目次  (あらすじはこちら へ)


清吉は、いつもの八重の待つ寺へと向う前に、宿に奉行所の者が訪れて来た。

とっさに顔に細工をしてので、清吉はその者に見付かることは無かった。


似顔絵を持っていたとすれば、あの僧侶が大杉の元へ訪れたはずである。

清吉は、事の次第を理解した。


探索が終わると直ぐに、清吉は宿を引き払い、八重の待つ寺へと向かった。


それにしても、迂闊な事をしたと清吉は後悔した。

僧侶が7年前の事を話した時に、金を渡して口止めをするか、それとも口封じをすべきであったと思った。


あの者が、故郷に帰って来るとは思いもしなかった。

いくら考えを巡らしても、既に遅い。


幸いにも、清吉はあの者に偽名を名乗り、絵を描いた者は「高貴なお方」としか言っていない。

清吉は、どんな事があろうとも八重と藤丸を守る覚悟であった。


その頃、城代家老・大杉はいつも通りに登城した。


普段通りに執務をこなしていたが、内心は昨夜の件で動揺していた。

下級藩士・田島の兄が語った、あの話は由々しき事態であった。


どんなことがあっても、話に出てきた足の速い町人崩れの若い男を探しださなければならない。

恐らく、忍びの者であろう。


何故7年前に藤千代とその一派を暗殺した事を探っているのかを聞き出し、黒幕を炙り出さなければならない。

大杉は、清吉が誰かの命で動いていると思っていた。


その町人崩れの若い男は、田島の兄に絵を描いたのは、「さる高貴なお方」と語ったという。

『高貴なお方』が、『ある方』が登場した場所を書いた絵を、田島の兄に見せた。


名前を憚るその「高貴なお方」は、周りの者達は反大杉派の家老・加藤と言うが、大杉にはそうは思えなかった。


公儀の隠密の可能性も考えたが、大杉は違うと見ていた。

それは、藤丸と老中の娘の婚約話が進み、公儀と接触する機会が多い江戸家老から、公儀はここの藩に関して、何ら疑いを持っていないとの報告を受けていたからだ。


藩主かも知れないと、大杉は思った。

そう思った理由は、遙か昔に先代藩主は一時隠密を雇っていた事があったからだ。

理由は定かではないが、民の生活を調べるか、藩の内情を探るためであったらしい。


しばらくして、その隠密が病で亡くなり、後を継ぐ者がいなかった事と財政難もあり新たな隠密を雇うことはなかった。


しかし、大杉の知らない所で藩主が新たに隠密を雇っている可能性がある。

芸事だけに興味がある今の藩主であるが、もしかすると本心は藩政にも興味を持ち、藩の実権を握っている自分を探っているのではと勘ぐっていた。


7年前の事は、藩の行く末を考えて起こした事であったが、この事実をもし藩主の耳に入ったら自分は腹を切らねばならない。


勿論、加藤も同罪である。


もしそうなったらば、この藩は混乱してしまい、行く末が暗くなるのは火を見るよりも明らかである。

何としても、隠し通してみせると大杉は決意していた。


今は、腹心の勘定奉行・香原が配下の者を使い、似顔を元に町人崩れの若者を捜し出しているはずだ。

きっと捕まえてみせる。


そして、同じ時に、八重は寺へ向かっていた。


昨夜は余り眠れなかったが、夜明けにうとうとした位である。

その時、再び藤千代の夢を見たのである。

緊急の事態が起きたのにも関わらず、藤千代は笑顔で八重の枕元に立っていた。

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