84.ワガママ言えない
彼が帰ったのを確かめてから、靴を脱ぎダラダラと足を引きずりながら居間へと入った。
何だかドッと疲れた。
私は腰が抜けたかのように、居間のクッションへと座り込んだ。
そして、携帯を開きメール画面を呼び出し彼へのメールを考える。
何も思いつかなかった。
否、それは嘘。
沢山の想いを私は選び切れない。
そして、選んだ言葉は全て嘘に思えた。
全部全部、私の本当の気持ちなのに。
家族の夕飯を作りながら、私は彼へのメールを考えた。
時間だけが過ぎてゆく。
玉ねぎのツンと鼻を突く匂いに、思考へとトリップしていた私が現実に戻される。
換気扇・・・回そう。
換気扇のスイッチに手を伸ばした時、外がもう日を落としたことに気付く。
どうしよう・・・。
すると、催促するかのように彼からメールが届いた。
<もうメールしてくれないの?俺は楽しかったよ。また会いたい。言いたいことがあるなら、ちゃんと言えよ。言わなきゃ解からないんやから。でも、ごめんな、側にいてやれなくて。やっと仕事終わったよ>
見透かされてる気がした。
試されてる気がした。
そして、言わなきゃいけない気がした。
でも、言えないと思った。
彼の彼女の事が私の心を複雑にしていること。
<すごく楽しかった。ユウジとセックス出来て嬉しかった。でも、気持ちを言葉にする事は、やっぱり私にはまだまだ難しいよ。メールしなかったんじゃなくてずっと考えてた。ワガママは言いたいけれど、そのワガママを聞き入れられると私はどうしていいのか解からなくなる。だったら言わない方がマシだと思ってしまう。だから、言えないよ。ずっと側に居て欲しいから。このままで居て欲しい>
私がこのメールを送ったのは、深い夜を迎えてからだった。
このままでいいじゃない。
そう思った。
ずっとズルイ関係でいいじゃない。
乱されたくない。
失いたくない。
自分が本当に願うことよりも、そう思う気持ちの方がずっとずっと大きかった。
翌日、彼からのメールで目覚める。
<おはよう。メールありがとう。嬉しくて幾度も読み返したよ。そやな、気持ちを言葉にするのは難しいね。けど、聞けるワガママは言いなさい!せのりは受け入れられると退くって言うけど、俺は聞けるワガママならタイミング次第で叶えてやりたいと思う。無理は無理って言うけどね。ほな、仕事いってきます>
そして、言えないとやっぱり思った。
だって、無理難題なんだもん。
私のワガママはきっと、彼にとっては無理なことなのだ。
だけど、彼が私に言わせたがっていることはよく解かった。
言ったらどうなるというのだろうか。
言ってどうにかなるのなら、言わずとも何とかして欲しい。
試されていることに少しだけ腹が立った。