その16(№1612.)から続く


VSEを登場させ「ロマンスカー」ブランドの復権に成功した小田急は、余勢を駆ってか、今度は箱根行きの観光列車とは全く異なるロマンスカーの開発に着手します。

そのロマンスカーは何と、地下鉄千代田線に乗り入れるものとして計画されました。当初計画では千代田線湯島駅の折返し線を活用し、湯島発着(客扱いは大手町から)で唐木田や本厚木へ走る列車というのが基本コンセプトでした。これはいうまでもなく、地下鉄千代田線から小田急線沿線へ帰宅するサラリーマンや公務員をターゲットに「着席通勤」を売り込もうというもので、VSEとはまるっきり逆の構図ということになります。

小田急がロマンスカーを使った通勤・帰宅列車に力を入れていたことは、これまでにも何度か言及してきましたが、今回のロマンスカーはそのコンセプトをさらに深度化し、新宿だけではなく千代田線からの需要も取り込もうとしたことは、大いに注目されました。


この事例は、初の有料優等列車の地下鉄線乗り入れとなるもので、それだけに鉄道趣味界だけではなく一般マスコミからも注目されましたが、その萌芽は既に日比谷線が開業した当時からありました。例えば、東武は日比谷線の全線開業時に東急東横線横浜方面からの日光・鬼怒川への直通列車の運転を計画していたそうですし、近くは京成がAE100形に前面貫通扉を設け、「スカイライナー」の都営浅草線乗り入れを画策していたこともありますが、いずれの事例も実現することなく終わりました(京成は現AE形に続く貫通形の車両が出てくれば、また実現の目があるでしょうが、AE100形の乗り入れはないでしょう)。

これらの計画が実現しなかったのは、営団地下鉄(当時)や都営地下鉄の反対があったためといわれていますが、営団も平成16(2004)年に「東京メトロ」として完全民営化がなされ(ただし株式は国や東京都が保有しているので、現時点ではまだ本当の意味の民間企業ではない)、新しいことが試しやすい環境が整ったのでしょう。

この「地下鉄乗り入れロマンスカー」計画は東京メトロと小田急の間で進められ、平成19(2007)年に車両のデザインが発表されると、鉄道趣味界に衝撃が走りました。

その理由は、地下鉄乗り入れのために連接構造を放棄したことや、先頭部がVSEのような風貌(デザイナーはVSEのときと同じ人物を起用した)でありながら非常用貫通路が備えられたことなどもそうですが、最大の理由はその塗色にありました。

それまでのロマンスカーは、オレンジバーミリオンとグレーのツートン、あるいはHiSE以後の白をベースとした色というのが定番でしたが、この車両は鮮やかなブルーをまとい、しかもVSE譲りのオレンジバーミリオンの細線を窓下に入れるという、非常に斬新かつ派手なものだったからです。この水色は、オランダの画家フェルメールが好んだ青色にちなみ、「フェルメールブルー」と名付けられ、この車両のイメージを決定づけるものになりました。

その他のスペックは、地下鉄乗り入れ車は汎用型ロマンスカーとして、言うなればVSEとEXEを足して2で割ったようなものとされました。編成は6+4の10連とされ、内装はVSEに準じたものにされましたが、座席やトイレ・車内販売コーナーなどの配置はEXEに準じています。なお、VSEでは暖かみを出すために難燃化処理を施した木材を多用していますが、この車両は地下鉄に乗り入れるため木材を一切使わず、VSEのような暖かみのある車内を作り上げています。


「フェルメールブルー」を身にまとった新しいロマンスカーは、マルチに活躍するという意味を込め、「MSE」(=Multi Super Express)という愛称が付けられました。車号は、VSEが50000形だったためか、万の位が1多い60000形となっています。

余談ですが、小田急には6000形という車両はいません。理由は乗り入れ相手の千代田線の主力系列が6000系なので、車号の重複を避けたためと言われますが、それなら東武伊勢崎線はどうなるんでしょうか? 東武にもメトロにも東急にも「8000」番代の車両がいて、全部線内を走るんですけどね。


閑話休題。

MSEを使用した地下鉄乗り入れロマンスカーは、


平日…上り「メトロさがみ」本厚木→北千住1本、下り 「メトロホームウェイ」北千住→唐木田1本・大手町→本厚木2本

土休日…上り「メトロさがみ」本厚木→北千住1本(日によって『ベイリゾート』新木場行き)、「メトロはこね」箱根湯本→北千住2本、下り 「メトロはこね」北千住→箱根湯本2本、「メトロさがみ」北千住→本厚木 1本(日によって『ベイリゾート』新木場始発)


とされ、当初の湯島(大手町)発着は平日だけで、あとは北千住発着とされました。これは折返し整備の便宜を図った結果でしょう。また、当初計画になかった土休日の運転も盛り込まれていますが、これは東京北西部や埼玉・千葉北部・茨城からの需要の掘り起こしを狙ったものでしょう。

特筆されるのは、霞が関-有楽町線桜田門間の連絡線を活用し、年間30日程度を新木場行きとして運転されることです。この列車はお台場や葛西・舞浜・幕張地区への行楽輸送を念頭に置いた列車で、小田急のロマンスカーが有楽町線を走るという点でも注目されました。


MSEは平成20(2008)年3月のダイヤ改正から、上記「メトロさがみ」「メトロはこね」などとして、地下鉄乗り入れ運用を開始しました。管理人も地下の北千住駅でMSEの車体を見ましたが、メタリックの入ったブルーの塗色は、地下区間で映える実にいい色だと思ったことです。


MSEのマルチな活躍はこれだけにとどまらず、この年6月の「あじさい祭り」の際に開成駅に臨時停車する「さがみ」に初めてMSEの基本6連が充当され注目されましたが、その後VSE使用列車の代走など、まさに八面六臂の活躍を続けています。愛好家だけではなく観光客や沿線住民からの人気も上々で、平成21(2009)年度の第52回鉄道友の会BR賞を受賞しています。それだけではなく、さらにグッドデザイン賞や第10回ブルネル賞も受賞する栄誉に浴しています。グッドデザイン賞の受賞は、2代前のEXE以来、3代連続となっています。

しかし、この車両がBR賞を獲得してしまったため、EXEが現時点では唯一の「BR賞を獲れなかったロマンスカー」という称号が残ってしまいました。これがいかにもかわいそうだと思うのは、管理人だけではないでしょう。


VSEが現在の小田急のフラッグシップであるならば、MSEは観光特急・地下鉄乗り入れなど何でもこなすマルチプレーヤー。今後は、VSEとMSEが双璧として小田急ロマンスカーを支えていくのでしょう。SE車から数えて8代目にあたるMSEですが、9代目の声もある中、果たしてその新車はMSEのリピートオーダーなのか、あるいは正真正銘の「9代目」なのか。そのあたりも要注目です。

MSEのマルチな活躍に、今後も期待大ですね。


その18(№1635.)に続く