115.キスが欲しいわけじゃ | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

115.キスが欲しいわけじゃ

「え?!何で泣いてんの!?」
ラケットとボールを持ってカラオケの部屋に戻ってきた彼がビックリしたような声を上げる。
「置いて帰らないよー。ラケット取りに行っただけやし」
彼は私に寄り添うように隣に座り、頭を撫でてくれる。
「鼻゛水゛でだ、ぐずっ」
彼は急いで私の鞄からティッシュを出し、私の鼻にあてがう。
「自分で出来るよー」
色気もなく鼻をかむ私の頭を優しく優しく撫で続ける彼。
「ほんまにどうした?何かあんだろ?言えよ」
「うぅん、ホント解かんない。煙草の煙かもしれへんわ」
「ちょっと煙いかな・・・」
彼はそれでも頭を撫で続ける。
「目、大丈夫か。目ぇ見してみ」
私はマスカラが落ちないように目をティッシュで拭いてから、彼の目を見つめる。
「上向いてみ」
私は、言われたとおりに上を向く。
「下向いてみ」
私は、言われたとおりに下を向く。
「うん・・・目ぇつむってみ」
私は、言われたとおりに目をつむる。


・・・うぅん・・・


長く、熱い、彼のキスが私の体を砕けさせる。
力が抜けゆく体を、彼は強く強く抱きしめる。


そっと目を開けると、彼はとても笑顔だった。
このキスで私が元に戻ると言いたげで、自信ありげにみえた。
私は彼のキスを求めていたのだろうか。
判らないけれど、嬉しかったので彼の笑顔を信じようと思った。
彼のキスで涙は止まる・・・。
だけど、私の心はぼんやりしていた。


自分でも涙の理由が気になって、仕方がない。

ポカンと放心状態の私の手を引き卓球場まで彼に連れてゆかれる。
「よし、やろう」
彼は私にラケットを手渡し、台の向こう側へと駆け足で向かった。
「打つよ」
「う゛ん」
しばらく、へなちょこボールで打ち合った。
楽しさが、私に子供みたいな笑い声をあげさせる。
笑顔の戻った私に彼は大きく勢いをつけ・・・嫌だ!
ボールを打ち返すことも忘れ、私は体をガードした。
彼が打ったスマッシュボールは、私の体に跳ね返りコロコロと床を転がってゆく。
「もぅ!何するんさ!」
私は急いでボールを追いかける。
少しはしゃいでいた。
何もかも忘れて。
ボールを拾い、戻ってくると、彼は椅子に腰掛け煙草を吸いながら休憩していた。
「痛いな!アホー」
「あはは、何かS的なもんが沸き起こってんな」
「キモッ」
「あはは、でもあかんわ、もうおじいちゃんかなー。ちょっと動いただけで疲れた。あぁ、眠い。家帰ってふかふかの布団で寝たい」


ちょっと待って、帰りたいって・・・何?
何かムカつく。
疲れただの眠たいだの帰りたいだのって、さっきから一体何なの?
「帰って寝れば」
「いいの?」
「いいよ、早く帰れ」
「やったー、ゆっくり寝れる。ぐっすりや」
「そんなに嬉しい?」
「あぁ、もうネムネムやもん」
「あっそ、早く帰ろ」
「怒ってんの?」
「怒ってる」
「機嫌直してよ」
「直して欲しかったら、自分の態度直したら?」
「せのりがいいよって言うからやん」
「じゃ、怒ってなかったら帰ってたん?」
「帰らへんよ、ずっと起きとくよ、ずっと側におるやん」
「じゃ、二度とそんな事言わんといて」
「ごめんね、試しただけや」
「試さんといて、ムカつく」
解かってた、彼が冗談だってことは。
笑顔でヘラヘラと、ぷっくり膨れっ面なんてしてみたら、「あはは」で済む話だったかもしれない。
虫の居所がわるかった・・・多分。
泣いたり怒ったり、今日の私は最悪だ。


しばらく無言でお互い煙草を吸ったりして、椅子に腰掛けてた。
彼は吸い終わった煙草を灰皿に押し付けながら、少し戸惑ったような口調で話しかける。
「せのりー、お腹すいたな」
「うん」
私も戸惑い隠せない。
「何食べたい?」
「・・・ケーキ」
「ケーキ?!・・・ケーキか・・・」
「・・・・」
「よし、ケーキ賭けて卓球勝負!」
そう言うと彼はラケットを握り、卓球台へ駈けて行った。
私もラケットを掴み、ゆっくりと卓球台へ近寄る。
「真剣勝負やで」
そう言う彼は、ゆっくりと緩やかなカーブを描くサーブを打ってきた。
さっきのへなちょこラリーと変わらない。
だけど、10球ほどラリーが続くと、彼は勢いつけて球を打ち込んだ。
その度に私はボールを拾いにゆく。
最後のボールを拾いに行き、戻ってくる時・・・また私の目には涙が浮かんでた。
そんな涙に気付いたのか気付いていないのか、彼は私に笑顔をくれる。
「さ、ケーキ食べにいこうか」
「うん・・・」
「お前のおごりやで」
「うん・・・」


後片付けを済ませ、彼は後からついてゆく私を気にかけながら受付場まで歩を進める。
彼に追いつく頃には精算は終わっていて、彼は私の為に出口の戸を開けてくれる。
チラッと彼の顔を見て、私はアミューズメントビルから外に出た。
彼の車に近づくと、ガチャっと車の鍵が開く音がする。
私は車のドアを開け、車に乗り込み肩を落とした。
彼も続いて車に乗り込む。
微かに彼のため息が聞こえたような気がした。


彼は携帯をチェックしている。
4時間近く放置した携帯をチェックしている。
思えば彼がこんなにも携帯を眺めている姿は初めて見たかもしれない。
早く携帯を置いて欲しい、そう思った。
少しだけ、携帯を携帯しない彼の優しさが判った気がする。
私は見ていないフリをした。
また、泣いてしまいそうだったから。
何となく自分の涙の理由にも気づいたきがする。
少しだけ辻褄が合わなくてスッキリしないものだけど・・・。



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