城代家老・大杉の妻・八重は、亡くなった孫の藤千代が現れ、自分を家の蔵の中へ案内している夢を見た。
夢の中で、藤千代に案内された蔵の奥には、今まで見たことが無い見事な刀が置いてあった。
藤千代は、刀を見て悲しい顔をしているだけであった。
翌朝、目を覚ました八重は、夢の事を夫には告げることが出来なかった。
何故なら、長男夫婦に男子が産まれたばかりで、大杉家は何かと忙しく、明るい雰囲気であったので、それに八重は水をさす様な事は言えなかった。
蔵の鍵は夫が管理していて、刀の事も確かめようがなかった。
気に掛けながらも、これは夢に過ぎないと八重は思うようにしていた。
それから数日後、偶然に八重は夫の部屋から蔵の鍵の在処を見付けてしまう。
蔵の鍵を持ち出して、開けようと考えたものの、夫に隠れて事を起こしたくない八重は我慢しようとした。
しかし、藤千代の悲しそうな顔を思い出すと、堪えきれなくなっていく。
夫の帰りの遅い日に、八重は蔵の鍵をこっそりと持ち出し、家の者に気付かれないようにして蔵を開けたのであった。
蔵の奥に、藤千代が夢の中で見せてくれた見事なまでに誂えた刀がそこにあった。
あの夢は正夢と分かり、八重は驚きのあまり声を出せなかった。
これは、質素を重んじる大杉家のものではないと八重は確信していた。
では、この刀はどこから持ってきたのか。
夫にも聞く訳にもいかず、八重は怖くなり、蔵からこっそりと抜け出すと、鍵を元に戻し、平静を装いながら遅く帰宅した夫を迎えた。
それから数日間後の晩、藤千代が八重の枕元に再び現れた。
今回藤千代は、運河によって商いが栄えている場所に佇んでいた。
山に囲まれたこの藩では、見当たらない場所であった。
翌朝、考えた末に八重はこの事を、大杉家の菩提寺の住職に聞いてみようと決心した。
住職は、博識と評判の老師であるからだ。
絵の得意な八重は夢に出てきた街を描き、寺を訪れ、お付きの者には寺の門前で待たせ、本堂へ向かった。
だが、行き違いで老師は急用があり留守であった。
又訪れようと寺を出ようとした時、強風が吹き、絵を手から放してしまう。
幸いに、その絵は寺に参拝しに来ていた若い行商人が拾ってくれた。
その絵を八重に渡すとき時、行商人は藩内一の美人と言われていた八重に一目で惹かれる。
そんな事を全く気が付かない八重は、礼を言う。
行商人は八重と一言でも言葉を交わしたく、「賑やかなこの地へ、行かれた事があるのですか。」と聞いてしまう。
驚く八重に、行商人は自分の名を清吉と名乗り、仕事柄諸国を巡ったので、絵を一瞬見ただけでその場所が分かったと言うのであった。
八重はこれも藤千代の導きだと思い、初めて会った清吉に、夢で見た風景を描いたものだと答えた。
清吉はこの話に興味を示し、これから仕事でその運河のある町へ行く予定なので、八重の描いた絵の場所を見て行くと言った。
品があり、人の良さそうな清吉に、八重は賭けてみようと思った。
八重は、清吉がその場所に行けば、藤千代が夢の中で訴えたい事が分かるかも知れないと感じ取ったのであった。