恍惚の夏(その2) | SとMとの間で

SとMとの間で

私「横溝のぞむ」の人生の軌跡、忘れ得ぬ素敵な人々を
一緒に追体験しませんか?

「お待たせ!待った?」



 「いいえ!僕も今来たところです。」

 秋の気配がほの見えてきた九月の連休初日。この日は暑くもなく、寒くもなく、風も穏やかな絶好の行楽日和となりました。

 
 主任とデート……。半年前は想像もしなかった展開です。しかし、心のどこかで待ち望んでいた展開でもあったかもしれません。私はこれから始まる主任との時間、そしてその先に待ち受ける二人の関係に、まるで予想のつかない結末の物語を読み始めたような興奮を覚えていました。

 主任は意外なほどラフな格好です。襟元のデザインが小粋なブラウスに細身のジーンズ。新体操をしていた人だけが醸し出す、線の細い、しかししっかりと筋肉のついた均整の取れたスタイル。20代と言ったら信じてしまうような若々しい肢体は、日頃の節制と鍛錬の賜物であることを物語っています。

 私のファッションはといえば、年上の女性、しかも普段は上司なので、それなりのお洒落をしてきたつもりです。上司を前にジーンズを履く勇気はありませんでした。だから、逆に主任の意外なほど砕けたファッションに拍子抜けしたのは確かです。

 主任と私は早速ショッピングに出かけました。主任は事前にいろいろ調べていたらしく、2~3のショップ名を上げると、効率よく次々と回っていきます。その行動力はショッピングというよりも、仕事のための物資調達のようで、思わず笑ってしまうほどの機動力でした。

 ある程度、めぼしをつけていたショップでそれぞれの候補を決めた後、二人でファーストフード店でコーヒーを飲みながら作戦会議。私の意見に、主任の希望を擦り合わせ、意外なほどあっさりと服も決まってしまいました。

 
“なんだか、デートというよりも、商品の買い付けに近いな……”

 この後私の提案で、服にあったかわいい靴と、アンサンブルとして重宝するであろう薄手のニットカーディガンも買いました。

 あっという間に買い物終了。時間にすると僅か1時間とちょっとです。ゆりさんを初めとして、何人かの女性の買い物に付き合いましたが、こんなに早く終わる女性はももこさんが初めてでした。

 私は少しがっかりしていました。


 “主任はデートでも、心を許さないのかな?”
 “つまらないから早く終わって帰りたいのかな?”

 しかし、主任はとても楽しそうでした。そして、何かを企んでいるような、いたずらっぽい目をクルクルさせて、時々私を盗み見ていることに、私は気づいていました。しかしそれが何を意味するのかまでは、そのときは皆目見当がつきません。

 お腹もすいたので、私は目星をつけていた洋食店に行きました。そこは大通りから少し奥まったところにある古い店です。時間を外せば、ゆったりとした雰囲気で美味しいシチューを味わえるので、私は都心に出たときは、ちょくちょく寄っていました。

 「なかなかお洒落なお店ね。」

 
 「そうですね。けっこう気に入っているんです。食事も美味しいし。」


 「へー。そーなんだ―。若い男子って牛丼やハンバーガーばかり食べているものだとばかり思ってたわ。」


 「もちろん僕だって、毎日こんなところで食べてるわけじゃないですよ。普段はコンビニの弁当ばかりです。」


 「あらら。それじゃ栄養が偏るわよ。自炊はしないの? まあ、しないか……。そんな時間もないだろうしね。」

 そのうちに香しいシチューが運ばれてきたので、お腹の空いていた私はいただきますもそこそこに夢中で食べていました。

 ふと、気がつくと主任がじーっと私を見ています。

 「あっ! ごめんなさい。 あんまりお腹が空いていたから……。デートなのにバクバク食べちゃってましたね。」

 
 実際、私のお皿はほとんど空の状態です。主任のお皿はまだ半分も減っていませんでした。

 「ううん。いいのよ。こうやってがつがつ食べる男の子を見るの、悪くないわ。」

 「うーん。その『男の子』っていう言葉。なんか引っかかりますね。」

 「あらそう? 私から見れば立派な『としし~たの男の子~♪』よ!」

 主任はキャンディーズの曲を口ずさむと、私をからかうように見つめます。

 “本当にこの人はギャップの大きい人だ…。”

 私は驚きを隠せませんでした。

 眼鏡の奥の冷たく鋭い眼光。
 クルクルと愛らしく動くまなこ。
 濡れたように妖しく輝く瞳。
 寂しげで憂いを湛えた眼差し……。

 どの目も主任です。どの表情も主任です。しかし、私は主任の中に何人もの美しい妖精が潜み、場面に応じて役割を交代しているかのような錯覚すら覚えます……。

 “この人に、小細工をしたり背伸びをしたりしてもダメだな…”

 
 主任にはかえって若者らしく、年下らしく、ストレートに感情をぶつけたほうがいい。主任もそれを望んでいるはず。以前から思っていたことではありましたが、改めて主任の目をみつめていると、その推測が確信に変わっていきました。

 「ももこさん!」

 「うん?」

 またです。あの小首をかしげる仕草。この動きで、私は何度心に恋の矢が突き刺さったことでしょう……。

 「正直に言っていいですか? 僕、今日のデート。ちょっと不満なんです。」

 「あら、どうして?」

 「ももこさんの買い物の仕方、なんだかすごく事務的な気がしました。やっつけで仕事をしているような……。」

 
 「ああ、なるほど~。」

 「それに……もっとオシャレしてくれるって思ってました。」

 「オシャレ? あら、今日の格好、変?」

 「ううん、決して変っていう意味じゃありません。ただちょっと、ラフっていうか……。上手に言えないけれど、ももこさんにはもっと着飾って欲しかったなって思って……。」


 「なるほどね~♪」

 「何が『なるほどね~♪』なんですか!? 僕、けっこう真面目に言ってるつもりですけど。」

 「だから『『としし~たの男の子~♪』って言われるのよ。まっすぐで、ストレートで……。」

 「………」