71.俺が死んだら・・・
「準備できたか?」
昼過ぎ、夕方少し前、彼が私の家の前まで迎えに来た。
今日は準備万端なのだ。
もう何度もチェック済みだ。
何時間も前から準備をして、彼を待った。
待つのが嫌いだと言う彼を待たせたくない。
多分違う。
私は常にギリギリだった。
これも最後のチャンス・・・怒らせたら終わり・・・。
彼の元へ急ぐ。
「よし、可愛くしてきたな」
「何よ!」
「照れるなや」
「照れてないよ」
ドキドキする。
「映画見に行こうか?俺、忙しくてずっと『世界の中心で愛を叫ぶ』見たかってんけど見れてないねん。えぇか?」
「うん」
言葉少なめだ。
車に乗り込んでから、ずっと灰皿に入った匂い玉の数を数えている。
緊張する。
「チュウしようか」
「え?!何?急に・・・」
「いっぱいキスしようって言ったやん」
「家の前だよ~」
軽く彼は私にキスをした。
自然に閉じる目。
そっと目を開けると、彼の顔がまだとても近い。
慌てて左側に顔を背けた。
「さ、行こう!」
弾む彼の声に笑顔になる。
近くの映画館に車を走らせ、駐車場に車を止めた。
・・・・うっぅん・・・・
声が少し漏れる程の熱いキス。
もう私の唇に口紅は残っていない。
車を降りて、彼の後を追う。
相変わらず足が速い。
「もう、遅いな!」
そう言いながら、彼はゆっくり歩きながら手を差し伸べる。
「これなら早く歩けるだろ」
私は彼に引っ張られながら、彼の後についてゆく。
映画館があるビルのエレベータに乗り込む。
ぐっと強く手を引かれたかと思った瞬間に、私は彼の胸の中にいた。
「ずっとこうしたかった」
チーンという音と共にエレベータのドアが開く。
とても短いハグに、とても驚いた。
緊張がとけることはない。
調度、映画が始るところで、予告上映が始っていた。
暗闇の中、席につく。
映画が始り、映画の世界に入り込んだ。
そんな片隅に、彼の手の温もりを感じる。
ずっと、手を握られている。
時折、握りしめられる。
彼の感動が伝わってくる。
上映が終わり、二人で琵琶湖を眺めながら煙草を吸った。
「どうやった?面白かった?」
「うーん、死ぬのはちょっと・・・」
「感動せんかった?」
「別に死ななくてもいいじゃん」
「まぁそうやけど」
「きっと死ななくても感動できると思うんだよね」
「ま、冷めて見ればズルイ展開やわな」
「生きてる方がどれだけ感動することか・・・」
「俺が死んだらどうする?」
「解かんないよ」
「泣く?」
「解かんない」
「解からんか・・・」
「死なんて考えないよ」
悲しい・・・そう言えばよかったかな。
でも、本当に解からないと思った。
私はまだ死を理解できないでいる。
突然、居なくなる事の寂しさはよく解かる。
だけど、死ぬって何?
想像つかなかった。
会いたい、そんな風にもう思えない死って・・・。
死ななくても、愛は叫べるのだ。
死んでしまったら、愛は永遠なの?
私は、ただただ横にこうして彼が居るという奇跡に感動する。
だけど、ちょっと残念そうな彼の顔を見て、私は黙ってしまった。
「飯でも食いに行くか!」
そう言われて、近くのレストランへ向かった。
私が死んだら、彼は泣くんだろうか。
多分、私には彼がこうして側にいることの方が不自然なのだと思う。
居なくてあたりまえ、そんな風に感じているのかもしれない。
だけど、いずれ彼が居なくなる事を考えただけで、悲しくなるような存在に彼はなっていくのだと思う。
ずっと側に居て欲しい。
ほら、そう思うだけで少しだけ別れの時が悲しい。