コメント頂いたので、追加します。
ジュンスと京畿道
2014年4月1日 キム・ジュンス、京畿道高陽市名誉広報大使委嘱
歌手兼ミュージカル俳優キム・ジュンスが京畿道高陽市名誉広報大使になった。
高陽市は3月31日午後、高揚市役所市民会議室でキム・ジュンスを名誉広報大使に委嘱した。
キム・ジュンスは、高陽市で生まれ、幼少期を過ごした。
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2016/01/15 キム・ジュンス、アナウンサーに不快感明らかに.・・・
2015年4月23日、キム・ジュンスは、京畿道高陽市一山湖公園水辺舞台で開かれた
高揚国際花博覧会の開幕式に出席した。
開幕式でキム・ジュンスは「子供の頃から高陽市で育った。いいところに招待されて意味深く
幸せです。お父さんからのお願いでもあったし、広報大使として良い意味で参加した」と
花博覧会の開催のために祝いの挨拶を伝えた。
キム・ジュンスはミュージカル「ドラキュラ」の「loving you keeps me alive」を熱唱した。
キム・ジュンスの舞台が終わって開幕式司会を務めたバクサンドアナウンサーは
「もう一度呼んでみましょう。ちょっと戻ってきて歌を歌えないなら、挨拶だけでも
していってもらいましょう」とキム・ジュンスを呼んだ。
しかし次のスケジュールがあったキム・ジュンスは、イベントを去り、戻ってこなかった。
これにパクアナウンサーは「本当に行かれるんですか?時間も残っているのに?
国会議員3名の祝辞も待てないで?韓流熱風は怖いですね。来年、予算が多くなったら
3曲ぐらい歌ってくれるでしょう」と発言をした。
.論争が起きるとキム・ジュンスはTwitterを使って「司会者さんが誰か、私はよくわかりませんが、少なくとも礼儀はわきまえるべきです。年は違えど、私やファンにも、本当に無礼です」と
パクアナウンサーの態度を指摘した。
http://daily.hankooki.com/lpage/entv/201601/dh20160115092058139020.htm
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調べるほどに、奥が深くて、まだ、途中段階ですが。。
(まとめ方が下手で、わかりにくいかも。。。)
●今回、ユチョン事件の和解金の裏取り引き出てきたのは、
①最初の告訴女性側についていた「いとこ」とされる
暴力団ファン(黄)・・・・京畿道北部の暴力団「一山家族派」の行動隊員
②Cjes代表ペク
③元ヤンウニ派の幹部ペク父
●2015年記事から。。
①江南と京畿道一山を中心に資金調達していた「汎ソバン派」
②その運営資金は、「弁護士費用・罰金」にも使用・・・他の暴力団も同じと思う
③「汎ソバン派」のボスキムテチョン・・・・2013年1月死亡
・汎ソバン派の組織運営資金の調達方法
・江南と京畿道一山一帯を中心に、風俗店や私設賭博場、不法成人PC部屋などを開設し運営
・その他、各種利権争いに介入し、見返りの金をもらう。
・この資金は、組織員の弁護士費用や罰金、祝日餅代、他の組織との戦いのため凶器購入費用に使用。
●2014年記事から・・
①ヤンウニ派のボスが、敏腕弁護士を選任
2014年、ヤンウンが敏腕弁護士1名を選任しただけで「その財力が垣間見れる」。。
ってことは、敏腕弁護士2名を選任したユチョン事件は・・・・
●2007年 サンウ脅迫事件との共通点・・・
①脅迫・恐喝
②登場人物・・・・元マネのペク・ヤンウニ派幹部ペク父
③ペクを信頼(この表現が適切かどうか。。売り出すために尽力を尽くした?)
・2007・2・7 検察捜査で分かった「クォン・サンウ脅迫事件」
・組職暴力団出身と知られたペク容疑者は、2005年11月芸能人Sがカジノ賭博で摘発された際、クォン・サンウの名前が出たため「メディアと検察にスキャンダルを暴露する」と脅迫した。結局クォン・サンウは「マネージメントの権限をペク氏に渡し、それを破る場合10億ウォンを支給する」という覚書を書いた
・巨大暴力団の一つ「西方(ソバン)派」の元ボス、キムテチョンが日本ファンミを強要・脅迫
同時に
・元マネジャー ペクもサンウを強要・脅迫
・自身の背後に暴力団がいるという事実をクォン氏に誇示
http://ameblo.jp/sapporo-mmm/entry-12172578656.html
・2007年、脅迫事件・「汎ソバン派」・キムテチョン・ペク (父はヤンウニ派)
・2014年、ヤンウニ派ボス チョヤンウン・・敏腕弁護士 選任
・2015年、「汎ソバン派」・活動拠点は江南・京畿道一山
・2016年、ユチョン事件・脅迫・恐喝・、江南の風俗店・京畿道北部の暴力団・ペク父
・・・・・・・・敏腕弁護士 2名先任
●暴力団(汎ソバン派)の活動資金・・組員の弁護費用・罰金・・等に使用
●活動拠点・・汎ソバン派(江南・京畿道)・・ヤンウニ派(江南)
●活動内容・・汎ソバン派(風俗店や私設賭博場、不法成人PC部屋など)
・・・・・・・・・・・・ヤンウニ派(風俗店・投資詐欺・・・)
で、ヤンウニ派と汎ソバン派は、仲が悪いのか。。?と思って調べると。。
チョヤンウンもキムテチョンも、元々光州を基盤した派閥で「行動隊長」
ソウルに出てきて、行動隊長テチョンが、行動隊長ヤンウンのボスを襲撃。
この時は互いに対立。
が、この二人が、収監されてる間にOB派が勢力拡大
で、のちに、テチョンとヤンウンは組んで、OB派ボスを襲撃。。
(アキレス腱を切って、OB派ボスを半身不随に)
サンウ事件でも、テチョン、ペク(父がヤンウニ派幹部)登場。。
だから、目的のためなら、手を組む・・?
汎ソバン派ボスも、ペクチャンジュも・・・光州出身
国内3大暴力組織
・「OB派」・・・・・・・ボス イドンジェ
・「ヤンウニ派」・・ボス チョヤンウン 核心幹部出身ペク父
・汎ソバン派・・1977年に組織された「ソバン派」の後身。
・「汎ソバン派」・・・ボス キムテチョン(2013年1月に死亡)
・(元祖)ソバン派の副首領。ソバン派ボスはバクジョンソク
「ソバン(西側)」という名前は、キムテチョンの出身である全南鉱山群ソバン(西側)方面から。
(現・光州広域市光山区)
●2014年・・100億の融資詐欺。ヤンウニ派 チョヤンウン 大物弁護士選任
100億ウォン台の融資詐欺容疑で拘束起訴された暴力組織ヤンウニ派ボス チョヤンウン
(64・拘束)が、最高裁判所裁判研究官を経た部長判事出身の弁護士を選任した。
新たに選任された弁護士は、法務法人ユンギョン パートナー弁護士(54・司法研修院17期)
・1988年、釜山地裁判事から裁判官に
・1999年、司法研修院第1号の研究裁判官を経てソウル高裁判事、最高裁判所裁判研究官、
春川地裁首席部長判事、司法研修院教授、ソウル中央地裁部長判事・刑事合意部長判事
・2008年、法務法人パルーンで弁護士に。
・現在・・ソウル高裁医療研究会コミュニティ幹事、最高裁判所民事実務研究会などで活動
・・・・・・・企業の買収合併(M&A)の分野などで活躍。
ユン弁護士の選任は、チョヤンウンの現在の財力を垣間見ることができる。
チョヤンウンは、別名「マイキングローン」を通じて数十億ウォンの融資詐欺容疑で
昨年2013年11月にフィリピンのカジノで捕らえられ、国内に送還
ヤンウンは、2010年8月、ソウル江南のルームサロンを運営しながらヤミ金融と組んで
ズボン販売社長を使い、22人名義の虚偽担保書類を第一貯蓄銀行に提出。
29億9600万ウォンの不当融資を受け取った疑い
チョ容疑者の後継者で、ヤンウニ派の核心幹部キム(52)も江南で風俗店3店舗を運営
同じように70人の虚偽の書類で72億ウォンの不当融資容疑で一緒に起訴。
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201403171107461&code=940301
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●2015・1・1
汎ソバン派副首領キム 懲役4年・・・.明らかになった汎ソバン派の運営方式
国内3大暴力組織である「汎ソバン派」の副首領に実刑が宣告された。
判決文で、汎ソバン派の運営方式が公開された。
1989年ソバン派が首都圏などで勢力拡大、新たに結成されたポンソバン派は
キムテチョンを中心に勢力拡大。 が、盧泰愚政権が「犯罪との戦争」を宣言
1992年キムテチョンは「汎ソバン派」を結成した疑いで、最高裁で懲役10年の宣告。
しかし、テチョンの収監後もポンソバン派は、新たに後継者を座らせ勢力を維持。
2009年には組織員30人を率いていた「咸平家族派」を吸収し勢力拡大。
判決文によると、汎ソバンパは勢力維持・拡大のため、厳格な規律で組織を管理。
①汎ソバンパに登録するため、既存の組織員から選ばれることが条件。
②選択した既存の組織員は、先輩たちに、自分が選んだ人を連れて挨拶し、
許可を受けて合宿所生活
③合宿所生活は数ヶ月、上層部から認められた場合のみ、団結大会など全体が集まる場所
で紹介され正式組員に。
④先輩は、新組織員に組織内部の規律を教える。
●行動規範
▶先輩にあったら、腰を90度に曲げて挨拶。
▶先輩の言葉に絶対服従。指示は、すぐ上の先輩から。
▶2年先輩の前では煙草を吸わない。
▶いつでも連絡できるように、常に電話を所持
▶家族慶弔は必ず出席。
▶食事時は年齢順に立って90度の挨拶後、食事
●組織運営資金の調達方法
・江南と京畿道一山一帯を中心に、風俗店や私設賭博場、不法成人PC部屋などを開設し運営
・その他、各種利権争いに介入し、見返りの金をもらう。
・この資金は、組織員の弁護士費用や罰金、祝日餅代、他の組織との戦いのための刺身包丁や野球バットなど凶器購入費用に使用。 記事抜粋
http://v.media.daum.net/v/20150101153005872?f=o
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2015・11・7
●汎ソバン派 - チルソン派の衝突を避けた後、警察のターゲット・・.組員次々捕まる
汎ソバンパの前身は、全南の鉱山群(現光州広域市光山区)で方面から名前を取った
ソバン派だ。
別の暴力組織「ヤンウニ派」のボス・チョヤンウン(65)と双璧を成して、80年代の拳系に。
キムテチョンは1975年ソバン派の暴力団に足を踏み入れた。
キムテチョンは本格的にソウルと首都圏地域で勢力拡大を始めた。
.主にソウル江南と京畿道一山一帯を中心に風俗店運営や賭博場で資金調達し
全盛期を迎える
.これまで、ソウルを仕切っていたのはシンサンサ派。
.しかし、ソウルを中心に経済成長が集中し、湖南地域の「若い血」が大挙上京。
1975年1月、ボムホナム派系 オジョンチョル派の行動隊長だったチョヤンウンは、
組織員3人と一緒に上京したシンサンサ派新年会が開催された明洞サボイホテル
のコーヒーショップを襲撃。
この事件でチョヤンウンはボムホナン派の実勢に浮上。
.翌年3月、雷波行動隊長キムテチョン(ソバン派ボス)はエンパイアホテルの駐車場で
チョヤンウンのボス・オジョンチョル(当時27歳)を奇襲しけがを負わせた。
チョヤンウンとキムテチョンはこの時から宿命のライバルになった。
1980年代のソウル地域はヤンウニ派と汎ソバン派、一歩遅れて勢力を構築した
イドンジェ(65)の「OB派」で「3代湖南暴力団」が分割占領。
.しかし、刑務所を行き来するキムテチョンにソバン派の勢力は徐々に弱体化。
更に1990年盧泰愚大統領の「犯罪との戦争」を宣言以降衰退の道を歩いた。
●2000年代企業型暴力団に変身・・・.2013年キムテチョン死亡後
汎ソバン派は、2009年キムテチョン出所に合わせ「咸平家族派」を吸収し、組織再整備に
乗り出した。
.風俗店と消費者金融運営、建物誘致権紛争などで組織の資金を調達し、再起を狙った。
2000年代は、組織暴力団の犯罪手口が金融・企業狩りの領域に拡張された時期でもある。
汎ソバン派も企業型組織暴力団に変身を試みた。
キムテチョンのナンバー2キムは、巨額の社債で、無資本企業買収・合併(M&A)の手法で
偽造紙幣鑑別機メーカーを買収した後、会社の金200億ウォンを横領する知能的犯罪を犯した。
最近では、海外遠征賭博一味も拘束されポンソバン派は最大の危機を迎えている。
●検察「普段は合法事業...だが、いつでも新型不法に飛び込む可能性 」
.しかし、組織の「根」まで抜き取るのは容易ではないと、検察は見ている。
検察の関係者は、「最近では、暴力団が、普段は合法的な事業をするが、
行事や、特定時期に集結し再び合法的事業に戻るなど、「しっぽ」をつかまれないように
勢力を維持する。組織の弱体化はあっても、新型違法事業に参入する可能性が高い」と話した。
記事抜粋
http://v.media.daum.net/v/20151107011200284?f=o