145.暗闇の夢 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

145.暗闇の夢

朝、私を家まで送り届けたあと、彼はソフトへ行った。
病院行けよ、元気でな、風邪引くなよ、夜更かしするなよ、彼は最後の最後までドリフのエンディング並に私を心配していた。
私はうんうんと頷くのみ。
徐々に、別れ際が上手くなってきた。
また会えるという確信が私の中で大きく育っている。
<そろそろ帰るわな。短い時間やけど、せのりと一緒にいれてよかったよ。今度保津川行こうな。10月の連休に。改めて思ったけど、せのりはショートの方が絶対似合うで。大好きやで>
夕方、ソフトを終わらせた彼からメールがくる。
私はやっぱり、何故か彼に好きだと言われると切なくなった。

彼の好きが確かなもだと感じることで、自分に自信がなくなりつつある。

こんな私・・・。


翌日の夜、残業帰りの彼から愚痴を交えたメールが届く。
そしてそんな愚痴の最後に私へのメッセージ。
<時間かかってもいいから、少しずつ自分のやりたい事を探せよ。応援してる>
仕事を辞めて、ずっと家にいる私を彼はとても心配していた。
放っておけば徐々にヒキコモリ始める私を見ていて嫌なんだろうなと思う。
やりたい事に一生懸命で、何でもいいからとにかく一生懸命な人が多分彼は好きなんだ。
私も、そんな人が好き。
「でも…」今はそんな言い訳が、自分を取り囲む。


彼と何度か夢の話しになった事があるけれど、二人とも曖昧に話をそらしてきた。
彼の夢の話は、多分私が余り興味を抱かないからだと思う。
「こんな話ししても詰まらんよな」いつも彼はそう言って話を終わらせた。
アパレルという言葉は、彼の口から教わった。
服飾関係だという事は分かったけれど、横文字が並び私はパニック。
イチイチ単語の説明をさせるのもなと思いながら彼の言葉を覚えた。
「ねぇ、偉くなるの?」私はいつも結論を聞いてしまう。
だけど彼は「どうかな。勝ち負けじゃないしな」言葉を濁しながら、遠くを見つめた。
真っ暗な未来が横切る。
私はいつもそれ以上聞かなかったんだ。
興味があるのは、アパレルなんかじゃなく彼だから。
彼がとても苦しそうに見えた。
もしかしたら、話を終わらせていたのは彼自身だったかもしれない。
私の夢の話は、いつも秘密にしたままだった。
「口にしたら駄目な気がする」そんな風に私はいつもいってきた。
本当は誰にも理解されない気がしてたからかもしれない。
無条件で彼はきっと応援してくれる。
そう思うのだけど、私はやっぱり誰にも言えなかった。
彼には夢のない空っぽ人間に見えていたかもしれない。


<夢はちゃんともってるよ。今は、ちょっとサボってるけど、頑張るね>
私は彼にメールの返事を打つ。
<早く良い仕事見つかるといいな>


だから、言いたくない。
仕事なんてなんでもいい、そう思う自分がいるから。
必要最低限の金があればそれでいい、そんな風に思う自分がいるから。
私は、進路を決める時期に職業へ夢を持てなかった。
生きるという事が精一杯だったんだ。
夢を人に聞かれるといつもその場しのぎの嘘をついた。
アイドルになりたいとか、店を持ちたいとか、看護婦になりたいとか、思いつく職業を並べた。

嘘というわけでもないけれど、夢とは言えないものばかり。
今もそう変わりはない。
できれば職にしたいと考える事もあるが、それよりも自分にとっては重要なことが存在する。
それが私の夢。
生きるための夢。
私がどう生きるかという事。
最終地点の私そのものが夢。
私はそれを人に上手く説明できない。
理解してもらえない気がしている。
きっと皆、仕事に結び付けようとするから。


ただ、夢ってどんなものでも絶対素敵である。
彼に心配掛ける私は、何にしたってだめだ。
それは自分でもよく解かっている。
家庭環境や好きな人を理由にサボっている。

どうでもいいやって気になってくる。


自信もないし、お先真っ暗だし、挫ける事ばかりだし、心許せる人間にしかこんな話はできない。
私たちはまだちゃんと夢を語れない。


<うん、仕事もみつける>

私はさりげなく自分の夢は仕事じゃないと言ってみる。
頭のいい彼はそれ以上聞いてこなかった。
もう少し待って欲しい。
夢を語れる自分になれるまで…。



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