鶴女房 | 不思議なことはあったほうがいい

 どうもこのごろ、昔話系に触れる機会が多いなあ。


 怪我した鶴を助けた若者、後日、この世のものとも思われぬ美女がおしかけ女房になってやってくる。別室(織屋とか、納戸とか)に籠って、数日後、とてもキレイな布を完成させて、是を売って暮らしの助けに……

 その布は、木下順二「夕づる」だとこんなかんじ。

「何せおめえ、美しい布だ」「鶴の千羽織―ちゅうだな?」

「天竺まで行かな見られん珍しい布だとよ」

「それはな、生きとる鶴の羽根を千枚抜いて織り上げた織物だ」

「あの女房、いったいどこから鶴の羽根など集めて来よるんだろ?」

 機織るところは見てはならないと、いいつけるが、そこはオトコノコ興味津々覗いてみれば、鶴が自分の羽根を抜いては織り、抜いては織りしていた! 正体のばれた女房は、去ってゆく。異類婚姻譚動物報恩譚「見るな」の禁忌の物語。そしてまた、このあと、男が女房を探して、鶴の棲む異国を訪問するという「浦島太郎」的話もある。


 で、疑問。果たして鶴の羽根で、織物ができるのか??


 いちおう洋服屋で仕事をしているので、いつも扱う生糸・毛・化繊のほかに、鳥の羽根なんてあるのかなあと考えてみた。出不精のこの撲がハワイビショップ・ミュージアムで見たのはカメハメハ王族たちが身に付けたという豪華なケープ。なんでも45万匹分のミツスイの羽毛を五世代かけて集めて作ったという超イイ仕事。羽毛(ダウン=体毛)といえば、現代ではモコモコしたダウンジャケットや高級羽毛ふとんにあるように、詰め物として使うのだとおもっていたが、これは縫い上げているというわけだ。しかし、これでは機織りではない。

 ギッタンバッコン、といえば京都・西陣。ここの伝統技には羽根(フェザー=飛ぶための毛)のほうを利用する技があった。クジャクの羽根をほごして細かくする。ほかの糸をよるときに、これを混ぜ込んで糸にして、横糸として織物に仕上げるというのだ。

 どっちにしても超高級。天竺へいったってカンタンに手にはいりそうにはない。


 ところで、鶴といえば、「鶴は千年亀は万年」とかいわれるようにオメデタイ代名詞のような存在であるが、実は日本全国レベルでみれば、さほどなじみな鳥ではない。タンチョウヅルがキレイなことでも、絶滅寸前なことでも有名だが、これは北海道とか、寒いほうにしか来ない。鶴女房の話の鶴は、鹿児島とか、たまに中国地方にやってくるマナヅルのことだろう(黒や灰の目立つ・ナベヅルとかクロヅルの羽根ではキレイな糸にはなりそうにない(失礼!))。鶴は渡り鳥だから、越冬しに九州の方へわたってきて、カップル成立。子育てが終わると飛び去ってゆく。なかにはやまれぬ事情で、群れに遅れたメスもいたであろう。人に捉われた鶴がバタバタとツバサを広げるしぐさは、さながら機織をするしぐさのごとくである。「鶴女房」の話は九州・鹿児島地方独自の話だったに違いない。昔の絵などには「鶴」と称してサギとかコウノトリを描いているやつもあるそうだ。とにかく、《白くて大きい鳥》というのがポイントなのだな。すると、これは、ヤマトタケル天之羽衣の「白鳥」話とこんがらがって全国にひろまったのかもしれん。

 

 機織といえば、吾らがスサノヲが高天原で大暴れしたとき、アマテラスの機屋に裸馬をぶんなげて、ハタオリメ(日本書紀ではアマテラス自身、一書にはワカヒルメ)がおどろいてホトついて死んでしまった話が古いが、オオゲツ姫の話だと、織物に大切な蚕を、姫の遺骸から生じせしめた原因もスサノヲであった。じゃあ、たぶん此処で折られていたのは蚕の糸ではなかった。野生のサンの糸かな? …………それとも、鳥……?。(ちなみに木綿や麻はこのあと、天岩戸事件に際して倭文神(シズノ神=タケハツチ=アメハズチ)が創ったといわれるらしいが原典がわからん))………機織淵 という話があるが、池や沼のに娘がイケニエにされて、水底で機を織っている。イケニエといえばマツラサヨヒメであり、サヨヒメといえばサヨーナラーと岬でボテフリした乙女だし、とにかく、織物というのは、神秘な崇高な行為・モノであったらしい。水神への犠牲との二重うつし……このへんの話後日。


 無から有をなすのは神の力である。機織などまさにそれではないか。神の力を得たはいいが、神に接近して、その秘密を知ってもいけないのだ。……このごろ、洋服業界もデザインや布地、着こなし法から素材まで、情報合戦で、各社自社のアイデアをいかに漏洩しないよう防衛するのに必死であります。織姫の秘密はヒ・ミ・ツ……そういうこと。