73.緊張する | 彼女じゃない恋愛*愛した男には彼女がいた

73.緊張する

暇を持て余す時間が流れた。
彼は一人ラブホに入ったっきり返ってこない。
妙に緊張感が解れてしまった。


一人時間を持て余すと、女は化粧を直したくなるもの。
違う?私だけだろうか。
あと、数分後には流れ落ちるであろう化粧品を贅沢に使う。
普段ならケチケチ使っているにも関わらず。


それでも彼は返ってこなくて、打つ相手など居ないのに携帯のメール画面を開いてみたりした。
開いてみれば、何か思いつくだろうなんて安易な考えも見事に崩れ去る。
最後にもらった彼のメールを読んで、携帯を閉じた。


しばらくぼーっとしていると、彼が窓の外にいて、窓を開けるようにジェスチャーしていた。
「もう少し掛かりそうやけど、車で待ってる?それとも中で待ってる?」
「一緒に行く」
彼は優しい。
でも、時に私が感じる優しさがズレる。
一人にしないでよ・・・私はそう思うのだ。


彼に手を引かれ、ラブホに入った。
目の前には大きなパネルに部屋の写真が並んでいる。
そのパネルは今は未使用。
全ての部屋のランプが消えていて「いらっしゃいませ」という機械音だけを響かせていた。


大きなパネルを回り込むと不自然な位置に疎らにソファーが並んでいる。
沢山のカップルがその一つ一つに座ってた。
私たちも、一つのソファーに腰掛けた。
あんなに沢山ソファーが並んでいるのに、座ると誰一人として顔を合わせる事がなかった。
不思議な配置だ。
敷居などの圧迫感など何もないのに、凄いと思った。


「何か飲む?」
「うん」
「うんじゃないやん普通」
「何よ、普通って」
「お前ってホンマお姫様よな」
「ムッ」
「私が取ってくるよ。とかないの?」
「いいよ~取ってきてあげるから」
「その言い方じゃ嫌や」
「ふぅ・・・・何か飲む?取ってくるよ」
「マジで?!初めてや。やればできんじゃん!」
「嬉しそうに・・・」
「お前が照れるこっちゃないやん」


何となく、沢山の照れが交じり合ってた。
彼とこうしてここに居ることとか、彼がワガママを言ってくれてることとか、普通という女の子らしいことをしようとしていることとか、彼が嬉しそうにしてくれることとか、私が素直に彼を聞き入れていることとか・・・。
可愛くいたいと思うこととか。


セルフサービスのドリンクバーで、爽健美茶をコップに入れた。
まずい・・・。
振り返ると、迷子状態だった。
私の悪い癖なのだろうか、私は迷子になると相手を探さない。
その場にぼーっと立ち尽くす。
仕舞いには座り込んでしまう。
無意識の内に迎えに来て・・・そう思うのだ。
昔からそう。
三つ子の魂、百まで・・・。


「せのり」
彼が私を呼んでくれた。
「何してたん?」
「・・・・判んなくなった」
「こんなとこで普通迷子になるか?!」
「・・・・」
「ありがとう。お前も飲むか?」
「うん」
「あ、ちょっと待ってて」
「何?」
「部屋できたみたい」


何をどう気付いたのか、彼は大きなパネルに向かって行った。
そして、何も変わった様子もなく戻ってきて、私の頭をポンポンと軽く叩く。
チラチラと2・3度辺りを彼は見回し、「エレベータあった」と私の手を引き連れられる。

エレベータに乗り込み、しばらくして戸が開く。

私たちの部屋のナンバーが光っている。
誘うように。
ピカッ・・・ピカッ・・・ピカッ・・・。
少し心臓の鼓動よりも早いランプが私を少し緊張させる。
心臓がランプに合わせて踊りだす。
ドクッ・・・ドクッ・・・ドクッ・・・。


部屋のノブに彼が手を掛けた。

「緊張するな」
彼がそう言ってくれたからかな。
嬉しくて笑顔になったんだ。


彼の手によって、ドアが開こうとしている。



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