命と安全を守る労働のルールを考えるシンポジウム「いのちⅡ」・前半 | 労働組合ってなにするところ?

労働組合ってなにするところ?

2008年3月から2011年3月まで、労働組合専従として活動しました。
現在は現場に戻って医療労働者の端くれとして働きつつ、労働組合の活動も行なっています。

あまり知られていない労働組合の真の姿(!?)を伝えていきたいと思います。

本日は、日本乗員組合連絡会議主催、航空安全推進会議、航空労組連絡会、全国医師ユニオン、日本医療労働組合連合会(日本医労連)共催の「命と安全を守る労働のルールを考えるシンポジウム『いのちⅡ』」に参加してきました。


このシンポジウムは、航空労働者と医療労働者という、人間の命を預かり、高い安全性を求められる仕事に就いている両者が、事故を未然に防ぐためには労働者の疲労という安全上のリスクをコントロールする必要があるということについて認識を共有し、そのために今何が求められているかを考えることを目的としたものです。

まず、基調講演が3つ行なわれました。

1つめの基調講演は日本乗員組合連合会ヒューマンパフォーマンス委員会の河野さんによる「航空における疲労リスク管理」でした。

疲労に起因する事故事例としては、1993年に発生したキューバグアンタナモ空港着陸直前の貨物機墜落事故が挙げられました。この事故については、事故調査委員会が過密な勤務に問題があったとの結論を出したそうです。1993年から2009年の間に、疲労に起因する事故11件で310名の命が失われており、事故の15~20%に疲労が関係しているそうです。航空事故の減少のためには疲労は重要な課題となっています。

また、疲労に起因するインシデント、異常運航も問題とされています。NASAの航空安全報告システムでは、2003年から2007年の約5年間で650件のパイロットによる疲労に起因するミス、インシデントの事故報告を受けており、疲労に関するインシデントの特徴は1日に多くの離着陸をこなす長時間勤務の運航や、夜間の運航、複数の時差帯にまたがる長距離運航で多く発生していることがわかっているそうです。

日本にはNASAが行っているような報告制度はありませんが、組合には疲労に関する勤務実態が多数報告されているそうです。そして、11時間交替なしのフライトを問題とした長時間勤務裁判、佐賀便の機長の過労死裁判が行われているそうです。また、日本では疲労管理規制に関する航空法の整備が遅れており、航空会社任せになっているのが実態だそうです。

国連の国際民間航空機関、ICAOは、疲労についての定義を「睡眠不足または長時間起きている事による精神的、肉体的な許容能力の減少、またそのことにより乗務員の注意力(警戒心)を減少させ、そして勤務に関わる安全の遂行または安全な航空機運航能力を損なわせる身体状態をいう」としています。つまり、疲労を安全への脅威として定義しているということです。

NASAの疲労研究では、航空における疲労のメカニズムを睡眠不足、サーカディアンリズム(一日の体内リズム)の乱れ、フライトオペレーション(運航業務)の影響の3つによって引き起こされるとしているそうです。

航空機乗務員の勤務の特殊性は、国内線では早朝、深夜勤務の混合が挙げられ、不規則な勤務への体内リズムの適応は難しく、睡眠不足と多くの離着陸を行う長時間勤務の重複、連続勤務が疲労の蓄積をもたらします。国際線では、長時間乗務と時差、夜間勤務の影響による体内リズムの乱れが挙げられています。

ICAOは、疲労によるインシデントを防ぐシステムとして、疲労リスクマネージメントシステムを推奨しているそうです。それは疲労を安全運航に影響を与えるリスクとしてとらえ、体系的に疲労のリスクを回避、またはマネージメントするシステムであり、疲労の科学的知見を取り入れ、安全管理システムに組み込んだリスクマネージメントの手法だそうです。

安全管理システムとは、トラブルの起きた背景要因を調べ、システマティックに、組織として対処するものであり、現場からの報告を基にハザード(生命、財産に危険を及ぼすもの)を特定し、もたらすリスクの大きさを評価し、リスクの高いものから対処し、国は安全プログラム確立の責任を負うとしています。

安全管理のプロセスは、疲労のリスクを含めてハザードを特定し、リスクを評価し、リスクに優先順位をつけ、リスクを除去、または緩和する戦略を開発し、戦略の承認を経て責任者を任命し、戦略を実行し、戦略を再評価し、ハザードデータを更に収集するという形で回っていきます。

ICAOは、2009年に疲労リスク管理の法制化を推進しているそうです。時間制限を主体とする疲労管理規則ガイダンスと、安全管理システムを組み込んだ疲労リスク管理システムガイダンスの推進です。目的は、運航乗務員、客室業務員が適切な注意力を確保するため、疲労のリスクを管理し、事故の未然防止に役立てることです。ICAOのガイダンスでは、疲労の責任分担として、国の責任は疲労管理規則の制定、管理、監督責任、会社の責任は疲労管理教育、適切な勤務割りの作成、疲労した従業員に対する業務アサインの禁止、従業員の責任は疲労軽減策、休養対策の計画実施責任、疲労した場合の報告責任とし、三者の協力が不可欠であるとしています。

疲労対策は、従来は労務問題であり、慣習的、経験的なものであり、事故の調査が主体でしたが、現在では安全対策であり、科学的知見を導入し、事故の未然防止に重点を置くものとされています。そうした考えに基づき、ICAOは疲労管理のルール作りの国際規範の確立を目指しているそうです。

また、疲労リスク対策は乗務員だけの問題ではなく、管制官、整備士、その他航空従事者すべてへの対策が必要となります。アメリカは2010年の最重要課題の一つとして国家運輸安全委員会が取り組み、カナダでも疲労リスクマネージメントシステムを航空に携わる職種全体に導入しようとしているそうです。日本でも、羽田空港が24時間かされることにより、様々な職種への疲労対策が必要となります。国や航空会社の取り組みが急務であるとともに、労働者も含めて、安全な社会を求める世論が後押しして、疲労リスク管理が安全に関わるすべての職種に広がるように取り組む必要があることが指摘されています。


2つめの基調報告は、全国医師ユニオン代表の植山直人医師による「医師の過重労働と医療事故」でした。

医療崩壊が報道で取り上げられるようになり、病院の閉鎖、診療科の閉鎖、救急の受け入れ困難、医療難民の出現が社会問題となっていますが、その原因は医師不足にあると植山先生は指摘してます。医師不足の原因は、1980年代から進められた医療費抑制政策であり、そのための医師数削減にあります。

1983年に、医療費が増え続ければ国家がつぶれるという「医療費亡国論」が言われるようになりました。しかし、スウェーデンなどの福祉国家は国際競争力が高いというのが実際です。厚労省の医療費推計も、1995年には2025年の医療費は141兆円、GDPの3割になると推計していましたが、そのわずか2年後の1997年には101兆円に修正し、2000年には81兆円、2005年には65兆円を推計しています。そのようないい加減な推計に基づいて1990年代も医療費抑制政策が続けられ、マスコミもそれに賛成してきました。結果として、人口あたりの医師数は、日本は世界で63位という状態です。

しかし、その一方で国民の医療要求は増大しています。有病者が増加して医療の需要が増加し、医療技術の進歩や高齢化によってマンパワーが必要となっているにも関わらず、医師数は抑制されているので、そのしわ寄せは現役の医師に起こっています。

日本の医師労働の問題点として、植山先生は長時間労働、過重労働の放置、不払い賃金、管理者のモラルハザード、医療トラブルのストレス、訴訟不安を挙げています。労働実態では、医師が1年に診察する外来患者数は、OECDのデータではアメリカが約4000人、フランスが約2000人、イギリスが約2500人であるのに対し、日本は約7500人だそうです。日本外科学会のアンケートでは、当直明けの手術が「いつもある」が31%、「しばしばある」が28%という結果が出ているそうです。

日本病院協会による勤務医の意識調査(2007年4月)では、当直の翌日も普通の勤務をしている医師は88.7%、慢性疲労を訴えている医師は71%、勤務医不足の要因は「過酷な労働環境」と回答した医師は61%だったそうです。

日本医労連の「医師労働実態調査」(2007年4月)では、3割の医師が「過労死ライン」の働き方をし、3割近くの医師が「前月の休みゼロ」であり、勤務医の5割が「職場を辞めたい」と考えており、4割以上の医師が「健康不安・病気がち」だと回答しているそうです。医師確保・退職防止に必要な条件・環境については、「賃金や労働条件の改善」が85.6%、「診療科の体制充実」が50.4%、「医療事故防止対策の充実」が41.9%という回答だったそうです。

過労死認定基準は、「発症前1ヶ月におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合」、または「発症2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合」は、「業務と発症の関連性が強いと判断される」としています。日本の医師の平均労働時間は、過労死ラインを超えるものとなっているそうです。

労働基準法には、1日の労働時間は8時間以内、1週間の労働時間は40時間以内とされ、1週間に1日の休日を与える必要があるとされていますが、24時間365日責任を負う主治医制度とは矛盾しています。また、労働者に時間外勤務をさせる場合は労働者の過半数を代表する者が使用者と36協定を結び、それを労働局に届け出る義務があり、36協定で延長できる時間外労働の上限は1ヶ月で45時間です。しかし、特別条項を設けてそれを超える時間を定めることが可能であり、多くの医療機関では医師だけが協定を結んでいないか、全く協定が守られていないことが全国医師ユニオンの調査でわかっているそうです。

医師の当直も問題となっています。医師の当直は「宿直」とされていますが、「宿直」とは「常態としてほとんど労働する必要がない勤務」ですが、医師の当直はほとんどの時間で労働する必要のあるものです。しかも、そのまま翌日の勤務を行う場合が多く、30数時間の連続勤務となってしまいます。これでは過労死予備軍をつくることになり、患者の安全も全く考慮されていない勤務体系です。

EUの労働基準では、医師はオンコールも含めて週48時間労働であり、アメリカでも医師の平均労働時間は週51時間だそうです。日本の勤務医の平均労働時間は週63時間です。

旅客自動車運送業運輸規定や貨物自動車運送事業安全規則では労働時間の制限がされ、航空法施行規則では搭乗時間の制限がありますが、医師という職種には長時間労働の制限がありません。勤務時間を把握していない医療機関も多く、安全に対する配慮が全くないということです。

アメリカの過労と医療過誤に関する報告では、研修医の連続労働を従来勤務と16時間に制限した場合とで比較すると、従来型の方が35.9%医療過誤の発生率が高かったというデータがあるそうです。指導医も含めた医師全体でも、22%の違いがあったそうです。これは、長時間勤務が直接患者の安全に関わるということです。

過労は確実に医療ミスを増やしますが、日本では医療ミスは個人の責任とされ、過労と医療事故の関係は全く問われていません。過労の問題を医療安全の重要な柱として確立すべきであると植山先生は指摘しています。

法律上の矛盾もあります。医師法第19条「応召義務」により、医師は患者の診察を断ることはできないとされていますが、過労状態で医療ミスがあった場合も、刑法211条「業務上過失致死罪」の対象となります。医師労働では労働基準法が全く無視されています。

医療安全に必要なものは、過重労働の危険性の認識、労働基準法の遵守、医師数の増加であると植山先生は主張しています。医療安全のためには、過労の問題を個人の問題とせず、医療安全に関する社会的問題として取り組むこと、過労と安全性に関する化学的な調査・研究を行うこと、過労リスクを管理するシステムとルールをつくることが求められています。


時間切れのため、本日はここまでとします。

後半では、3つめの基調報告とパネルディスカッションについて報告します。



2010.8.6 誤字脱字を修正しました。



2010年9月16日予定の判決日まで、こちらもご支援よろしくお願いします。


緊急報告「爪ケアを考える北九州の会」からのアピール

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10310539150.html


2009年12月18日、第2回公判が行なわれました。「ユニオン」と「労働ニュース」アーカイブ様から新聞記事をご紹介していただきました。



毎日新聞の記事

http://fukuokaunion.blog7.fc2.com/blog-entry-5054.html



朝日新聞の記事

http://fukuokaunion.blog7.fc2.com/blog-entry-5058.html



当ブログでは、2010年6月24日に結審した際のasahi.comの記事をご紹介しています。



福岡爪ケア事件控訴審、6月24日結審(asahi.comより)

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10572938282.html



事件の経過と裁判の意義についてまとめた下記エントリーも参考になさってください。


爪ケア事件を看護・介護労働者が考える意義

http://ameblo.jp/sai-mido/entry-10595936190.html