「宿直扱い」違法、最高裁不受理で確定 | 産婦人科専門医・周産期専門医からのメッセージ

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 医師の宿日直と時間外労働の問題ですが、ついに決着しました。

 医師の宿日直を通常の事務系と同じ宿日直として扱うのは不当であり、医師の宿日直は時間外勤務と見なされるという判決です。


 以下、私のコメントです。

 この判決は、今後国公立病院・民間病院を問わず、医師の宿日直に関する手当を支給していく上で大きな影響を与えていくことでしょう。そして勤務医の待遇や労働条件改善へのきっかけになってくれるとよいのですが・・・。

 医師の宿日直業務ですが、とりわけ3次医療機関においては、はっきり言って通常勤務の延長です。産婦人科でいえば分娩・緊急手術・救急患者診察などなどが勤務内容です。緊急手術の中はものによっては通常時間帯の手術よりもリスクが高いものが多々あります。休日の日直では病棟回診の業務もあります。つまり勤務内容は通常業務の延長線上にあり時間外勤務です。これはきっと産婦人科に限ったことではないでしょう。

 つまり、医師の宿日直業務は、事務系の宿日直で見られる電話番や定期巡回といった仕事からはかけ離れていることは確かなのです。

 その一方で、宿日直業務を救急隊・消防士あるいは看護師・助産師のように通常業務とみなすと、労働時間の問題で労働基準法に触れることになります。しかし医師にはとりわけ産婦人科医にはシフト勤務を組めるほどの医師数に余裕がある病院はごく一部でしょう。

 こうした宿日直業務に加えて、宿日直以外にも時間外勤務は多数あります。サービス残業となっている分がどれだけあることか・・・。手当の問題だけではなく、同様に長時間勤務による健康管理や私生活への影響も考慮が必要になるかと思っています。

 勤務医とりわけ3次医療機関における勤務医の激務に対して、宿日直を時間外勤務と認めるという手当の形での還元だけでなく、シフト勤務が成り立つようなゆとりある勤務体制確立に向けて、行政レベルでの対応が望まれます。もちろん個々の病院ごとの努力も必要になるでしょう。

 そういった意味では、宿日直中に行われる業務を通常業務として判断された今回の判決は、その時間外業務分を手当で還元しようとする判決(命令)になります。これはまず一歩前進といったところにとどまるのでしょう。というのも上記の通り十分とはいえないからです。手当で還元すればよいというものではないからです。

 また、今回の判決では認められなかった宅直つまり自宅でのオンコール待機ですが、いつ呼ばれるか分からない心の準備をしながら、遠出もできず、お酒も飲めない状態で携帯電話を傍らに置いて待機していても、呼ばれなければ一切勤務として認められないという実情も改善が望まれます。これはまた今後の課題ですね。



 参考までに以下に抜粋しておきます。

「宿直扱い」違法、最高裁不受理で確定

 奈良県立奈良病院の2人の産婦人科医が、未払いだった「時間外・休日労働に対する割増賃金」(以下、時間外手当)の支払を求めた裁判で、最高裁は2月13日、奈良県および産婦人科医双方の上告受理申し立ての不受理を決定した。「宿日直」扱いされていた時間外労働について、産婦人科医2人に計約1500万円の時間外手当の支払いを認めた大阪高裁判決が確定した(『「医師の宿日直は通常勤務」、高裁判決の全国への影響大』を参照)。

 大阪高裁は、宿日直勤務について、「実際に診療に従事した時間だけではなく、待機時間を含めて全て勤務時間」との考え方を示している。産婦人科医側の代理人弁護士の藤本卓司氏は、「我々は宅直(オンコール)の時間外手当の支払いも認めてもらうために、上告受理申し立てをしていたが、これが認められなかったのは残念」としつつ、大阪高裁判決の確定について、「医療界への影響は大きい。宿日直について1回いくらという定額で支払っている病院がほとんど。時間外手当を支払っている病院は少なく、多くの病院は全面的な見直しを求められるだろう」と評価する。

 その上で、藤本氏は、「我々の裁判の出発点は、金銭的な面よりも、過酷な医師の労働実態の改善を求めることにあった。多くの病院は、医師に過重な負担を課すことで、大きな労働問題に発展することを防いできたが、最高裁が不受理決定をし、大阪高裁判決を支持したことで、もはやごまかしが効かなくなる」と、医療現場の労働環境改善を訴えた。

 2人の産婦人科医が、2004年と2005年の2年分の未払いの時間外手当として、A医師が4427万9189円(2年間で宿日直155日、宅直120日)、B医師が4804万9566円(2年間で宿日直158日、宅直126日)の支払を求めて提訴したのは2006年12月。2009年4月の奈良地裁判決では、2004年10月25日以前は消滅時効期間が過ぎており、2004年10月26日以降の宿日直に対する時間外手当を認め、A医師に736万8598円、B医師に802万8137円を支払うよう、奈良県に命じた(『「宿直」扱いは違法、奈良地裁が時間外手当支払い求める』を参照)。ただし、宅直の時間外手当は認めなかった。

 奈良県と産婦人科医側はともに、奈良地裁判決を不服として控訴、2010年11月の大阪高裁判決では、原告・被告の控訴のいずれも棄却、奈良地裁判決を支持した。

 奈良県は、大阪高裁判決後、「奈良県だけの問題にとどまらず、全国の救急医療を担う病院などにも同様のことが言える。県では対応が困難であり、厳しい医師の労働環境、全国の救急医療の状況、医師の需給状況などの現実的な状況を踏まえた慎重な判断を上級裁判所に求める」(奈良県医療政策部長)との見解を示し、上告受理申し立てをしていた。

 今回の最高裁の不受理決定を受け、奈良県では、医療政策部長のコメントとして、以下を公表している。「県の主張が認められず、大変残念に思う。県立奈良病院では、医師の宿日直勤務の処遇改善に取り組んでおり、2007年6月から、宿日直勤務中に通常勤務に従事した場合は超過勤務手当を支給する供給方式を取り入れている。医師も2006年当時の5人から、現在は9人に増えている。しかし、司法の判断も出たことであるので、今後、県立病院における救急医療等の対応について、検討してまいりたい」。



「医師の宿日直は通常勤務」、高裁判決の全国への影響大

 11月16日、大阪高裁で、奈良県立奈良病院の産婦人科医2人が、未払いだった「時間外・休日労働に対する割増賃金」(以下、時間外手当)の支払いを求めた裁判の判決があり、原告・被告の控訴をともに棄却、一審判決を支持した。両者とも現時点では上告するか否かは未定。

 2009年4月22日の奈良地裁判決では、「宿日直勤務は、実際に診療に従事した時間だけではなく、待機時間を含めてすべて勤務時間」であると判断、A医師に736万8598円、B医師に802万8137円を支払うよう命じていた(『「宿直」扱いは違法、奈良地裁が時間外手当支払い求める』、『原告・被告ともに控訴、奈良・時間外手当等請求裁判』を参照)。

 原告はオンコール(宅直)についても、手当を認めることなどを求めて控訴、この点は棄却されたものの、紙浦健二・裁判長は判決言い渡しの際、「原判決通りの結論になる。時間外労働、休日労働、その分については、全時間を勤務時間とするという認定をした。その理由について詳細に判決文では説示している。宅直勤務関係については業務命令がない以上、法的には(請求を)棄却せざるを得ない。ただし、いろいろな問題点があり、現状のままでいいのかという点について十分に検討してほしい。このようなことについて判決文について記載している」と発言している。

 これを踏まえ、原告の代理人弁護士である藤本卓司氏は、判決後の記者会見で、「宅直手当については、『命じられた業務とは言えない』とされ、一審判決と同様、私どもの主張は認められなかった。ただ、高裁判決は、法律的には時間外手当の支払い義務はないものの、かなり無理な状況にあり、医師の職業意識から期待された限度を超える疑いがあるとしている。県などを名指しし、是正措置が必要であると認めている。したがって、一歩前進であると考えている」との見方を示した。

 これに対し、奈良県医療政策部長の武末文男氏は、「判決では、宿日直手当に加えて、実際に業務を行った分について時間外手当を支給するという併給方式は認められないとされた。判決に基づき、宿日直ではなく、時間外勤務の取り扱いになると、労働基準法上の労働時間の扱いとなるため、交代制勤務の対応も必要となるが、医師不足の折、直ちに実施することは不可能であり、夜間や休日の診療を継続することが困難になる」とコメント。

 その上で、武末氏は、「今回の問題は、奈良県だけではなく、全国共通の課題。判決の影響は大きく、救急医療の対応が困難になる地域が増えるなど、全国に波及する」と指摘、「医療法上では、『宿直』の形で24時間365日急患への対応を求めている。一方、労働基準法の『宿日直』は、軽微な作業を前提としている。県では国に対し、これらの明確化を求めていく。同時に、厳しい労働環境の改善と救急医療の継続・維持の両立を図れる体制作りのための対策を講じていきたい」と語っている。

 この認識は、藤本氏も共通しており、「県立奈良病院の特殊な問題ではなく、基本的には全国の病院はどこでも、また産婦人科以外でも同じ問題を抱えていると考えている。宿日直の全時間に対し、時間外手当を支払っているところは恐らくないだろう」と話す。「そもそも提訴したのは、あまりにも過酷な勤務状況の改善を求めたため。医師の勤務状況の改善には、医師の数を増やすしかないが、今、医学部増やしても時間がかかる。地域の開業医と連携を組み診療に当たる仕組みなども整える必要があるのではないか。また時間外手当を支払うのであれば、予算措置が必要になる。予算、制度という国レベルの対応が必要になるだろう。裁判が確定すれば、影響は大きい」(藤本氏)。

オンコールの和解交渉は成立せず

 2人の産婦人科医が支払いを求めたのは、2004年と2005年の2年分の時間外手当。当時、奈良病院では、宿日直については1回2万円の手当が支払われていたのみ(後述のように、その後、手当を一部見直し)。オンコールの待機料はなかった。未払いの時間外手当として請求したのはA医師4427万9189円、B医師4804万9566円だが、一審では、2004年10月25日以前は消滅時効期間が過ぎており、2004年10月26日以降の宿日直に対する時間外手当のみが認められた。

 これに対し、原告、被告である奈良県ともに控訴していた。原告は、(1)時間外手当の割増賃金計算の算定基礎額に、「給与、調整手当、初任給調整手当、月額特殊勤務手当」だけでなく、「期末手当、勤勉手当、住居手当」を加える、(2)宅直(オンコール)についても手当を認めるべき、と主張。一審分に追加し、2人分で計約2700万円を請求していた。

 一方、奈良県は、「実態として通常業務に従事していたか否かにより、宿日直勤務時間を切り分け、それぞれ割増賃金、宿日直手当の対象とすべき」などを控訴理由としていた。

 これらいずれも大阪高裁で棄却された。大阪高裁では、9回の期日が持たれ、一時はオンコールについて和解交渉が行われていた。しかし、「金額面で折り合いが付かず、和解には至らなかった」(藤本氏)。

 なお、2人の産婦人科医は、2006年と2007年の分についても、未払いの時間外手当の支払いを求めて、別途提訴している。本高裁判決の待ちの状況であり、まだ一審判決には至っていない。

 「宿日直は、病院長の指揮命令下にある労働時間」

 県立奈良病院では、(1)2007年6月から、宿日直勤務のうち通常勤務分については超過勤務手当を支給、(2)2008年4月から、超過勤務手当に加え、分娩にかかわる業務や勤務時間外に呼び出しを受けて救急業務を行った場合には、特殊勤務手当を支給――などの待遇改善をしている。もっとも、労基法上の「36協定」を締結したのは、2010年7月28日であり、8月に労働基準監督署への届け出を行っている。

 (1)の対応は、裁判の過程で県が主張していたものであり、2004年と2005年当時は超過勤務手当(時間外手当)を支給していなかったが、主張通りの対応に変えたわけだ。

 控訴審で焦点になった一つが、「宿日直」勤務のうち、時間外手当の対象となるのは、今の奈良県の対応通り、実際に業務をした分か、あるいは全時間かという点。

 奈良県では、「宿日直のうち、通常の労働部分は、宿日直勤務の時間帯の22.3%であり、残りは断続的勤務である」と主張。これに対し、原告はこの22.3%には、(1)外来患者への処置や入院患者の緊急手術に限られ、正常分娩は含まれない、(2 )緊急手術も、手術室にいる時間しか含まれない、と問題視。「22.3%」という数字は、2007年6月から2008年3月までの10カ月間の産婦人科の勤務実態を調査した結果だ。これに、「正常分娩にかかる処置」を加えると23.1%、さらに、その他の業務(分娩・手術を除く処置全般、家族への説明、電話対応など)を加えると23.7%だった。

 裁判所は、原告の主張を認め、この調査結果は、「当直医の通常業務の従事割合が過少に表現されている」とした上で、「原告の宿日直勤務は、断続的労働であるとは認められず、その全体として被告(奈良病院長)の指揮命令下にある労働基準法上の労働時間であり、割増賃金(時間外手当)を支払うべき」と判断した。

 宿日直の関連で、藤本氏は、「判決の中で、よい意味で驚いたのは、労働基準監督署の在り方についても批判している点。労基署の対応は最近ではようやく変わってきたが、これまでルーズだと思っていた。その点まで踏み込んだ判決」と評価する。県立奈良病院では、1987年に宿日直の実施について労基署から許可を得ており、県はこの許可が取り消されていないことを根拠に、産婦人科医の勤務が「断続的勤務で宿日直に当たる」と主張していた。判決では、労基署が勤務実態を正確に把握していないことを問題視、この許可は本来取り消されるべきだったと判断している。

 「医師の職業意識により期待される限度を超えているか」

 もう一つの焦点である、オンコールについて、裁判所は、「精神的、肉体的な負担はかなり大きい」としつつも、県立奈良病院長の明示または黙示の業務命令に基づくとは認められず、労働基準法の労働時間に当たらない」とした。

 もっとも、裁判所は、オンコールを「プロフェッションとしての医師の職業意識に支えられた自主的な取り組みであり、奈良病院の極めて繁忙な業務実態からすると、医師の職業意識から期待される限度を超える過重なものではないか、との疑いが生じることも事実である」「1人宿日直制度での、宿日直担当医以外の産婦人科医の負担の実情を調査し、その負担が(オンコール制度の存否にかかわらず)がプロフェッションとしての医師の職業意識により期待される限度を超えているのであれば、複数宿日直体制とするか、オンコールを業務として認め、適正な手当を支払うことを考慮すべきものと思われる」と言及。これが前述のように、藤本氏が「一歩前進」と評価した点だ。

 ただし、県の受け止め方は、やや異なる。裁判所が、「医師の職業意識により期待される限度を超えているのであれば」とした点について、「今回の事例に関して、超えているかどうかについては判断しておらず、裁判所は逃げているとも受け取れる」(武末氏)。

 「医師の職業意識」に依存してきたひずみ

 藤本氏、武末氏がともに指摘する通り、本判決の影響は大きい。2009年4月に奈良県が全都道府県に、「医師の休日および夜間の勤務体制」に関する手当について照会したところ、都道府県立病院を有する43団体(残る4府県は独立行政法人化)のうち、(1)宿日直手当のみ支給:5団体、(2)宿日直手当は支給せず、通常業務従事分だけ超過勤務手当支給:1団体、(3)宿日直手当+通常業務従事分については超過勤務手当支給:25団体(現在の奈良県を含む)――などという結果だった。

 今後、最高裁に上告されるか否かは現時点では不明だが、上告して最高裁で確定すれば、その影響は現場の病院だけにとどまらず、国の医療政策の根本にかかわってくる。宿日直は通常勤務であるとされ、時間外手当の対象になれば、その費用をどう手当するかは各病院だけでなく、診療報酬で担保するかなど国レベルの問題。また、武末氏が指摘した通り、医療法上と労働基準法上との宿日直の整合性を図る必要がある。

 さらに、医師数の問題も出てくる。「36協定」を結び、時間外手当を払えば、何時間でも医師を働かせていいというわけではない。医師の養成や他職種との役割分担などを総合的に考え、医師の勤務時間そのものを減らす施策が不可欠だ。「判決文には、何箇所も、『プロフェッションとしての医師の職業意識』という言葉が出てくるが、何十年もそれに任せてやってきたツケが今、生じている」(藤本氏)。



「宿直」扱いは違法、奈良地裁が時間外手当支払い求める

 「正直、予想外の判決だった。時間外手当の支払いを求められることは想定していたが、メリハリ、つまり各宿日直の勤務実態を見て、時間外手当を付ける日と付けない日が詳細に判断されると考えていた」

 奈良県福祉部健康安全局長の武末文男氏は4月22日の奈良地裁の判決について、こうコメントした。その上で「本判決は、全国で問題となっている勤務医の長時間労働や、従来から医師が職業倫理的に取り組んでいた診療への応召や主治医制などを、日本の医療制度として今後どのように位置づけるか、日本の医療のあり方に一石を投じた判決」(武末氏)とつけ加えた。

 この裁判では、奈良県立奈良病院の産婦人科医2人が、未払いだった「時間外・休日労働に対する割増賃金」(以下、時間外手当)の支給を求めていた。判決では、A医師に736万8598円、B医師に802万8137円を支払うよう、奈良県に命じた。

 原告代理人弁護士の藤本卓司氏は、「判決では、宿日直勤務については、実際に診療に従事した時間だけではなく、待機時間を含めてすべて時間外手当の支払い対象とすべきと判断された。宅直(オンコール)勤務分の手当の支払いは認められなかったのは不満だが、最も主張していたのは宿日直の問題だったので、6-7割は勝訴したと見ていい」と判決を高く評価。「県立奈良病院だけが特殊なわけではなく、全国の多くの病院で同じような実態がある。今回の判決により、労務管理体制の根本から見直すことが必要になる。公立病院では予算の問題などもある。高いレベルで政治的決断し、産婦人科医などの医師不足の状態を改善する措置を講じなければいけないだろう」(藤本氏)。

 現時点では、原告、被告である県ともに、控訴か否かは決定していない。両者の判決の受け止め方は「予想外」「画期的」と対照的だが、共通する部分がある。それは、本判決が県立奈良病院の問題だけにとどまらず、その影響は大きいという認識だ。

 宿日直勤務時間のうち、通常勤務は24%

 2人の産婦人科医が提訴したのは2006年12月4日(提訴の経緯は、「時間外手当支払いを求めて提訴したわけ」を参照)。支払いを求めたのは、2004年と2005年の2年分の時間外手当。当時、奈良病院では、宿日直については1回2万円の手当が支払われていたのみ(後述のように、その後、手当てを一部見直し)。宅直についての待機料などはなかった。

 A医師は2年間で、宿日直155日、宅直120日をこなしていた。B医師が宿日直158日、宅直126日。これらが時間外勤務に該当し、未払いの時間外手当として請求したのはA医師4427万9189円、B医師4804万9566円。

 今回の判決で認められたのは、2004年10月26日以降の宿日直に対する時間外手当。それ以前の分については、消滅時効期間が経過しているからだ。

 判決の論旨は明確で、(1)就業規則上は「宿日直」の扱いだが、実態は異なり、労働基準法41条3号の規定の適用除外の範囲を超える(「宿日直」に当たらず、時間外手当の支払い対象となる)、(2)救急患者や分娩などへの対応など、実際に診療に従事した以外の待機時間も、病院の指揮命令系統下にあることから、時間外手当の支払い対象になる、というものだ。

 判決では、(1)について、2002年3月19日の通知(厚生労働省労働基準局長通達基発第0319007号)を引用し、宿日直とは「構内巡視、文書・電話の収受または非常事態に備えるもの等であって、常態としてほとんど労働する必要がない勤務」とした。県が2007年6月から9カ月間について調査したところ、通常勤務(救急外来患者への処置全般および入院患者にかかる手術室を利用しての緊急手術など)の時間は、宿日直勤務時間の24%だった。

 (2)について県側は、「時間外手当を支払う対象となる労働時間は、社会通念上の一定の線引きの下に、必要と判断される所要時間と考えるべき」と主張していたが、判決では「宿日直勤務の開始から終了までの間」と判断された。

 結局、2004年10月26日から2005年12月31日までの間で、A医師が認められた時間外の労働時間は、宿直1372時間30分、日直271時間15分、B医師は宿直1418時間15分、日直297時間30分。時間外手当の算定基礎額は、月額給料に、調整手当、初任給調整手当、月額特殊勤務手当を加えた額とされた。

 産婦人科医らの請求額と実際に判決で認められた額に差があるのは、算定基礎額に加算できなかった手当がある、消滅時効期間が経過した分があるという事情に加えて、宅直分の支払いが認められなかった、という理由からだ。

 自主的なオンコールは手当ての対象外

 宅直について、判決では、まず時間外手当の支払う対象になるか否かは、宅直勤務時間が「労働者が使用者の指揮命令系統下に置かれている時間」に当たるか否かによるとした。その上で、(1)産婦人科医の自主的な取り決めである、(2)奈良病院の内規では、宅直制度について定められていない、(3)産婦人科医が宅直の当番を決めたが、それは奈良病院に届けられていない、(4)宿日直医師が宅直医師に連絡を取り、応援要請をしており、奈良病院が命令した根拠はない、とし、「指揮命令系統下に置かれているとは認められない」と判断した。

 当時、奈良病院の産婦人科は5人で、宿直は1人体制だった。「帝王切開手術のほか、夜間の救急外来への対応などがあり、1人で対応するのは不可能。本来なら2人体制で宿直をすべきところなのに、それを補うために医師たちが自主的に宅直をやっていた。したがって、この宅直分も時間外手当の対象とすべき」(藤本氏)などと主張していた。

 しかし、「他科でも宿日直は1人体制だったが、宅直医師は置いてない。産婦人科のみが救急外来が多い証拠もない」などとされ、主張は認められなかった。2人の産婦人科医は弁護士を通じて、「産婦人科の医療現場で、かなりの確率で発生する緊急事態に対応するためには、医師その他のスタッフの待機が必要。そのためにはコストがかかることを、今回の裁判を契機として真剣に考えていただきたい」とのコメントを公表している。なお、2006年と2007年の分についても、未払いの時間外手当の支払いを求めて、別途提訴しており、宅直分の支払いについても争っている。

 求めるのは「お金」ではなく、労働環境の改善

 県立奈良病院では、(1)2007年6月から、宿日直勤務のうち通常勤務を行った分については超過勤務手当を支給、(2)2008年4月から、超過勤務手当に加え、分娩にかかわる業務や勤務時間外に呼び出しを受けて救急業務を行った場合には、特殊勤務手当を支給するなど、提訴当時は定額の宿日直手当のみだったことと比べれば、待遇改善をしている。

 とはいえ、今回の判決は、こうした改善でも十分ではなく、「宿日直」扱いではなく、「時間外勤務」として扱い、待機時間も含めて時間外手当の支払い対象とすべき、という判決だ。

 もっとも、宿日直をめぐる問題は、単に手当の支払いだけでは解決せず、医師の勤務形態そのものの議論に踏み込まざるを得ない問題だ。法定労働時間を超える場合、「36協定」を結べば時間外労働が可能だが、「宿日直」扱いの時間は労働時間としてカウントされない。「宿日直時間をすべて勤務時間として認定すると、時間外労働の時間数は膨大になる。これを管理者として医師に指示することができるのか」(武末氏)ということにもなる。したがって、交代制勤務などの導入が必要になるが、主治医制などがネックになる上、そもそも医師不足で交代勤務を組むことができない実態がある。

 しかし、2人の産婦人科医が最も主張していたのは金銭的な面でなく、勤務環境の改善であり、「そもそも多額の時間外手当が発生すること自体、問題」と従来から指摘していた。この宿日直問題は、各病院単独では解決が難しい面もあるのは事実。武末氏は、「日本の医療制度のありよう自身が問われているものと、今回の判決を重く受け止めている」と話す。

 4月14日の参議院の厚生労働委員会で、民主党の梅村聡氏は、勤務医の宿直問題を取り上げ、「宿日直の問題を議論をすると、“パンドラの箱”を開けることになるかもしれないが、勇気を持って開けてほしい」と舛添要一・厚生労働大臣に迫った。今回の判決は、司法が“パンドラの箱”を開けることを迫ったものだ。


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