136.愛してくれますか? | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

136.愛してくれますか?

私は家へ帰り、お風呂に入ってジャージに着替え、直ぐに布団へ入った。
彼の言葉を信じなかったわけじゃないけれど、どうしても会えないと思ったからだ。
そして例え嘘だとしても言い訳できるように。


1時間とちょっとしてから、彼から電話がなる。
「はい、もしもし」
「出てこれるか?」
「本当に来たの?」
「あぁ、嘘なんかつかない」
「会えないよ」
「何で?」
「もうスッピンだし、ジャージだし」
「嘘だと思ってたんか?」
「だって、明日仕事でしょ」
「いいから、そのまま直ぐに出て来い」
電話を切られ、私は彼の元へ向かった。


車に乗り込み彼の顔を見ると、とても怖い顔をしていた。
「とりあえず、湖岸まで行くから」
「うん」
湖岸通りの駐車場まで無言だった。
とても居心地が悪かった。
「何された?」
「怒ってるの?」
「怒ってるよ」
「ごめんなさい」
「お前に怒ってるわけじゃない」
また、私は端折って彼に話をした。

彼は、ハンドルを力いっぱい殴りつける。
本当はあの力で私を殴りたかったんじゃないかと思った。
「警察行け」
「嫌だ」
「気持ち解かってやれないけど、行け」
「嫌」
「ついてってやるから」
「嫌」
「何で?お前、犯罪者野放しにするつもりか?」
「それは何の正義感?誰を守ってるの?」
「・・・・・」
「警察に行って、心晴れる女ばかりじゃないの!警察官に気持ちいいと感じましたか?って言われてなんて答える?あなたに好意はなかったのかと聞かれてなんて答える?きっと上司は否定する。もっと強く噛んでくださいと言いましたって言うの?君、本当は自分で胸触って気持ちいいって言ったそうだねとか言われて何て答える?レイプレイプってそんなものに属される事が嫌なのよ。愛のないセックスなんか今まで何度となくしてきたわよ。私の体を触った奴なんて腐る程いるの。確認、確認、確認、私は何度この話をしたらいいの?このままが一番楽なのよ」
「じゃぁ何で俺に連絡してきた」


素直になりたかったから・・・。


そう心で呟いたら、涙がどっと溢れた。
急に胸がズキンと痛んだ。
やっと傷のある場所を見つけられた。


彼は躊躇なく私を強く抱きしめた。
不思議だった。
私の体を気持ち悪いとは思わないのだろうか。
数時間前に他の男が舐めまくったこの体を汚いとは思わないのだろうか。
私は、そんな彼の体が嫌だった。
何故、私を抱きしめられるの?
「逃げるなよ。もう俺の前から消えないでくれ」
抱きしめながら彼はそう言った。
私の行動パターンは単純なんだな。

親友と同じことを言うし、数時間前私も同じことを考えた。

過去に彼の前から姿を消したこと、覚えてたんだ・・・。

だったら私はどうしたらいいの。

体が震える。
私は彼の腕をはらいのけ、彼の顔じっと見つめた。
なんだろう、とても寂しい目をしている。
私はどんな風に映ってるの?


私は彼の前で服を脱ぎ裸になろうとした。

ジャージのジッパーをおろす。
彼はそんな私の手を握って止めようとする。
「お願い、私に触れて、抱くならちゃんと抱いてよ」
「大丈夫だから!無理するな!大丈夫だから」
「お願い、お願い、お願いします・・・」

「落ち着けって」

「やっぱり、私に触れないんじゃん」
彼はそのまま私をまた強く抱きしめた。
「離さないから」
ギュッと力を入れて抱きしめられる。
「離さないから」
何度も何度も彼は私を強く抱きしめた。


彼が優しい。
とても優しい。
その優しさに素直に甘えられない。
その優しさが充分に私を傷つける。
その優しさで恐怖や悲しみが蘇る。

上司の車の中よりも、帰宅途中の電車の中よりも…。
今日という日、彼の優しさが一番辛く一番苦しい。
ありがとう。
私は女であることができた。
ちゃんと傷つく事ができた。
涙を流すことができた。
こんなにも人を好きでいるということが苦痛だとは思わなかった。


少し落ち着いた私の肩を持ち、そっと顔を覗きこむ彼。
相変わらず彼の顔は寂しそうだった。
「せのり・・・」
「はい」
「せのり・・・」
「はい」
目を俯かせ、彼は黙った。
何を言おうとしているの?
もう一度、目を見つめられた時、彼の目の力に吸い寄せられた。
何?
一呼吸置いて彼は一言言った。


「愛してくれますか?」


頷くだけが精一杯だった。
何度も何度も頷いた。


彼には敵わない。

こんな台詞ありか!?って思った。

こんな私を愛して欲しくないと思った。

だけど、こんな私はやっぱり彼を愛してる。


心が軽い。

これを癒しというのだろうか。

不思議な気分。

何処を探しても私の心に怯える過去はなかった。


またそっと抱き寄せられ、しばらくずっと無言のまま彼の温かさを感じていた。

この温もりが私を癒している。

こんな幸せなことってあるだろうか。

ただ、この温もりがパンドラの箱ではないのだろうかと疑った。

この温もりを失いたくない。

この温もりを失った時、解き放たれる恐怖は訪れるのだろうか。

私の傷が完治してなくてもいい、パンドラの箱でもいい、ずっとこの温もりがある限り…。

愛してます。