外科医減少の危惧、現実に | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

 第一線で働く産婦人科専門医・周産期専門医(母体・胎児)からのメッセージというモチーフのもと、専門家の視点で、妊娠・出産・不妊症に関する話題や情報を提供しています。女性の健康管理・病気に関する話題も併せて提供していきます。

 近年、消化器や乳腺の疾患に対して待機手術を行ったり、外傷や急性腹症に対する緊急手術を行ったりする一般外科医の減少が指摘されています。このままでは産科のように社会問題化する懸念すらあります。

 この傾向に歯止めをかけるために、現在様々な活動が行われています。2009年には若手外科医師を増やすために、NPO法人「日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会」が発足し、医学生への教育・市民への広報・行政への働きかけを行っています。また、2010年には日本全国の手術・治療情報を登録し、集計・分析することにより外科の現状(医師の偏在など)を明らかにするためにNCD(National Clinical Database)が設立されました。今後、裏付けされたデータを基に外科医減少の対応策が打たれて行くことが期待されます。

 しかし、現在までのところ、外科医不足に関して学術雑誌に取り上げられた実証研究はありませんでした。今回、日本における一般外科医師不足の動態を調査し、その結果が日本外科学会の英文雑誌Surgery Todayに掲載されていますので紹介してみたいと思います。

 以下の論文ですので興味がある方は全文を読んでみてください。

Mid-career changes in the occupation or specialty among general surgeons, from youth to middle age, have accelerated the shortage of general surgeons in Japan.

Yasuhiro Mizuno, Hiroto Narimatsu, Yuko Kodama, Tomoko Matsumura, Masahiro Kami.

28 May 2013. Surg Today DOI 10.1007/s00595-013-0613-6


 以下に日本語での要約を記載しておきます。

 日本では今日、明らかな一般外科医不足に関する懸念が持ち上がっていますが、現状は全く明確になっていません。日本の一般外科医数の動向を明らかにするために、本研究グループでは経時的に専門分野による医師数の変化を検討しています。

 本研究では、経時的な医師数における推移、病院勤務と診療所勤務での勤務形態比較、女性医師の割合における推移を調査しました。1996年、1998年、2000年、2004年、2006年の、医師・歯科医師・薬剤師調査からのデータを使用しました。

 1994年と2006年の間で、一般外科医数は、24,718人から21,574人へと12.7%下落しました。25歳から54歳までの一般外科医の20%超が、1996年から2006年の間に職業を変更するか、専門(診療科)を変更するかしていました。25歳から54歳までの一般外科医のうち、病院勤務医数は、2000年から2006年の間で2,567人、16.2%下落した一方で、診療所勤務医数は348人、19.8%上昇していました。女性一般外科医の割合は、1996年の2.4%から2006年の4.5%へと上昇していました。

 日本における一般外科医の減少は、主として中堅外科医の中途離職によるものでした。

(背景)

 緊急を要さない選択的手術においても緊急手術においても、一般外科は医療で欠かすことのできない役割を果たしています。しかし、近年多くの国で一般外科医不足が報告されており、医療への負の影響が懸念されています。

 一般外科医数の減少と診療への影響に関する実証研究はほとんどされておらず、実態は不明確なままとなっています。米国で過去20年にわたって一般外科医数が変化していることを示した研究がある一方で、新たな一般外科医数と退職した一般外科医数を1人あたりの一般外科医数の計算に用い、将来的な一般外科医数減少を予測した研究もあります。

 一般外科医数不足を論ずる際には、医師に関係する要因および患者に関係する要因など、様々な要因を考慮に入れなければなりません。例えば、一般外科医数は、新たな外科医と退職外科医の純差で決められます。一般外科医になりたいという人の数が明らかに減少してきていますが、診療科変更・転職・退職といった職業変更の影響は不明確です。

 本研究グループでは、日本における一般外科医数の動向を、厚生労働省が2年に1度発表するデータを用いて調査しました。

(方法)

(1)調査対象およびデータ収集
 本研究は、年ごとの各診療科に対する医師数を調査した。医療施設従事者であると報告した医師免許保有者(2006年には全医師数の94.8%を占めた)を調査し、この群を総実働医師として定義しました。1996年、1998年、2000年、2004年、2006年の、医師・歯科医師・薬剤師調査からのデータを使用して医師数を決定した。この調査は2年に1度実施され、医師・歯科医師・薬剤師の分布を、性別・年齢・職種・雇用形態・薬剤師を除いては診療科により示すもので、一般にも公開されています。

(2)日本における医療制度
 日本で医師になるためには、大学の医学部を卒業し、国家試験に合格しなければなりません。2003年までは、医師は、国家試験合格後直ちに自分の診療科での診察を開始することができました。しかしながら、2004年に政府が制度を変更し、国家試験合格後2年間の研修を受けることが要求されるようになりました。この制度の下、医師たちは、内科・外科・救急医療・小児科・産婦人科・精神科・地域医療分野で2年間研修することになったため、診療科選択は2年延期されています。診療科の選択は個人に委ねられており、政府または医学会によって規定されるものではありません。

(3)定義
 「一般外科医」とは、医師・歯科医師・薬剤師調査に対して、自分の診療科を示すために単一回答のみが認められる中で、「外科」を選択した医師と定義される。「外科医」は、診療科として、外科・整形外科・形成外科・美容外科・(脳)神経外科・呼吸器外科・心臓(血管)外科・小児外科・直腸結腸外科のいずれかを選択した医師です。「内科医」とは、診療科として、内科・心療内科・呼吸器科・消化器科(胃腸科)・循環器科・アレルギー科・リウマチ科・小児科・精神科・神経科・神経内科のいずれかを選択した医師です。「産婦人科」とは、診療科として、産婦人科・産科・婦人科のいずれかを選択した医師です。これらに加えて、眼科・耳鼻咽喉科・気管食道科・皮膚科・泌尿器科・性病科・リハビリテーション科(理学療法科)・放射線科・麻酔科、2006年から加えられた病理・救命救急・研修医も選択可能な診療科となっています。

 本研究では、医療法に基づいて従事施設を定義しました。病院とは、20床以上の入院病棟を有する医療機関で、診療所とは、19床以下の入院病棟を有するか、入院病棟を有しない医療機関です。重症に対する手術や、他の主要な手術は、通常診療所では実施されません。さらに、日本においては、医師は通常1病院のみに勤務するので、診療所に勤務する者が病院で手術を実施することは稀です。

(4)本研究の目的
 本研究の目的は、日本における一般外科医数の動向を調査し、これらの動向に影響を与えている要因を明らかにすることです。

(5)データ分析
 本研究は、医師数に対する後ろ向き経年的研究で、1996年(X)の年齢層を母集団とし、2006年(X+10)での同年齢層との比較を行いました。1996年に24歳未満であった年齢層および75歳以上の年齢層は、2006年には相当する年齢層がないため、本研究では、1996年に25歳から74歳であった医師について調査しました。

(結果)

(1)一般外科医数および総実働医数における動向
 総実働医数は、1994年から2006年までの12年間に徐々に増加し、19.3%上昇しましたが、一般外科医数は徐々に減少し、12.7%下落しました。総実働医に占める一般外科医の割合は、1994年には11.2%でしたが、それ以降一貫して減少し、2006年には8.2%となりました。

(2)一般外科医の減少
 1996年における年齢層別の実働医数と一般外科医数に関して、10年後での変化割合を見ると、39歳以下の医師では、総実働医数は増加しましたが、一般外科医数は減少しました。40歳以上の医師については、総実働医数と一般外科医数の両方が減少しましたが、一般外科医数の減少が特に著しかったです。30代から40代の年齢層では、総実働医数は0.7%の減少であったのに対し、一般外科医数は22.6%下落しました。

(3)病院と診療所の比較
 病院および診療所で勤務する一般外科医数の2000年における数字をもとに、2年後、4年後、6年後の動向を調べると、すべての年齢層において、病院勤務医数は減少しており、55歳以上の高年齢層での減少が最も大きかったです。診療所勤務医数は、25~39歳および40~54歳の年齢層では、若干増加したが、55~69歳の年齢層では着実に減少しました。

(4)各診療科における10年間での変化
 1996年に25~74歳であった医師数を各診療科で10年後(35~84歳)と比較すると、すべての領域での外科医と産婦人科医の減少率が、総実働医数の減少率よりも大きくなりました。外科の分類で見ると、一般外科医の減少率26.6%が他の外科医の減少率4.3%よりも大きかったです。

(5)女性医師割合の動向
 1996年から2006年までの総実働医と一般外科医における女性の割合を見ると、どちらも増加しているが、総実働医における増加率との比較において、一般外科医の増加率はより低いものとなりました。

(考察)

 本研究は、日本における一般外科医数の動向を初めて明らかにしました。1994年から2006年までの離職による一般外科医数は12.7%下落しており、(医師不足は)産婦人科医の不足によってさらに深刻となり、社会問題となっています。

 日本での一般外科医の減少は、主として中途離職によるものです。離職率は、特に30代~40代で高くなっています。多くの研究が、なり手不足の観点から一般外科医不足を扱ってきており、この問題は適切には議論されてきていません。それにもかかわらず、30代および40代の医師が一般外科医療の最前線にいること、後進の教育における中心的役割を果たしていること、一般外科医育成には時間がかかることを考慮すると、極めて重要な問題となるのです。この状況が続く限り、一般外科医の不足は加速度的にさらに悪化し続けそうです。

 本研究で特に興味深いのは、一般外科医数の減少が、他の診療科よりもはるかに多いという事実です。過重労働・医療訴訟・低賃金が、外科や産科で働く医師不足の理由として挙げられてきていますが、これらの要因が、一般外科と他の診療科との間で著しく異なるというのは想像しがたいところです。一般外科医の減少は、まだ明らかにされていない別の理由と関連があるのかもしれず、さらなる研究が求められます。

 本研究においては、病院勤務の一般外科医での離職率が、診療所勤務者よりも高くなりました。このことは、個人診療所での医師との比較において、病院勤務医が直面している劣悪な勤務状態を反映しています。それにもかかわらず、重症者を含め傷害を有する患者への手術のほとんどが病院で実施されることを考慮すると、病院での職を離れる病院勤務の一般外科医数が多いことは、手術までの待機時間が長引くことを意味し、緊急手術には適応できない危険性を孕んでいる可能性があります。

 言及に値する一つの問題は、すべての年齢層の中で、病院勤務の一般外科医減少数が、診療所勤務の一般外科医増加数を超えていることです。日本の医師は、40~50代までは病院に勤務し、その後同じ診療科での個人診療所を開設すると考える人が多いが、これは事実とは異なっています。病院勤務医は、一般外科から他診療科へと移ったり、個人診療所開設時には他診療科へと変更したりする傾向があります。

 総実働医および一般外科医に対する女性医師の割合は、年々増加してきているが、どちらにおいても、大きな男女格差が残っています。2006年に、総実働医に対する女性医師の割合は17.2%だったが、一般外科医に対する割合は4.5%と低いものでした。女性医師は、おそらく一般外科医領域において、適切に利用されていないのであろう。将来的に女性医師数が増加することが期待されます。一般外科医不足に終止符を打つためには、女性医師をよりうまく利用し、若い女性医師に一般外科を選択するよう奨励し、女性医師を歓迎する労働環境を作り出すことが重要です。

 本研究は、日本における一般外科医不足の実情に関する価値ある情報を提供しているが、いくつかの限界も存在しています。第一に、本研究は、一般外科医の離職理由に関する情報提供はしておらず、離職後たどった道筋についても触れていません。これらの問題を理解することは、一般外科医がその診療科から離れるのを食い止める方策の見極めに重要となるであろう。伝統的な日本の研修制度下では、外科医は一般外科から入り、後に心臓血管外科のような、専門外科領域に進むことが多かったといえます。2004年に臨床研修制度に対する見直しがされ、外科医の伝統的なキャリア・パスに大きな影響を与えたので、本研究結果を偏らせている可能性はあります。第二に、本研究は、外科で第一に働きたいというなり手不足の問題を適切に議論することはできませんでした。これらの点について、さらなる研究が必要となります。

 最後に、この問題を扱うための最適な戦略構築を議論する必要があります。方法の一つとして、手術数の多いhigh-volume centerの数を増やすことが挙げられるだろう。high-volume centerに一般外科医を集約することは、医療チームの機能を高めることになるかもしれません。実際、がんに対するそのようなhigh-volume centerが、今や日本に設立されています。一方で、high-volume centerの効用については、議論の的となっています。つまり、郊外に居住する患者にとってはより不便になる可能性を懸念する一般外科医もいるのです。現状を正確に評価するためには、将来的な調査が必要となるであろう。一般外科を離れ他の診療科に移ったり、個人診療所を開設したりする一般外科医に、病院での手術実施を認めたり奨励したりすることも有効かもしれません。通常、手術は2人以上の一般外科医で行われるので、執刀医として手術を担当する病院外科医の助けとなり得ます。それ故に、病院の一般外科医チームが、そのような制度を利用して、より多くの手術をこなすことができる可能性があります。

 まとめとして、本研究グループは、日本における一般外科医の減少が、主に中途離職によるものであることを示しました。1994年から2006年の間に、一般外科医数は、24,718人から21,574人へと、12.7%下落していました。25~54歳の一般外科医の20%超が、1996年から2006年の間に転職するか診療科変更するかしていました。その年齢層の一般外科医では、2000年から2006年の間に病院勤務者数が2,567人、16.2%減少した一方で、診療所勤務者数は348人、19.8%増加していました。これらの研究結果は、日本における一般外科医数減少にもかかわらず、患者を診ていくための最適な戦略構築での助けとなるであろう。本研究の情報は、同じような動向が報告されている国々における医療状況評価にも役立つであろう。


 以下は私のコメントです。

 日本では厳しい環境での勤務が強いられる勤務医が不足しています。これは一部の診療科を除いてほとんどの診療科に当てはまることでしょう。特に緊急が多い診療科・肉体的に厳しい診療科・リスクが高い診療科などなどの理由で産婦人科や外科などが人手不足となっていますが、実は外科もまた産婦人科と同様、研修医が選択する専門科としては外科は少なくないのです。

 そして、人手不足になる原因は中堅医師の戦線離脱が大きいようです。これまた産婦人科と同じです。一人前になるまでにある程度時間がかかり、肉体的にも精神的にも努力が必要となり厳しい労働環境なのですが、一人前になった後も報われることなく厳しい労働が続きます。緊急対応・肉体的や精神的に厳しい長時間の難しい手術・リスクの高い診療を行っても、インセンティブなどはありません。こうしたあたり、専門医になるべくトレーニングしても、欧米と違って報われないという無力感が出てきてしまいます。これが燃え尽きる火だねとして潜伏していきます。

 そしてある時、体調を壊した・トラブルに巻き込まれたなどをきっかけとして燃え尽きることになります。その後は一戦を去り、クリニック勤務・開業・リスクの低い診療科への転身などによって一戦の外科医・産婦人科医を止めることになるのです。

 外科にしろ産婦人科にしろ、厳しい労働環境の診療科でも、最初は好きで選んだのですが、好きだからという理由だけでは現実には続けられないのです。多くの戦線離脱していく外科医・産婦人科医は好きだけどやっていられない・続けられないという思いだと思います。

 外科医や産婦人科医になりたいと思う研修医は少なくありません。これは大きな救いです。だからこそ、一人前になった外科医や産婦人科医が一戦の診療を離れないようにできる対策が必要なのです。そうすれば外科医不足や産婦人科医不足は抑制できます。これにはインセンティブも一つの方法ですし、手術などで結果が悪ければ即ミスであるかのような世間一般の捉え方・処遇も改める必要があると思います。他にもっとよい方法があるかもしれません。例えば勤務医は卒業年数のみで給与が決まり、診療科・技量などが全く反映されない古い体制を撤去することも一案かもしれません。

 いずれにしても、今のままですと、日本では本当に必要とされる外科的な治療を受けられない・受けにくい医療体制になってしまいかねません。


人気ブログランキングへ

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村