3つの徒弟関係
ふじい師とこ、と、シオミ師とこ
「なんでやノン!?」
人間50年、下天 * の内をくらぶれば
夢幻のごとくなり、一度生を‥、
* 原典は『化天』、「信長公記(しんちょうこうき)」での記載が、こちら『下天』、この違いが微妙で、結構興味深かったりする。 ご興味がおありの方は、お調べください!。
桶狭間(田楽狭間)の戦いの直前、織田信長がひとさし舞ったという、幸若の舞「敦盛」の一節である。
で、50年近く、つまり戦国時代の一生分、も生きていると、頼りない自分のような人間にも、「弟子」になってやろうという若手(若手だけではないのだが‥)がポツポツ現れてくださる。
そんな柄ではない、などと思うのだが、一応、師匠、~~、と立ててくれているので、こっちもその気になってしまったりする。
するのだが、真田の場合、何の世話をすることもなく、
ほったらかし、
放 牧
放 置
状態である。
この世界に立ち入るきっかけとなった、我が「心の師」ジョニー広瀬師の影響であろう。
昨日は、大津の鬼才「シオミ師」のイベントであった。
ゲストは
ふじい あきら 師
であり、それも足を向けた、大きな原因のひとつなのだが、もう二つ、別の出会いを期待してのことでもあった。
師についておられる、OGAさん、という若手さんと、もう一人のシオミ師についておられた、いわゆるお弟子さんだった人物が、現れるかもしれない、という期待を持ってであった。
ふじい師のお弟子さんである、OGAさんには、すでに、2回、昨年の2月、日本奇術協会のイベント、そして、その頃、ふじい師がお世話されていた、バーで、お会いしていた。
大津の現場でも、彼は、きめ細やかな心配りをされ、よい動きをされていた。
イケメンで、雰囲気のよい、好青年である。
ふじい師も彼には的確な指示を出され、徒弟関係として、とても良好であることを目の当たりにできた。
そして、もうひとつの期待は、シオミ師の演技中に入った、一本の携帯電話からであった。
演技中に電話に出るほうもなんだかな、と思うのだが、会話の内容から、真田が期待をしていた、もう一人の人物からであると判明した。
シオミ師にとって、20年近く、音信不通であった元お弟子さんからである。
演技中に、電話に出るのも納得できようというものである。
とうのシオミ師、表向きは、
「破門した弟子や!」
と、周囲に宣言され、会話でもいわゆるボロカスに仰っているのだが、この携帯電話の一件で、どれほど彼のことをかわいがっているのかが、手に取るようにわかる。
そして、その彼は、現在、当時の名前でマジシャンと、そして、
J文字 G斎
という、源氏名で、催眠術師!!、を生業とされている。
この名前を聞いた際、真田は、仮面の忍者「赤影」(飛騨の赤影)に登場した、にっくき敵役、(ほんま憎たらしく感じられる俳優さんだった!)
甲賀 幻妖斎
を思い出してしまった。
シオミ師と彼とは、まさにべったりという、密着型の関係であろうか?!。
徒弟関係も、色々なんだ!。
そんな心の師の一言を思い出した真田である。
そこで、今日の一筆。
つづく
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