141.妙徳山・華厳寺 | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

141.妙徳山・華厳寺

バスに揺られて1時間、賑やかな駅前を越え住宅街を抜け自然が残る静かな停留所で私たちは降りた。
停留所の喫煙所でとりあえずの一服。
「これからちょっと歩くぞ」
「そなん?うち、もうちょっとだけ疲れたかも」
「んじゃ、置いてくで」
「嘘、元気」
歩き出した彼に少し遅れて、私は彼の後を追う。
1軒のお茶屋の前で彼は私を待つ。
「疲れたか?」
「足痛い」
「スニーカー履いて来いって言うの忘れてたわ」
「ピンヒールで山登りってありえへんから」
「何でそんなもんいつも履いてんねん、似合わん」
「似合わんって!!ビックリ発言やわ!頑張ってんのに」
「俺、あんま好きじゃないで」
「ふ~ん、あっそ」
「これからこの階段を登りますけど・・・」
「うそ~」
私たちはお茶屋の向かいにある、石段をゆっくり登り始めた。
「こけんなよ、この上にお寺さんあるから」
「がんばる」


とても人気のお寺さんらしい。
参拝を終わらせた人たちと何人もすれ違った。
私たちと同じくして参拝しようとする人は前にも後ろにもいる。
「ねぇ、ここ人気?」
「まぁ、有名」
「ふーん、うち知らんかった」
「ここな、願い事が叶うって有名なんやで」
「そなんや、ゆうじは何お願いしたん?」
「受験も就職もここでお世話になった」
「ほんまや、叶うねんな」
3度目は何?そう思ったが何故か聞けなかった。
変な胸騒ぎがしたから。


しばらく登ると、人が渋滞していた。
「あれ?詰まってるよ」
「あぁ、これから説法聞くんやけど、定員あるねん」
「そか。ありがたい?」
「どうやろう…」


石段を登り終わって私たちはお寺の中へと案内された。
広い広間に長テーブルがいくつも並び、お茶と茶菓子が用意されていた。
すず虫がないている。
「ねぇ?」
「ん?」
「これ、食べていい?」
「お前のまず第一声は、茶菓子か!?」
「悪い?!」
こそこそと小声でしばらく話をしていると、住職のマイクパフォーマンスが始まった。
どっと笑いが起こるも…笑えない。
「ゆうじ、ゆうじ」
「ん?」
「これ、漫談?」
「あはは、近いかも」
「説法…いつ始まるん?」
「これ」
「あ・・・そ・・・」
笑えない冗談を聞き流しお茶を頂く。
説法も終盤に入り、やっと本題に入ったらしい。
私は聞き入った。
一応は、願い方の説明だったのだけど、なるほどなとも思った。


願うには順序というものがある。
芸能人に恋して彼女になりたいと願っても叶う筈がない。
だがしかし、芸能人と接点が生まれますようにと願えば叶わなくもないということだ。
願いが叶えばまた次の願いをすればいい。
商売上手だなとも思ったが納得してしまうお話だった。


住職の漫談、否、説法が終わり、皆が伸びを始めている。
「すず虫、見る?」
「うん」
広間の奥で飼育されている1年中鳴くというすず虫を見に行った。
「でかいね」
「あぁ」
「くさいね」
「あぁ」
「こんだけ居るとキモイね」
「あぁ」
「・・・・・」
「・・・・・」
とりあえずの感想はこれだけである。
「行く?」
「もうちょっと」
「え!?おもろいか?」
「うん」
「俺、もういいけど」
「・・・・行くか」
なんだかんだで私は生き物が好きだ。
眺めてるのが好きだ。
この好きに理由などなく、何とも微妙な鑑賞となった。


お寺を出ると彼がお守りを買ってくれた。
「お地蔵さんにお願いしてき」
「ゆうじは?」
「ん?」
「しないの?」
「あぁ・・・俺、まだ3つ目叶ってないから」
「そ・・・」
複雑に心揺らされながら、一人お地蔵さんの前に立った。
わらじを履いている。
名前と住所を言うことで、このわらじを履いた地蔵が家まで来て願いを叶えてくれるらしい。
マジで来たら怖い。
お守りを手の間に挟み、目をつむり地蔵に話しかける。
(滋賀県むにゃ市むにゃ町105番地の顔林せのりです。今一緒に来ている、ゆうじさんの彼女になりたいです。あ、ちょっと待って!彼女と別れて欲しいが先っすかね?いや、どっちだ…どっちだ…。うーん、彼女になりたいです)
目を開け、地蔵を眺める。
本当に来てくれるんだろうか。


振り向き手を振る彼の元へ駆け寄る。
また長い石段を降りる。
「長かったな」
「そう?」
「住所と名前と願い事だけやろ?」
「うん」
「1つだけやで」
「そんな欲張りちゃう!」
「まぁな、お前あんま欲ないしな」
「うん、願いっていうたら一つしか浮かばへん」
「何願った?」
「教えない」
「ま、お前の事やから恋愛事やろうけどな」
「・・・ノーコメント」
恋愛事だったとしたら、私が何を願うか彼は知ってる筈だ。
私の願いが恋愛だと言う彼は、わざわざその願いをさせに私をここへと連れてきたということなのだろうか。
願いが叶うすず虫寺。
今すぐにでも確かめたかった。
私の願いは叶うのかと…。


石段を降り、目の前のお茶屋で休憩をすることにした。
二人同じあんみつを頼み、そのうまさに感動する。
「願いが叶ったらお守りを返しにくるんやで。来かた覚えてる?」
「一緒には来てくれへんの?」
「そんな言い方じゃ来たらへん」
「一緒に来て」
「えぇよ、またあんみつも食べよな」
「うん」
「願い叶うといいな」
「うん、ゆうじのも叶うといいね」
「俺のはもう叶わんかもしれんかな」
「そ・・・。じゃ、お守り返して新しいお願いせやなな」
「そうやな…」
気まずかった。
何だか気まずかった。
彼は3度目の参拝を誰としに来たんだろうか。
未だ叶わぬ願いって何?
私は何故、今日、彼にもバレバレな願いを一人でせねばならなかったのだろうか。


バスに乗り1時間の道のりを肩寄せあい眠った。
~次は京都駅前~
バスのアナウンスに目を覚まし二人寝ぼけ眼でバスを降りる。
「疲れたね」
「うん」
私たちは疲れと眠さで言葉を失う。
ただ、手を繋ぎ歩いた。
電車の切符を買い、ホームで電車を待つ。
私たちの地元へ帰る電車が来て、また二人肩を寄せ合い眠った。



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妙徳山・華厳寺 鈴虫寺
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