城へ入った清吉は、嫡子・藤丸の侍女の部屋へ侵入した。
今、侍女は藤丸の世話で藤丸の部屋へ行っており、暫く留守にしていた。
家老・加藤に買収された侍女が、藤丸に毒を少量づつ盛っていると聞き、清吉は侍女が持っている毒を無害な物とすり替える為に毒の在処を探っていた。
毒の在処は、直ぐに見付かった。
香を焚く壺の中に、入っていたのだ。
清吉が見込んだ通り、この毒は白く無味な粉であった。
恐らく、時間を掛けて内蔵を弱らせる成分が含まれているのであろう。
素早く壺から毒を出し、綺麗に拭いた後に清吉の持っていた無害な白色の粉を入れた。
それが終わると直ぐに、その場を後にした。
八重は、城から早めに帰宅した夫の城代家老・大杉から、突然藤丸へ会いに行ってくれないかと頼まれていた。
2人の長女で、藤丸の生母のお雪の方が亡くなってからは、城へ上がる機会が減った。
近々、江戸から老中の使いが来る。
それは婚約成立の知らせであり、加えて藤丸様は来年には元服を迎えるので、身辺は慌ただしくなる。
その為に、八重に母親の代わりに藤丸の側へ行って支えて欲しいと、大杉は言う。
しかし、八重は夫の魂胆が分かっていた。
藤丸の様子を、探れということを。
家の事以外は、一切させない夫であるが、それを一転させ遠回しに自分を政治の世界へ巻き込む事は、余程切羽詰まった状況にあるということだ。
つまり、清吉の行方と正体が掴めていない事である。
夫はかなり焦っていると思うと、八重は心の中で苦しんだ。
きっかけを作ったのは、八重本人であるからだ。
しかし、夫の為、藩の為を思えばこその行動である。
清吉の約束を反故にしてしまうが、八重は自分の命を捨てる覚悟でこの頼みを引き受けた。