命と安全を守る労働のルールを考えるシンポジウム「いのちⅡ」・後半 | 労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

「命と安全を守る労働のルールを考えるシンポジウム『いのちⅡ』」の報告、後半です。


3つめの基調報告は、労働科学研究所慢性疲労研究センター所長の佐々木司先生による「疲労の科学的検証―パイロットの事例分析からみた長時間過密労働と夜勤―」でした。

パイロットの労働については、1909年には最長23分だった飛行時間がハイテク化によって2006年には23時間まで長くなり、長時間労働が問題となってきました。諸外国では、「疲労=眠気=覚醒度」というモデルを構築し、長時間労働における疲労の問題に取り組んでいるそうです。

労働者の疲労を科学的に評価する際の3つのポイントは、安全性、健康性、生活性が挙げられます。安全性は緊急性がありますが、実感性には欠けます。健康性も実感性には欠けるものです。つまり、安全性や健康性は、それらが損なわれた際に実感される負の概念だということです。一方、生活性は緊急性には欠けますが、改善されたときに実感される正の概念なので、生活性をポイントにして疲労回復についての事例分析が行なわれているそうです。

具体的には、パイロットの非利き足にアクチウォッチという身体活動量を測定する機器をつけてもらい、睡眠時の身体活動量をサンプリングし、労働負担と睡眠のバランスを分析するという形で行なわれたそうです。

パリ便に乗務する59歳のベテラン機長の事例では、機内での睡眠では活動量が多く、眠れていないことがわかり、乗務していない日の睡眠では二度寝していることがわかったそうです。また、この機長は生活調整のためにフライト後に本人指定の公休を取得しているそうです。つまり、熟年者は子午線を越える勤務に体が適応しづらくなっているということが表れています。

国内線に乗務する46歳のベテラン機長の事例では、自宅外睡眠では活動量が多く、睡眠の質が落ちていることがわかりました。

国内線に乗務する29歳の若手副操縦士の事例では、早出後の睡眠では活動量がほとんどなく、爆睡していることがわかりました。爆睡状態では、疲労回復のために必要な深い眠りである徐波睡眠の量は変わらないものの、体を起こすための浅い睡眠であるレム睡眠が出なくなるため、睡眠バランスの欠如が生じるそうです。

パイロット以外の職種の例としては、看護師が挙げられました。看護師は以前は3交替勤務が基本で、8時から16時までの日勤、16時から24時までの準夜、24時から翌8時までの深夜といった勤務区分がされていましたが、準夜と深夜を連続して働くことで夜勤後に48時間の勤務間隔を確保するために16時間連続夜勤という2交替勤務が行なわれるようになっています。

しかし、1966年の武蔵野日赤看護婦の調査で、夜勤時間帯の安全性は低下することがわかっています。そして、2000年の厚生科学研究では、夜勤条件と休日に余暇活動をしている割合を調べたところ、8時間夜勤では単独休日の場合に余暇活動は26.2%、連続休日の場合は33.0%と増加していますが、16時間夜勤では単独休日の場合は33.9%、連続休日の場合は28.5%と、逆に余暇活動が減少していることがわかったそうです。

アメリカでは、研修医の医療ミスによる死亡事故をきっかけに、研修医の長時間労働が問題となり、研修医の労働時間を最大連続30時間に、最小勤務間隔時間を10時間とする規制が行われたそうです。

以上のように、疲労回復を生活の犠牲の面からとらえる研究が必要ですが、まだ科学的データが足りないというのが現状なので、今後さらに取り組んでいく必要があるということが指摘されました。


休憩を挟んで、パネルディスカッションが行なわれました。パネラーは、基調講演を行なった3人の方に加え、日本航空キャビンクルーユニオンの森執行委員、日本医労連の山田副執行委員長、過労死事件などの弁護をしている米倉勉弁護士が加わりました。コーディネーターは、日本乗員組合連絡会議の吉村さんでした。

まず、各分野からの現状報告が行なわれました。

日本航空キャビンクルーユニオンの森さんは、客室乗務員は保安要員であり、脱出訓練や救命訓練を行い、事故時に迅速な対応が行なわれるように努めていること、機内サービスが非常に過密であり、機内であるということで無理な姿勢や振動なども負担になっていることを報告しました。特に国際線の客室乗務員は、勤務が不規則で睡眠時間がバラバラになるうえに質も悪く、長時間拘束や時差の影響も大きいということでした。また、羽田空港が24時間化されることで、国内線の客室乗務員も同様な働き方になることが懸念されているそうです。

労災も多発しており、1年に2000件以上で、2008年には100人が休業しているそうです。平均勤続年数は、日本航空では13.8年、全日空では6年だそうです。

過労死事件も発生し、千葉地裁、東京高裁で業務起因性が認められて勝訴しているそうですが、これは客室乗務員という業務の特殊性が認められたうえでの判決だったそうです。

しかし、日本では客室乗務員が法的に航空従事者として認められていないので、きちんと法を整備し、疲労管理対策の対象とすべきだということが指摘されました。


日本医労連の山田さんは、まず、2008年に2人の看護師の過労死が労災と認められたことを報告しました。1人は当時25歳の村上さんで、月の時間外労働が35時間と過労死基準に達していませんでしたが、不規則勤務や勤務間隔の短さによって業務の過重性が認められました。具体的には、勤務間隔が6時間や4時間半という日が月に5回から9回あったそうです。もう1人は当時24歳の高橋さんで、手術室勤務の看護師であり、人手不足のために25時間拘束が月4回から8回あり、12日間連続勤務のときもあったことなどから、業務の過重性が認められました。

こうした事例を受けて、2009年4月に日本看護協会が調査を行ない、2万人の看護師が過労死レベルの働き方をしていることが判明しました。

日本医労連の看護実態調査でも、慢性疲労が7割、薬を常用している者が3割、妊産婦の3人に1人が異常を経験し、2交替勤務者の3割が仮眠を取れていないことなどがわかりました。勤務間隔が6時間半未満だという者も3割いたそうです。ニアミスを9割の回答者が経験し、原因として人手不足を挙げる者が一番多く、84.9%だったそうです。

こうした過酷な状況が働きがいや遣り甲斐を失わせることにつながり、仕事を辞めたいと考えている者が21.7%だったそうです。その理由としては、人手不足で仕事がつらい、待遇が悪い、夜勤がつらいといったことが挙げられているそうです。

看護師の労働条件改善は急務です。


米倉弁護士は、全日空佐賀便過労死事件の労災認定を求める行政訴訟の弁護をされたそうですが、この事件は高裁で敗訴し、最高裁へ上告しているそうです。

この事件は2000年9月11日に発生した、名古屋発佐賀行きに乗務していた53歳の機長の過労死事件です。その日4便目の乗務で、前便は「東海豪雨」の中での乗務で、出発準備中に体調不良となったものの乗務し、着陸直前に死亡されたそうです。機長は高血圧管理中であり、業務過重時に血圧が上昇するものの休むと回復するという状態だったそうです。3日から4日の連続乗務や深夜・早朝乗務時に血圧上昇があり、6月の時間外勤務は60時間13分、7月は65時間14分、8月は71時間7分だったそうです。ちなみに同僚の時間外勤務の平均は55時間14分だったそうです。また、発症前1ヶ月の時間外労働は71時間51分であり、55回の着陸を行なっていたそうです。同僚の平均は40回だったそうです。1日4便の勤務が月5回あり、この同僚平均は月1.5回、3~4日の連続勤務が月5回あり、この同僚平均は月4回だったそうです。

全日空の勤務基準は1993年に改定され、月間の乗務時間は90時間に制限され、1日の乗務については着陸回数4回、乗務時間6時間、勤務時間11時間を上限としているそうです。従前は、勤務時間の上限が10時間だったそうです。制限を越えた場合は、2時間の追加休業が認められるそうですが、これは従前では1日の休みが認められていたそうです。

航空局の審査基準では、1ヶ月の乗務時間は100時間とされているそうですが、これは60~70年前からの基準だそうです。

高裁判決は、本件小脳出血は業務起因性ではなく、業務は過重とは言えないというものでした。その理由として、乗務時間が協定の範囲内であること、業務実績が平均よりわずか30%多いだけであること、睡眠時間は7~8時間取れていたこと、血圧上昇があったとしても業務が過重ではないのだから業務による負荷が原因ではないことなどが挙げられています。しかし、睡眠時間については質を無視していますし、本来は安全基準であるべき協定が安全を保障するものとはなっておらず、航空局の基準にも科学的根拠はないということを米倉弁護士は指摘しています。

アメリカのデモス報告書は、航空の規制緩和については失敗であるという結論を示し、「競争の中に安全性を維持する資源はない」と指摘しているそうです。疲労管理システムをめぐっては、安全を重視する側と競争を重視する側との間で綱引きが行なわれてきましたが、世界的には安全を重視する方向に向かっているということでした。


現状報告の後、コーディネーターの吉村さんは、前回のシンポジウム「いのち」が2001年に開催されてからこれまでの間に、様々な努力をしてきたが状況が悪化している面もあるのにはどこに原因があるのかという問題を提起しました。

米倉弁護士は、サービス残業の横行や36協定が守られていないこと、労基法の宿直には当たらない宿直勤務など、違法状態が放置されて労働時間規制が守られていないことと、基準そのものが意味をなしていなかったり、実状に合っていないという2つの面があることを指摘しました。

佐々木先生は、根本的に働き方が人間に合っておらず、IT化が労働時間の増加をもたらしたが、人間は時間的ではなく時刻的な存在なので、人間に働き方を合わせなければならないということを指摘しました。

疲労とリスク管理の面では、河野さんが疲労は労務問題ではなく安全問題だという意識を持ち、労使で取り組むことが必要だと提起しました。現在は未然防止の対策が確立していっているところだそうです。世界的には、データを収集し、科学的な知見によって基準を決めていくことが行なわれているそうです。

米倉弁護士は、10年前の日本航空の航空自由化による労働時間規制緩和の裁判では勝訴したのに、全日空の労災認定裁判ではなぜ敗訴したのかという点について、金融危機により勤務の緩和などはできないという世論、社会的な圧力があったのではないかと述べました。

佐々木先生は、弁護士にも労働者の味方と経営者の味方がいるように、科学者も中立ではなく、企業にとって都合のいい結果になる実験を行なう者もいるということを指摘しました。

次に、ルール、基準の放置、法律の不備について私たちに何ができるかという問題が提起されました。

山田さんは、看護師不足の問題については、ILO看護条約の未批准や、看護職員確保法が努力義務止まりになっていることに対して、国民の命と労働者の命を守るというスタンスでナースウェーブ行動に取り組んでいることを述べました。

植山先生は、「医師聖職論」から、医師本人も社会的にも脱却することが必要であり、医師自身も健康でなければよい医療はできないということを一般的な認識とし、安全性を重視したEU基準を参考とし、主治医制からチーム制への移行、当直明けの休みの保障、きちんとした休息の保障などを実現していく必要があると指摘しました。また、安全のためにはお金がかかるということを前提に、お金をかけさせるためには人を惹き付ける必要があり、国民の理解を得る必要があるということも指摘しました。

森さんは、客室乗務員のライセンス化、航空従事者として認めさせる取り組みと、法律をうまく使いこなす勉強を労働者もしなければならないということを述べ、いろいろな職種と連携して視野を広げていこうと提起しました。

河野さんは、ハドソン川緊急着陸のサレンバーガー機長が議会で発言し、今回の結果は多くの人びとの力によって成し遂げられたことであり、我々は常に有事に備え、常に緊張していなければならないと述べたことを紹介し、事故の未然防止のための航空法の改正をすべきだと提起しました。

佐々木先生は、科学者と皆さんの連携が必要なので、最低は今日聞いたことの3つは周りの人に話してくださいと述べました、そして、世界の科学者同士の連携も必要であり、ストックホルムで開催される国際夜勤・交替勤務シンポジウムで情報交換をしてきたいと述べました。

米倉弁護士は、専門労働者が社会的責任を果たせる仕組みづくりが必要であり、実状について情報発信して利用者に伝え、労働時間規制の整備や労災基準の適正化などを進めていくことを提起しました。また、事故が起きてから安全策をとるのでは犠牲はなくならないのだから、未然防止の運動を起こすことが必要だと提起しました。


残念ながらパネルディスカッションで時間が超過したため、質疑応答の時間は設けられませんでした。

今回のシンポジウムには、航空関係者が141人、医療関係者が62人、報道関係者が6名、その他の一般の方が23名、計232名が参加したそうです。


最後に、次のような宣言が採択されました。

「安全な医療、交通を提供し、利用者を犠牲にすることなく、過労死や過労による事故のない社会の実現を求めていく。

科学的知見を取り入れ、疲労が引き起こすかもしれないリスクを未然に防止し、命と安全を守るため労働のルールを整備していく」


以上で「命と安全を守り労働のルールを考えるシンポジウム『いのちⅡ』」の報告を終わります。




2010.8.6 誤字脱字を修正しました。




2010年9月16日予定の判決日まで、こちらもご支援よろしくお願いします。


緊急報告「爪ケアを考える北九州の会」からのアピール

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10310539150.html


2009年12月18日、第2回公判が行なわれました。「ユニオン」と「労働ニュース」アーカイブ様から新聞記事をご紹介していただきました。



毎日新聞の記事

http://fukuokaunion.blog7.fc2.com/blog-entry-5054.html



朝日新聞の記事

http://fukuokaunion.blog7.fc2.com/blog-entry-5058.html



当ブログでは、2010年6月24日に結審した際のasahi.comの記事をご紹介しています。



福岡爪ケア事件控訴審、6月24日結審(asahi.comより)

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10572938282.html



事件の経過と裁判の意義についてまとめた下記エントリーも参考になさってください。


爪ケア事件を看護・介護労働者が考える意義

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10595936190.html