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 丁度、テレビ放送がアナログから、デジタルに変ろうとしている時期の出来事である。巷では、女子アナはデジアナと呼ばれるようになった。その中で、あゆみだけはベジアナと呼ばれている。
 彼女の野菜好きが呼び名の由来である。放送局の仕事がオフの日は、ほとんど自分の畑で野菜と一緒だった。それどころか、元気の無い苗があれば鉢に入れて持ち歩くほどである。まるで子供を心配する母親のようだった。


 彼女は人に無い力を持っていた。野菜の気持ちがわかるのである。そのことは局長とごく一部の人しか知らない。以前、報道番組で買い物帰りの主婦が通り魔に刺殺されたことがあった。買い物籠に入っていた、キュウリが犯人を見ていたのである。彼女の作った似顔絵から、犯人は捕らえられたのである。以来、彼女は事件解決番組「テレビ探偵」を任せられていた。美しさ以上に行動的な彼女は、あっという間に国民的アナドルとなった。


 愛情いっぱいに育てられた野菜はやさしい。というのが彼女の口癖だった。
「オイ、早く元気になれ」ミーティングルームで、スタッフの那須を待ちながら、持ち込んだ茄子の苗に話しかけていた。最近元気が無かったので、いつも一緒にいたのだった。

 五分ほどして、那須が今回のゲストと一緒にやってきた。
 今回のゲストは旅館ブロガーとして有名な渡辺だった。見るからにオタクっぽい色白の男。
 実は次の「テレビ探偵」は、最近話題になっている家族旅行失踪事件だった。すでに八家族が旅行に行ったまま消えている。実数字はもっとなるだろう。その事件を解決するのだ。いずれの家族も旅先は秋田の男鹿半島であることまではわかっていた。

「旅館なんですよ。失踪した家族はきっと、栄陽館という旅館に行ったんだ。この旅館は最初の家族が失踪した頃にできた旅館だと思う。番頭が男鹿駅前で、失踪した家族が、客引きをされているところを目撃されている」渡辺は冷静に言った。
 その光景を見ていた、一人の旅行者が渡辺のブログに書き込みをしたのだ。
 渡辺も非常にこの旅館に興味があった。この日本に自分の知らない旅館などあってはならないのだ。


「これはきっと北朝鮮の工作員の仕業だわ。ここで日本人を拉致誘拐するのだわ。男鹿だったら海も近いし絶好の場所よ」ベジアナあゆみの推理が始まった。
「なるほど、そういう理由なら、僕が知らないのも頷ける。闇の旅館かぁ。家族を狙うのもわかるしね」渡辺が言った。
「茄子さんはどう思いますか」
「茄子でなくて、那須だ。アナは発音に注意すること。私はそこまで考えては無かったが、スクープになることは間違いないだろう。警察が操作したとき、その旅館すら見つけられなかったそうだ」

 会議中、一人の少年が連れられてやってきた。リュックを背負っている。
「私の息子の良太だ。これから家族として潜入する。あゆみが母親、渡辺さんは私の弟として参加してもらう」
 他局がこの事件を追っていることもあり、急がなければならなかった。
 会議が終わると、すぐに彼らは男鹿に向かったのだった。勿論、離れて数人のスタッフが安全のために追従した。


 のぞかな男鹿の風景を見る頃には、日が沈みかけていた。海と田園に恵まれた土地である。秋田は米どころとしても有名だ。
 連中は駅の市街地図を見て、旅館を探していた。

「あの・・・旅館はもうお決まりでしょうか」栄陽館の旗を持った客引きが近づいてきた。
「まだですが」
「もし、お泊りいただけるとすれば、記念日にあたりますので無料にさせていただきますが」丁重に客引きが言った。


 旅館の車で、約二十分ほど。新しい旅館だと思い込んでいた彼らは驚いていた。古い旅館だったからである。まるで山形の銀山温泉の旅館のようだった。ついた頃にはすっかり日は暮れていた。
 他に客は無いらしい。静かな旅館だった。
 数人の仲居が部屋に案内してくれた。質素なつくりだったが、なかなか趣のある部屋だった。古い草木のにおいのする二間続きの部屋だった。
「まもなく、お食事をお持ちしますので。それまでの間、お風呂にでもいかがですか」と、お茶を入れながら、彼女は言った。
「風呂は明日の朝で結構です。とにかく、今日は疲れたので、食後休みます」渡辺が言った。
「わかりました。ごゆるりとしてください」


 女中が去った後、渡辺はみんなに言った。
「裸で拉致でもされたら大変と思い、勝手なことをしました」
「さすがですわ。そうね。注意しなければね」あゆみは彼の行いに感心した。那須も同じだった。
 本当は別のわけがあったことを彼らは知らなかった。渡辺は過去の体験から、怪しい旅館の風呂には入れなくなっていたのである。・・・・・・・・・・・・(注)化け猫旅館

「僕、眠くなっちゃった」傍らで、良太がころんと横になると寝入ってしまった。そばで、那須が携帯電話を見ていた。

「ここは携帯が使えないな。電波が入らん。自宅から電話が入ってたので、電話をしてくる」
 那須が部屋を出ようとしたとき、女中が丁度食事を運んできた。
「電話ですか。申し訳ございません。ただいま故障中で、お使いいただけません」
 一人の女中が膳を飯台に並べている間、別の女中が二間のふすまを閉めて布団の用意をした。
 一部始終を渡辺がポータブルビデオで録画している。
 あゆみは自分の荷物をごそごそと何やらさがしていたが、溜息をついてやめた。
「局に忘れてきちゃった」彼女がさがしていたのは茄子の苗木だった。心配でならないのだが、ここに来ては致し方ない。


 飯台には海と山の幸があふれていた。
「すっごいご馳走だな」渡辺が肉に食らいついた。ところがなかなか噛み切れない。初めての食感だった。
「ずいぶん硬い肉だな。牛でも豚でもない」
「もしかしたら、行方不明者の肉だったりして・・・」冗談にあゆみが言ったせいで、みんなが箸を置いてしまった。
「でも、変だわ。この野菜たち、死に野菜よ」サラダをつまんで、彼女が話をした。
「この野菜は病気などで死んでしまったものよ。とても食べられるものじゃない。だから、何も教えてくれない。こんなものを出すなんて・・・」
 那須は食事をすべて用意してきたビニールに入れ、バッグにしまったのだった。後日、専門のところで調べてもらうつもりだった。
 とにかく、夜では外に出るわけにも行かず、明朝いろいろ調べることにした。万が一に備えて、交代で眠ることにした。ところが、異様な睡魔に襲われ、全員が眠ってしまったのだった。


「あゆみ起きて。大変だ、みんな溶けちゃうよ」良太が一生懸命にあゆみを起こした。
 あゆみはじりじりとした痛痒さを感じながら起きた。寝巻きにと着用したスウェットシャツがボロボロになり、白い肌が所々あらわになっていた。
「みんな起きて、逃げるのよ」
 渡辺も那須も跳ね起きた。心の底にこの旅館への不信感があったために出来たことといえよう。荷物を取り、部屋から飛び出すと一目散に玄関へと走った。
 あゆみはしっかり良太の手を握っていた。

「まてー」帳場の方から、女中はじめ従業員たちが追いかけてきた。凄い形相である。
「誰か火をつけるんだ。あいつらは野菜だ。野菜が化けてるんだ」良太が叫んだ。
 那須が煙草用に持っていたライターを取り出し、ボロボロの服を破り火をつけて投げつけた。あっという間に奴等はメラメラと悲鳴の中で燃えていった。旅館も燃え出す。四人は必死に外に飛び出した。


 夜空を赤く濁す炎を、那須と渡辺はビデオにとっていた。途中、携帯電話がなり、那須は驚いた。
「ありがとう。良太君。あなたのおかげでみんなが助かったのよ」良太をあゆみが抱きしめた。
「よかった。僕、とても嬉しい。あゆみが助かったから・・・あゆみ、今までありがとう。僕は幸せだったよ・・・」突然ぐったりとして、良太は目を閉じてしまったのである。瞬間、良太はあゆみの腕の中で消えていったのである。そして、残ったものはあの茄子の苗木だったのである。すっかり枯れてしまっていた。
「あなただったの・・・」あゆみは再び強く抱きしめて、心から感謝したのであった。

 その一部始終を那須は収録していた。
 電話は妻からのもので、良太が熱を出していけないことへの誤りの電話だったのである。


 燃え尽きる「栄陽館」にひかれて、消防や警察、はぐれた備考スタッフが集まっていた。

 朝日とともに鎮火した。
 あゆみが旅館の裏に荒れた大きな畑を見つけた。
 立派になっているキャベツに手を当ててみた。キャベツは恨めしそうな声で彼女に語った。
 昔、旅館がつぶれて、誰も畑の手入れをするものが無くなった。土地はやせていく一方。そこで、人間を肥やしにして、生き延びたということだった。
 キャベツの話どおり、畑からは何十人もの白骨が発見された。


 後日、この事件は「幻の旅館、栄陽館の悲劇」として、「テレビ探偵」で放送された。
 国内の放置された畑が、随分と減少したことは言うまでも無い。
 食事に出された肉は、やはり人肉だった。渡辺のたっての希望で、そのことは秘密にされた。唯一かじってしまったことに後悔していたのだ。


 太陽がまぶしく、すがすがしい風が通り過ぎていく。

 今日もベジアナあゆみは、畑仕事に余念が無い。




 あゆみさんと約束した、あゆみさん主演の小説でした。

 

 出演者紹介【出演小説および、ブログ】


ベジアナあゆみ・・・【アナウンサーあゆみの晴天なり

旅館ブロガー渡辺・・・【怪奇、化け猫旅館】 (注)