○貴美子の下宿先(夜)
玄関すぐの廊下に赤電話が置いてある。
その斜め前が貴美子の部屋である。
赤電話が鳴り出す。
──一回…二回……五回目に一号室の部屋のドアが開いて貴美子が出て来る。
貴美子「(受話器を取る)……はい若葉荘で ございます」
陽子の声「……あっ、貴美子!?」
貴美子「あっ陽子!」
陽子の声「(くすくす笑い)もう寝てたんでしょう?貴美子のことだから」
貴美子「ううん。まだ起きてたの。いろいろと、まだやることが残ってて」
陽子の声「そう」
貴美子「うん。……ところで何?」
陽子の声「……実はね、明日がオーディションの予選なのよ………で、明日勝に会ったらさ、授業出れないって伝えてほしいわけ……それがねえ、勝の奴と連絡つかなくってさあ」
貴美子「勝君に会ったら陽子から伝言あったと言えばいいのよね?明日そう伝えとく」
陽子の声「うん、頼んだわよ。それじゃあ。よろしくねぇ。おやすみ~」
貴美子「……うん。じゃあ明日頑張ってね。おやすみなさい(受話器を置く)」
○川井のマンション・入り口(続き)
直樹がしゃがんだまま時計を見る。
約束の時間は当の昔に過ぎている。
あたりは、ひっそりと静まり返っている。
たまに、車の音が聞こえるくらいである。
そうしているうちに。
笑い声が聞こえてくる。
直樹、すくっと立ち上がり、近づいて来る笑い声の方を向いている。
すると──路上の方から声の主が近づいて来る。酔ったアベックのようである。
それは若い女性を連れた川井である。
川井が連れている女性は、担当番組の制作会社のユミ(吉田由美/24才)である。
直樹「先生、こんばんは!」
川井「おおっ、直樹!だいぶん待っていただろう。悪かったな。実は仕事の打ち合わせが長引いちゃってね。あっ、とにかく部屋の中に入って(ドアの鍵をかける)」
直樹「先生!陣内君は今日連れてきませんでした。用事があったみたいですから……」
川井たちの後に続いて入る。
○川井のマンション・室内(続)
室内はワンルームである。ごちゃごちゃと雑然としている。
川井「おっ遠慮なく上がってくれ。ひと部屋だから狭いけどな。まあ上がれよ」
ユミ「おじゃましま~す……すごいわねえ(しかめっ面で)」
川井「なにが?」
ユミ「このちらかりよう。たまには掃除しているの?(初めて来たらしくびっくりしている様子)」
直樹、玄関に立っている。
川井「お~い、直樹(親しげに)そんな所に立ってないで早く上がれ(手招きする)」
直樹「失礼します!(一礼)」
上がると、あたりを見回している。
川井「こっちに来て、座れや。一応お互いに紹介しとこうかな。こっちの彼女は~今担当している制作会社の吉田由美君。えーと、こっちは教えている学校の生徒で一 群直樹君だ。ユミには、さっき話をしただろう。直樹はいいセンスしてるんだよなあ」
ユミ「ナオキ君も演出めざしてんの?」
直樹「はい。できれば映像関係の演出をやりたいと思っています」
川井「うんうん(満足そうに)さて!出会いを祝ってパーっと飲もう(戸棚から洋酒を持 って来る)ユミっ、台所からコップと、つまみになる物を持って来て」
ユミ「(台所に行き)コップ二つしかないわよ。あとは、コーヒーカップでいいかしら?(コップを洗いながら)」
川井「適当でいいから、早くもって来てよ」
直樹「先生、俺バイクで来てるから……」
川井「ナオキ、堅い事言うな!若い者が酒ぐらいビクついてどうするんだ!今日は泊まっていけばいいじゃないか!な!?(直樹の肩をたたく)」
ユミ「おまたせぇ(つまみとコップを持って 来る。回りを見る)トランプかなんか遊ぶ 物、置いてないの?」
川井「ん?カードなら、そこんとこ(指指す)」
ユミ「(指差した所を見る)あった。あった。みんなでトランプやろうよ!」
川井「その前に、みんなでグラスを待って乾杯といこうぜ(率先してグラスを持つ)」
ユミ「はい(グラスを持つ)ナオキ君も!」
直樹「……(成り行きでグラスを持つ)」
川井「では、乾杯~!」
ユミ「かんぱ~い」
直樹「……カンパイ!」
ユミ「早くトランプやろうよ~!」
三人、飲みながらトランプをし始める。
○貴美子の下宿先・表(続)
貴美子の部屋だけ明かりが灯っている。
○陣内貴美子に下宿先・部屋(続)
部屋の中は、きちんと整理してある。
貴美子、課題のシナリオを机に向かって、黙々と鉛筆で書いている。
○川井広幸のマンション・室内(続)
80年代のディスコ・ソングがガンガンと流れている。
三人(川井、ユミ、直樹)トランプに飽きてきたようである。ボトルが空になって転がっている。
ユミ「ねえ……(あくび)もう、そろそろお開きにしない?」
川井「そうだな。つまみも無くなったし……おい、罰ゲームしようぜ。ビリの奴が、みんなにキスをするってのは、どうだい!?」
直樹「いいですね~、それ(酔いがまわり、つい本音を口走る)」
ユミ「え~私が一番ビリよ。なんでぇ」
川井「直樹も賛成のようだから多数決で決まり。一番の奴とはディープキッス三十秒間は、すること。それでいいな!ユミ本番いくよ。よ~い!スタート!」
ユミ「やるの~ほんとに~じゃあ……(川井にもたれかかるとチュッと軽く唇を合わせ る)……はい終わり!」
川井「ユミ!今度はナオキに三十秒舌を入れて絡むんだ。ナオキ用意しろ!」
直樹「俺は(ひいて)……やっぱり遠慮しますよ」
川井「男だろう!ADになりたいんだろう?だったら早くやれ!」
ユミ「もう。この人は言い出したら聞かないんだから。さ、ナオキ君、早く終わりましょう」
ユミは直樹にもたれかかって目を閉じる。
川井「よしっ!本番いくぞよ~い・スタート」
直樹「……(とまどっている)」
ユミ「(ユミの方から唇を合わせてくる)」
川井「もっと気分を出して!ディープキス」
直樹「……(じっとしている)」
ユミ「(直樹に舌をからめてくる)」
川井「いいぞぉ!ユミその調子!」
直樹「(……心地酔い気分の中で貴美子の事を思い出していた)」
× ×
フラッシュ。
貴美子の顔。
× ×
川井「ハーイっ!カーットッ!」
ユミ「(直樹から離れて)シャワー浴びていい?(川井に訊く)」
川井「ああ、いいよ。ボイラーのスイッチは壁の横に付いているから(指差す)」
ユミはバスルームに向かう。
川井「ナオキ!よかっただろう。ユミはなんせ元女子大AVギャルなんだもんで、テク が違う、テクが!ハハハハッ!!」
○同マンション・バスルーム(続)
シャワーを浴びているユミ。
首筋から胸元にすべる右手。
あたりを見回すユミ。
ユミ「シャンプーさあ~どこにあるの?」
川井の声「切れてるから石鹸使っといてよ」
ユミ「ヒエー!驚いた。シャンプーも無いの」
○同マンション・室内(続)
川井「ナオキ来てよかっただろう。だいたいディレクターの仕事を本気でやろうと思っ てるのなら女を自由に扱いきれないとだめだな。金のとれるディレクターになりたい なら、女を多くこなせ。女が金持ちに集まってくるんじゃなくて、女を自由に扱える男になると自然に金もとれるようになる(尻を上げてブッ!と放屁)」
直樹「……(うつむいている)」
× ×
フラッシュ。
理想を熱く語る川井。
川井「……アフリカへ難民ロケに行った時に メディアの無力さと己の無力さを感じた。 (うっすら涙を浮かべている)わかるか?」
× ×
川井「ナオキ、もぉ寝ろ(酒臭い息を直樹に吹きかける)ハウッ~!」
直樹「……(端にあった毛布を頭から被る)」
ユミ「もうみんな休んだの?あれえ。なんか~臭い~」
川井「ナオキはもう寝た。こっち来いよ」
ユミ「だめだって、起きるわよ。ナオキ君」
川井「(ユミに無理やりおおいかぶさる)」
ユミ「だめ!今日は!(拒んでいる)」
川井「だいじょうぶだって!」
ユミ「いやよ!あっ!あっ!だめだって。ナオキ君おきちゃうよ(小声で)あっ!」
川井とユミがいちゃいちゃ絡み始める。
すると暗闇の中で直樹が勢いよく起き上がる。
直樹「先生!ADの話し無かったことにしてください!俺帰ります!(去る)」
川井「……そうか」
ユミ「……」
バイクのエンジンが掛かる音。
暗闇の中、バイクの音が遠ざかっていく。
(続く)
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続きの
「たまごはアンダンテに」第3話はこちらです
http://ameblo.jp/seishimon/entry-10571507414.html