これまで、レイテと沖縄、ノモンハンという事例の要約を取り上げてきましたが、失敗の本質には、それ以外に、ミッドウェー作戦とインパール作戦、ガダルカナル作戦と計6つの事例を詳細に分析しています。これら6つすべての要約をここに示すと膨大な分量になるため、6つの作戦のまとめを記述していきます。


6つの作戦に共通する性格
 各々の作戦は自軍の兵力、軍備、補給の状況も異なっているためにその失敗の原因は各々の作戦によって異なっていると考えるべきかもしれない。しかし、同時に各々の作戦は個別に独立して生起したわけではなく、日本軍という近代組織によって戦略が策定され、その組織通じて実行されたものであることも否定できない事実である。1つ1つの作戦は、大東亜戦争における敗戦という決定的な結果へとつながる重大なポイントであった。その上1つの失敗が次の失敗に関連しているのである。そこに、一連の失敗をおかしていく日本軍という巨大な組織の姿を見ることができる。そこで、日本軍の失敗を組織論の観点から論じようとするのである。まず、6つのケースに共通して見られる作戦の性格を明らかにする。

① 複数の師団あるいは艦隊が参加した大規模作戦であった。したがって、陸軍の参謀本部、海軍の軍令部という日本軍の作戦中枢が作戦計画の策定に関与している。
② このことは、作戦中枢と実施部隊との間に、時間的、空間的に大きな距離があることを意味していた。さらに、実施部隊間にも程度の差はあれ、同様の状況が存在した。
③ 直接戦闘部隊が高度に機械化されていたが、それに加えて補給、情報通信、後方支援などが組み合わされた統合的近代戦であった。
④ 相手側の奇襲に対応するような突発的な作戦という性格のものはほとんどなく、日本軍の作戦計画があらかじめ策定され、それに基づいて戦われたという意味で組織戦であった。
以上のような作戦の共通性は、個々の作戦や指揮官の誤判断というよりも戦略発想上の特性や組織的な欠陥により大きな注意を払うべきことを示唆している。
日本軍の主要な相手は米軍であったのだが、日本軍は米軍組織に決定的に敗れたといってもよい。日本軍の失敗要因を検討するにあたって、米軍の組織特性を明らかにすることで日本軍の反射鏡として日本軍の組織特性を鮮明に映し出されるであろう。

【戦略上の失敗要因分析】
あいまいな戦略目的
日本軍は各々作戦において、明確な統一目的を持たないことがしばしば存在した。ノモンハン事件においては成り行き主義、ミッドウェーにおいては目的の二重性、レイテにおいては作戦命令と艦隊決戦思想のずれなどが見受けられる。これらは、すべてあいまいな戦略目的であったことを象徴している。ミッドウェー海戦で勇猛ぶりをうたわれたスプルーアンス少将が、空母「エンタープライズ」で、いつも参謀と散歩しながら、長時間にわたって議論を重ね、相互の信頼関係を高め、作戦計画について検討を進めると同時に、価値観の統一を図ったというエピソードと比べると一層きわだったものに見える。
作戦目的の多様性、不明確を生む最大の原因は、戦争全体を有利に終結させるためのグランド・デザインの欠如ということができる。米軍は最初から、日本本土空襲による軍事抵抗力の破壊という明確な戦争全体のグランド・デザインを持っていた。だからこそ、米国は真珠湾攻撃の後速やかに総動員、総戦力態勢に入れたのである。また対照的にガダルカナル作戦においては日本軍のグランド・デザインの欠如によって、米軍に敗れたといってもよい。

短期決戦の戦略思考
 日本軍は短期決戦の戦略の思考が強かった。それは、戦争開戦前に近衛内閣総理大臣に山本五十六が「初め半年や1年は、ずいぶん暴れて御覧いれます。しかし2年3年となってはまったく確信をもてません」という言葉から伺えるように、短期で決着を付けなければ勝てないということを強く認識していたのである。日本軍でさえも米軍との圧倒的な資源の差を十分に認識していたのである。このような認識からくる短期決戦の構想は、攻撃重視、決戦重視という一方的楽観論を作り出し、他方で防禦、情報、誤報に対する関心の低さ、兵力補給、補給・兵站の軽視も作り出した。これらの問題は今まで見てきた数々の失敗の中に多々見受けられてきた。

主観的で「帰納的」な戦略策定-空気の支配
 戦略策定の方法論をやや単純化すれば、日本軍は帰納的、米軍は演繹的と言えるだろう。日本軍は科学的な分析から戦略策定するというよりも個々の経験から問題を普遍化させ戦略を策定してきた。このような帰納的な戦略策定は、様々な状況で柔軟な対応ができるはずであるのだが、実際日本軍が戦略策定プロセスにおいては、経験にもとづいた科学的思考からは遠く離れた「必勝の信念」などの極めて精神主義的なものであった。つまり帰納的戦略策定のプロセスで重要なフィードバックを精神主義が妨害するのである。また上述したように短期決戦の必要性からか、情報の重要性の認識の欠如などは日本軍が科学的思考にどれほど鈍感であったかを示してもいる。一方米軍は、たえず質と量のうえで安全を確認した上で攻勢にでている。これは、ごく当たり前のように感じるかもしれないが、戦争における絶対的な法則を着実にこなしている米軍の演繹なアプローチといってよい。また米軍はこのような演繹的な戦略策定プロセスを踏みつつガダルカナルでの実践経験をもとに、水陸両用作戦を他の作戦においても利用している。これは、米軍が演繹・帰納の反覆による愚直なまでの科学的思考法の追及していることを表している。このように米軍のような戦略策定を行えなかった日本軍の組織特性に問題があるのである。

狭くて進化のない戦略オプション
 日本軍の戦略は非常に狭義であった。それは、もともと日本軍の持つ決戦思想や人間業離れた兵士の活躍が実際に大きな成果を上げてきたということが原因の一つである。このような小手先だけでの戦略オプションでは、戦況のバランスが崩れれば一気に通用しなくなる。陸軍よりもまだ柔軟であると考えられる海軍も例外ではない。そもそも戦術の戦略化が戦争に好影響を与えるというのは、近代戦を要する大東亜戦争ではなかった。しかし、日本海軍は日露戦争時のバルチック艦隊撃滅という大勝利により戦術の戦略化的な考えが浸透していた。つまり歴史的な大勝利が戦略シフトへの妨害となったのである。戦略とは、常に進化していくべきである。それはダーウィンの進化論が言うように弱い戦略は淘汰され強い戦略が生き残るのである。この点で、海軍の持つ戦略オプションは、その基本的な部分は日露戦争時に強かった戦略が近代戦においても扱われたと言うことができる。これは、科学的思考、戦略策定の演繹的アプローチと帰納的アプローチなどによって常に進化させてきた米軍の近代的戦略に日本軍が挑んでも不成功に終わることを容易に予見させてくれる。日本軍が随所で米軍を圧倒するがその作戦全体としては結局米軍に圧倒されるということが伺える。

アンバランスな戦闘技術体系
 日本軍の技術体系のアンバランスは、世界最強戦艦といわれた「大和」やその同型の「武蔵」がその威力を発揮できずに沈没してしまったといことの原因でもある。日本軍は短期決戦構想からくる攻撃重視と決戦重視から戦艦や航空兵力の攻撃技術は世界最高水準であった。むしろ世界一であったといっても過言ではない。しかし同じことから派生する情報技術などの認識は非常に低くその技術水準は日露戦争当時の技術のままであった。この技術のアンバランスと様々な作戦の中で練度を積んだ兵士の死亡などにより、その世界最高の技術をフルに活用することはできなかった。また、これは日本国の資源の乏しさからも言えることであるが、極度の技術追求により大量生産はできなかった。これに対し米軍は技術の標準化をはかり兵器の大量生産できる体勢を崩さなかった。そして、零戦のような米軍にとって脅威となる兵器には2機で戦うという戦術をとっていた。確かに、日本とアメリカとの資源の差にこのような問題を還元できるかもしれない。しかし、アメリカは先ほども述べたように生産体系における技術の標準化やインダストリアル・エンジニアリングの発想から平均的軍人の操作が容易な武器体系にするなど、その発想に日本と明らかな差が見受けられるのである。


【組織上の失敗要因分析】
人的ネットワーク偏重の組織構造
 軍組織にとって最も合理的な組織体系とは官僚制である。官僚制は意思決定に際に一貫性を持たせることができる。この要素は戦争と言う状況において極めて重要なことである。実際に日本は官僚制組織をとっていた。しかし、ノモンハン事件での大本営と関東軍の関係、インパールでの牟田口の暴走を止められないことなどから、一貫性をもった意思決定をとることはできていなかった。それは、官僚制組織の中に情緒的な人間関係を重視したことがあげられる。合理的な意思決定をしようとしても、その意思決定が情緒的にゆるされないもの個人の感情に触れてしまうものなら時として合理的な意思決定は無視された。また、陸軍大学校では、議論達者で、意思強固なことが奨励されていたため階級が下であっても積極的な意見は許容されていた。このように、官僚制組織をとりながら日本軍はその一番重要な一貫性をもたせる意思決定を妨害するような慣習をもっていた。一方、アメリカは官僚制組織にとって逆機能を是正しようと試みて様々な工夫をしていた。その工夫とは、指揮官交替制や有能な能力の持ち主に対しより多くの仕事を与えること将官の任命についてもその都度作戦内容に合わせた能力を持つものが任命されることなど。これらは、まず日本で起きたような情緒的な部分を排除すること、組織運営のための知的資源を最大限に活用すること、不確実性の高い状況であっても柔軟に対応できるような組織をしていた。

属人的な組織の統合
 アメリカは陸軍と海軍の統合について早くからその重要性を認識していた。アメリカの陸軍・海軍は基本的に日本と同じような組織構造をとっているのだが、アメリカには陸軍・海軍は統合するためにその両方に対し権限を持つ組織を構築していた。この組織は陸軍のトップと海軍のトップと大統領によって組織され、最終意思決定権を握るのは大統領という形をとっていた。この組織によって日本のような陸軍と海軍の目的の相違は生まれなかった。

学習を軽視した組織
 組織は戦略に従うのであれば、戦略を進化させて来た米軍の組織も進化する。米軍の戦略の進化は絶えずその経験をフィードバックするプロセス、すなわち学習プロセスを踏み進化してきたのである。日本軍といえば既存の戦略オプションを聖典化しそれを硬直化したように組織も硬直した。つまり組織が学習プロセスを踏むことで新たな組織を創造することができなかった。言い換えれば、学習の機会を有効に利用できなかったのである。米軍は学習プロセスを踏むなかで組織として日本軍にどのように対抗すれば勝てるのか、ということを把握していた。このように米軍が日本軍を分析できたのも学習機会を有効に利用することと、それを理論化しようと試みる科学的思考によるものだった。しかし日本軍は今まで述べきたように精神主義が選考し、学習機会においても精神主義一辺倒で科学的分析を行うことは困難であった。

プロセスや動機を重視した評価
 日本軍の人事評価といえばいかに積極的に発言するか、人間業離れた精神主義を徹底するものなどであった。逆に状況を客観的に判断した結果で消極的な発言をした者では評価の対象にならなかった。このような、特徴から積極策を口にしその作戦が失敗に終わったとしても罷免はあやふやのままにされた。ひどい時は、そのような人物が自身の罷免はあやふやになったまま昇進しつづけ、中央部から明らかに非合理的な指示をだすこともあった(たいていこのような人物は精神主義を徹底する者である)。このような、客観性を欠いた人事評価システムは今まで論じてきた様々な組織的、戦略的問題点を助長させてきたのである。それに比べ米軍の評価システムは客観性が導入されていた。これにより、能力ある者は日本のような不平等な評価を受けることなくモチベーションを高く保つことができた。

【要約】
日本軍の失敗の原因を二つの次元から検討加えたが、それらを標準的に示せば下記のようになる。

分類 項目 日本軍 米軍
戦略
1、目的 不明確 明確
2、戦略志向 短期決戦 長期決戦
3、戦略策定 帰納的 演繹的
4、戦略オプション 狭い 広い
5、技術体系 一転豪華主義 標準化
組織 6、構造 集団主義 構造主義
7、統合 属人的統合 システムによる統合
8、学習 シングル・ループ ダブル・ループ
9、評価 動機・プロセス 結果


この表に上げられた項目は独立しているわけではなくすべて関連しているのである。


シンゴ・クリハラ