86.彼女になりたい | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

86.彼女になりたい

ずっと知らないフリをしてきた。
そうする事で楽しめると思った。
だけど、知らないでいることに何の意味もない。
知らないフリをすることで、また一つ私の心に傷。
そんな傷さえも私はずっと、知らないフリをしてきた。
傷つく心避けて心傷つける。
どちらがより苦しいのかという意味のない対比。


だけど、認めたらきっと大切なものを失ってしまうに違いない、そう思ってたんだ。


2時間後、また彼から電話が掛かってきた。
「ごめんね、まだ実は仕事中なんだ」
「うん」
「まだ、泣いてんのか?」
「泣いてない!」
「泣きたい時に泣くって事はいいことだよ。でも、せのりの場合はもっと気持ちをコントロールしなきゃ駄目だ。悲しいか?違うだろ?泣いて、過呼吸になって自分苦しめちゃだめだ。解かった?」
「うん・・・」
「話、始めるけど、泣くなよ」
「う゛ん・・・」
「泣いてるし・・・」
「泣いてない!馬鹿!!」
しばらく、彼は私を落ち着かせる為に必死だった。
いつもより、ゆっくりと話す彼。
いつもより、優しく話しかける彼。
そんな「いつもより」が、私の心を穏やかにした。


「お前の気持ち、全部話して欲しい」
「全部?」
「そう、何処からでもいい。思いつくところから」
「・・・彼女の事好き?」
「あぁ、正直ずっと好きでいた人だよ。急に嫌いになりましたとはなれない」
そんな彼の台詞を聞いて、鼻水が垂れる。
ズズズッとスゴイ音がする。
泣くな自分!と、思っていても鼻水が・・・。

「ウチ…あなたが好き」
「うん、俺も好きだよ」
「ウチは…あなただけが好きなんよ」
「ごめんな」
「ウチ…ずっと…」
私は同じ言葉を繰り返した。
繰り返し繰り返し言う内に、感極まってまた言葉につまり泣いてしまった。


「うん…そうだな…お前の好きと俺の好きは違う」
「うん」
「お前は俺の事なんで好きになった?」
「何で?…よく、解からない。いっぱい好きだけど解からない」
「だよな。前に好きだった奴と俺は一緒か?」
「違う!」
「うん、俺は卑怯で駄目な男かもしれないけど、お前に『愛してる』って言ったけど、愛って何か解からない。確かに彼女が好きで付き合ってきたわけだけど、彼女に何を求めているのか解からない。付き合う意味も別れる意味も解からない。恋愛に一生なんてありえないかもしれないけれど、俺はそんな風に考えてる。恋愛と結婚は別かもしれない。だけど、一生ってそういう事だと思ってる。だけど、結婚に求めるものと恋愛に求めるものと今俺が求めてるものにギャップがあって、どんな人と付き合っていくべきかってのが自分ではよく解からない。でも、正直で居たいと思う自分も居て、せのりの事を『愛してる』と言う言葉で表現した。理解できるか?」
「うん、彼女も好き、私も好き」
「うん、まぁ、そう」
彼の言ってることは多分理解できた。
え?何?って思う人に、彼の事を私は説明できないけれど、彼の言葉達がすんなり私の心の中に入ってきたのだ。


「ウチは…ウチは…」
言葉が出てこない。
今思えば、言葉に詰まるほど聞きにくい状況でもなかった。
彼はちゃんと答えてくれるし、私に不利なことは一切なかった。
だけど、やっぱり詰まる。
「ちゃんと言わなきゃ解からないよ」
「ウチは…ウチは…」
それでも出てこなかった。


「ごめんな、俺、お前の事苛めすぎだよな。本当は、お前が言いたいことも全部解かってるし、俺が言うべきことなのかもしれない。だけど、俺はお前に言って欲しいんだよ。驚いたり退いたりなんてしない、だから、言って欲しい」
「…今まで付き合ってきた人には皆、彼女がいた」
「そうだったな。またかって思うよな」
「いつも、捨てられてきた」
「また繰り返すかもって思うよな」
「ずっと2番だった」
「でも、俺は2番だとか思ってないよ」
「でも・・・」
言葉に詰まる。
私は次に出てくる単語が言えない。

そう、これは彼女じゃない恋愛。


「俺はお前が必要だよ」
「彼女も必要?」
「それは解からない」
「そか・・・」


しばらく無言だった。
彼は私の言葉を待っている。
私は、何とか吐き出そうと試みる。


「あ、はい、今行きます」
彼が電話の向こうで声を上げた。
「ごめん、俺、まだ残業中でさ」
「うん…仕事戻らないとだね…」
「まぁな」
「聞いてくれる?もう少しだけ」
「あぁ、待ってるよ」


そして、少しの無言の後私は、片言になりつつあの言葉を口にした。

「ウチ…あのね」
「うん」
「うんとね」
「うん」
「えっとね」
「うん」
「彼女…に…なりたい…の」
「あぁ、お前の事これからちゃんと考えてくからな。それから?」

「もうない」

「ない・・・か・・・。うん、まぁ、今は充分か・・・」

「何?」

「えぇよ、もう。初めてじゃないか?こんなに感情だしたのは」

彼の声が少しだけ嬉しそうに聞こえた。
「うっ・・・ウグッ・・・ヒクッ・・・グズ」
私は、緊張の糸が緩んで大声で泣いてしまった。
泣いてしまった私を止めることなく、泣き止むまで彼は待っていてくれた。


「でも・・・辛いよ・・・辛いよ・・・」
「ごめんな」
「嫌だよ、彼女の居る人なんて」
「ごめん」

「でも、好きなの」

「俺も好きだよ」
「知りたくなかった。知ってたけど、知らないフリしてたかった」
「ごめん」
「彼女は私の事知らないんだ・・・」
「ごめん」
「私だけ苦しいんだ・・・」
「ごめん」

彼はまた仕事が終わったら電話すると言って、電話を切り仕事に戻って行った。


知ってしまった私の心はどうなってしまうのだろうか。
想像以上に胸が痛む。
今更の感情は、やっぱり何かを失いかけようといるのかもしれいない。


精一杯もがいてみる。

私はまた、そんな「もがき」さえも知らないフリをしようとしている。


たった一つ守りたいだけなのに・・・。
伝わらない気持ちがある。



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