと吸い取られたに違いない。
「こちら、写真にしてお渡…」
と、説明しているところを彼は「いいです」と断り私の手を握り先へと進む。
「もらっとけばいいのに~、ほら、観覧車やで」
彼は私のテンションを上げるため必死だ。
「だって…」
不細工な写真でももらっておけばよかったと思った。
彼との写真、もらっておけばよかった。


私たちが乗る箱が下りてくる。
ゆっくりゆっくり降りてくる。
もう私は今にもフライングしそうだ。
この年になって、怒られるのは困る。
私はぐっと我慢するのだ。
彼が1歩踏み出すのを待って、私は観覧車にかけよる。
「ふふふふふ」
笑いが込み上げる。
「観覧車に乗るの久しぶりやわ」
「お前ん家の近くの観覧車潰れたもんな」
「あれが本当唯一の癒しの場やった」
私は彼に背を向け、窓に張り付き外を眺めながら話す。
「何で観覧車なん?」
「ん?うーん、ほら、あそこにも人が歩いててずっと向こうにも人が歩いててさ、皆違うことしてて私もあそこで毎日頑張ってる。あそこでセカセカ頑張ってると、自分一人で頑張ってる気になる。駄目になると自分一人が駄目なんだって思う。だから死にたくなる。でも、こうやって観覧車に乗ると、皆ちっこくなって、壮大な気分になって、そっか私は生かされてるんだなって思う。私は一人じゃなくて、皆がいるところで生かされてるんだなって思う。だから、帰ってきたら頑張ろうって思えるから好き」
「一人で観覧車乗って泣いてんねや」
「悪いっ?!あぁー海見えてきたー。あ、お城も。通天閣はどこ?」
「あっち」
「よく解かるね、でも見えないよー」
「いや、ここにガイドあるし…」
「マジで!早く言ってよ!あぁ、あのちっこいのかな?すごいねー」
「あぁ」
「ねぇ、見て、あれウチが働いてたキャバだよ。NGKとか流石に解からんか!」
「なぁ、こっちおいでよ」
「ん?何、何?」
「こっち座りって!」
「えー、そっちは降りるときに座る」
「あっそ!・・・せのり、あのずっと向こうのデッカイビルの横のあのあたりにこんなんあるん解かる?」
「え、どんなん?」
「こんなん」
彼は指で空気中に絵を描きながら説明する。
「あれ?」
「その辺かな、そこ今の俺の会社」
「へー、ゆうじはあそこで働いてんのかー」
「で、いっぱい緑が生えてるとこをずーっとこっちに来たとこが、住んでるとこ」
「えー、会社遠くない?」
「そうやねん、朝が辛くてな…」
「大変やね~」
「せのり、そろそろこっちおいでよ」
「ん?」
「こっちおいでって、天辺なったらチューしよう」
「え!?やーよー、恥ずかしい」
「だから天辺なんやんか」
彼にぐっと手をつかまれ彼が私の席に飛び込んできた。
狭い席に二人並んで座った。
すごく緊張して体がカチコチに固まった。
もう景色をみる余裕はない。
それでも、外を眺めようとした、照れ隠し。


先行く箱の窓が見えなくなった。
私たちが乗っている箱を支えているポールももう直ぐ真っ直ぐに立とうとしている。
私たちが時計になったみたいだ。
ゆっくり針は12時を指す。
彼がゆっくり近づき、私は少し体をすくめた。
彼の唇が私の口をこじ開ける。
舌が絡まってきて、思わず息を漏らした。
激しく吸い付かれ舐められ絡み合う。
声を漏らす私の唇からそっと離れる彼。
少しの間見つめあった。
もっと・・・。
そう思ったけれど、窓の外に後から来る箱の陰が見え始め私は照れながら外の景色を眺めた。
もう帰りの景色なんて見えてない。
平常心が戻る頃には、HEPのビルの間だった。
ゆっくり箱から降り、先行く彼の後を追った。
恥ずかしい…周りの人にキスして帰ってきたと思われてるんじゃないかと自意識過剰になった。


そうだよな、そうだよな。
観覧車ってそういうもんだよな…。
今までの観覧車の会話を思い出し、本当に恥ずかしくなった。
あぁ、やっぱり私、お子ちゃまでした。



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HEP5観覧車